第14話

 それはもう夢のような時間だった。


 この世にタイムマシーンが存在するなら、100回くらい時間をループして、今日という日を朝からやり直したい、と思うくらいには幸せだった。


 ヒメコには癖がたくさんある。

 言葉を探すときに前髪をいじくるとか。

 本当に嬉しい時は唇を舌で湿らせるとか。


 リアルに観察しないと気づかない発見なので、ファンの1人としては感涙ものだった。


 特に興味深かったのは、ヒメコが手元にメモを用意していた点。

 トークの切れ目にチラチラのぞいていたから、ネタを何個かストックして、手札として温存しているらしい。


 ペンを走らせるシーンもあり、


『新発売のカップ焼きそばがおいしいのですか? にんにくマスタード牛タン味? へぇ、じゃあ、今度コンビニで買ってきて食べてみますね。機会があったら感想を語ってみたいと思います。私もカップ焼きそばは好物ですから』


 なんて話していたから、次につながりそうなアイディアは全部拾っているっぽい。


 真面目なんだな。

 配信中はふざけているのに。

 いや、ファンを喜ばすのに全力というべきか。


 イルミナ=イザナの意外な一面を見られたお陰で、ミチルの満足度はとっくに天井を打っており、家に帰ったらアーカイブをもう一度観よう! と自分の心に誓った。


「ふぅ〜、終わった〜、話しすぎた〜」


 時間通りに配信を終えたヒメコは、頭からヘッドホンを外して、ぐぃ〜と伸びをした。

 いまは耳が生えているから猫ちゃんみたい、なんて考えていたら、ヒメコの椅子がターンする。


「お疲れ様でした。今回のトークは特に熱が入っていたね」

「…………」

「あれ? イルミナ様?」


 一仕事終えた恋人を労ったつもりが、向けられたのはジトッとした目つき。


「神木場さん?」

「うん、けっこう疲れた。最初からフルスロットルだったから。思いっきりガス欠」


 一瞬だけ妙な間があった後、ヒメコはスススっと寄ってきて、ミチルの横に正座する。

 直視されたミチルの喉が上下に動く。


 なんだろう……。

 まだ付き合いが浅いせいか、ヒメコの考えがさっぱり読み取れない。


「坂木くんにお願いしたいことがあるの」

「おう、何でもいってくれ」

「本当に何でもいいの?」

「いや……その……良識の範囲内というやつでお願いします……」


 それまでの緊張がプツンと切れるように、ヒメコはかわいい笑顔をくれた。


「坂木くんの膝を貸してほしい。私に膝枕してほしい」

「えっ? 膝枕されたい側なの?」


 そういうのって普通、女子が男子にしてあげるんじゃ……、というセリフは飲み込んでおく。


「もちろんいいよ。俺なんかの膝でよければ」

「やった」


 ヒメコはころりと横になり、ミチルに甘えてきた。

 布越しに体温が伝わってきて、脳みそがスパークを起こしかける。


「大丈夫? 首は痛くない?」

「うん、とっても気持ちいい」

「そっか。俺、誰かに膝枕してあげるのなんて初めてだ」

「親じゃない人に膝枕してもらうの、私も初めて」

「初めて同士だな」

「だね」

「……」

「…………」


 一言もしゃべらない時間が続いたけれども、この世には心地いい沈黙もあることを教えてもらった。


「ふわぁ……ねむねむ……」

「だいぶ消耗しているね。寝落ちしないようにね」

「大丈夫。坂木くんの近くなら寝ても安心」

「それは……」


 短い丈のスカートから白い太ももが見えた瞬間、ミチルは不埒ふらちなことを想像してしまい、自分の頭をポカポカと叩いた。

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