第15話

 ミチルの高校は家から徒歩で15分という距離にある。

 もうすぐ高校受験という時期、担任の先生から、


『坂木はワンランク上の高校を目指さないか? 今のまま努力していれば問題なく受かるだろう』


 といわれたが、親とも相談した上、最後は自分の意思でここに決めた。


 正しい選択だったなと、今なら思う。

 やはり家から近いのは正義だし、それ以上にヒメコと巡り会えたのが大きい。


 運命かな。

 なんちゃって。


 履き慣れたシューズに足を通してから出発すると、いつもより体が軽い気がした。


 昨夜は雨が降っていたから、路面はまっ黒に染まっている。

 スズメが1羽、水たまりで喉をうるおしていたが、ミチルの足音に気づいて逃げていった。


 今日はいつもより40分早く家を出ている。

 親には『英語の小テストがあるから学校で勉強したい』と伝えたけれども、もちろん詮索されないための方便だ。


 学校に到着して、ミチルが向かったのは図書室。

 ドアをゆっくり開けて、目当ての子がいるのを確信してから、コンコンと木製のドアをノックした。


 侵入者に気づいた少女は一瞬びくついて、それがミチルだと分かると目を丸くし、最後には隣の席を勧めてくれた。


「おはよう、坂木くん」


 ヒメコが片耳のイヤホンを浮かせてにっこりほほ笑む。


 昨日のコスプレ姿が蘇ってきて、もしかしたら自分の彼女は日本一かわいいのでは? と思っちゃうくらいだから、ミチルは重度の病気かもしれない。


「おはよう、神木場さん。随分と早いね」

「そういう坂木くんこそ。よくこの場所がわかったね」

「まあね。昨夜の1時くらいまで考えてみた。神木場さんは毎朝どこにいるのかなって」


 ヒメコが毎日8時30分に登校してくるのは、どこかへ寄ってから教室に来るせいではないか? というのがミチルの推理だった。


 朝一番に生徒が立ち寄れる場所は少ない。

 部室という選択肢もあるだろうが、ヒメコは帰宅部、よってそれ以外の場所となる。


「神木場さんは静かな空間が好きだと思ってね。いちおう、保健室の前も通ったけれども、まだ鍵がかかっていたから、図書室しかないと思った。ここなら本がたくさんあるし、神木場さんにぴったりの場所だと思う」

「うん、学校の中で一番好きかも。でも、1日で特定するなんて、さすが坂木くん。クラスの秀才だもんね」


 パチパチと拍手されて、むずがゆい気持ちになったミチルは、首の裏側をかきむしった。


「昨日、確認しそびれたんだけどさ、こういう場所で話しかけるのはいいのかな?」

「うん、図書室なら平気」

「よかった」


 ほっと胸をなで下ろす。


 ヒメコと交際するにあたり、大小さまざまの制約があった。

 目的はもちろん、ヒメコがVTuberだと周りに悟らせないため。


 クラス替え以来、まったく親しくなかった男女が一緒に行動するようになると『坂木と神木場、近ごろ仲良くね?』とクラスメイトが噂するのは目に見えている。


 事故を防ぐという意味でも教室で会話するのは避ける。

 一緒に登下校するなんて論外だ。


 どうしてもメッセージを送りたい場合は、スマホ経由にするか、こっそり紙を渡す。

 これでもリスクは中程度くらい。


 ミチルがVTuber好きなのは周知の事実だし、ヒメコが隠れてVTuber活動していることがバレてしまったら、イルミナ=イザナのVTuber生命を殺しかねない。


「この時間、図書室に人が来ることはないから。安心していいよ」

「だが、しかし、誰かが本を返しに来るかもしれない」


 ミチルは返却ポストを指さしたが、ヒメコは首を横に振る。


「この1年間、返しにきた人はいない」

「なっ⁉︎ 1年間⁉︎」

「新入生の中にも読書家の人はいないみたい」


 図書室をナワバリにしているヒメコがいうなら事実だろう。


「神木場さんは、さっきから何を観ていたの?」

「ああ、これね。坂木くんも一緒に観てみる?」


 そういってスマホの画面を傾けてくれた。

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