第17話

 先読みが起こったときの感覚について。

 ヒメコから手短に教えてもらった情報は次のような感じ。


 まず、一瞬だが視界に黒い霧がかかったようになる。

 それからザザザっと砂嵐が流れて、知らない景色が再生される。


 長さが10秒の時もあれば、3分を超える時もある。

 その間、周りの人間からすると、ヒメコはボケっと妄想しているように見えちゃうらしい。


(この体質のせいで、先生からは空想癖がある生徒と思われがち、とヒメコは悲しそうに語っていた)


 先読みは時間と場所を選ばないから、学校だろうが、電車だろうが、お構いなしに発生する。

 加えて、ショッピングモールやテーマパークのように、人でごった返している場所の方が発生しやすい。


(ヒメコいわく、人の思念をキャッチしやすいからではないか? とのこと。上記の理由により、大人気の遊園地とかは苦手らしい)


 授業中、なぜミチルがそれを気にしたかというと、ヒメコが寒そうに体を抱えていたから。

 ただでさえ小さい体を丸くして、授業の内容は右の耳から左の耳といった様子だった。


 どうしたのだろう?

 もしかして、体調不良だろうか?


 いや、ヒメコに限ってありえない。

 VTuberを継続しているヒメコだが、風邪で配信を休んだことは1回もなく、心身のコンディション管理には気を遣っている、と語っていた。


 他にありそうなのが、不吉な先読みが見えたという可能性。

 4限目が終わるころ、ヒメコの唇はほんのり青ざめており、ミチルは気が気じゃなかった。


 非常にもどかしい。

 教室ではヒメコに声をかけてはならない、という制約が。


 スマホのメッセージで『大丈夫?』と送ってもいいが、たった数歩の距離なのに、肩をトントンできないのが辛い。


 ミチルが頭を抱えていると、ヒメコが席を立った。

 ふらふらっと歩いてきて、ミチルの机に一度ぶつかる。

 その時、折り畳んだ紙を落としたのに気づきハッとした。


 ヒメコからのメッセージだ。

 慌てて目を通してみると、やはりというべきか、未来予知に関する情報が書かれていた。


『体育の時間、鈴木くんと田中くんがサッカーゴールの下敷きになって骨折する』


 以上、それだけ。

 具体的に何時何分とか、なぜサッカーゴールの下敷きになったとか、まったく触れられていない。


 いや、違う。

 わからないのか。

 不吉な未来が見えたとしても、ヒントが少なすぎて、手を打てないことの方が多い、とヒメコは切なそうに語っていた。


 現在、男子は体育でサッカーをやっているから、そこが推測の限界ラインなのだろう。


 骨を折るって痛いよな。

 ミチルは体験したことがないけれども、そのシーンを先読みしたヒメコが青ざめるくらいには凄惨せいさんな場面なのだろう。


 予言をミチルに託した。

 つまり、手を打ってほしい、という意志のあらわれ。


 一度も話したことがない男子なのに、骨を折るのは彼らの自業自得かもしれないのに、胸を痛めるあたり、根っから善人のヒメコらしいといえる。


 やるか。

 ミチルが。

 体育の時間、ここに名前のある2人を監視していれば、骨折の運命をねじ曲げるのも不可能じゃない。

 それでも失敗したらヒメコに謝ろう。


 ヒメコを見た。

 たまたま通りかかった先生に捕まって、


「ちょっと! 神木場さん! あなた、顔色が真っ青じゃない! 次の時間は体育? だったら、保健室で休んでいなさい!」


 と連れていかれそうになっている。


「いえ……その……平気……です」

「ダメダメ! そんな状態で体育に参加したら!」


 振り返ったヒメコと目が合った。

 泣きそうな顔には、坂木くん! お願い! と書いてある。


 他人のことで胸を痛めるヒメコは、アニメに出てくる薄幸ヒロインみたいで、手を貸してあげたい気持ちでいっぱいだった。

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