第8話

 もっとノートを見たい! いいや、見せない! のバトルを繰り広げた末……。

 笑わないでよね、という条件付きでヒメコは閲覧えつらんの許可をくれた。


 ミチルは、ごくり、とつばを飲む。


 イルミナ=イザナ本人が描いた、イルミナ=イザナのイラスト集。

 世界に1冊しかない貴重品である。


 もし熱狂的なファンがオークションに参加したら、100万円の値がつくかもしれない。


 2人はコーヒーテーブルを挟むように座り、1冊のノートをのぞき込んだ。

 顔の近さにドキドキしていると、やけにのどが渇いてしまい、グラスのお茶を一気飲みする。


「これって、どのくらいの時期に描いたの?」

「中学3年生の夏休みに描いたのがほとんどかな。当時はなまけていて」

「分かる。本当は受験勉強をスタートしないとだけれども、つい趣味に逃げちゃうよね」

「そうそう。不思議と趣味がはかどるの」


 サブカル好きの少年少女の例にもれず、ヒメコにも漫画家を目指していた時期があり、画力のベースはその頃に身につけたらしい。


 いつか、この子を主人公にしよう!

 そして漫画家デビューを果たすんだ!

 練りに練ったキャラクターがイルミナ=イザナというわけ。


「このページは?」

「そこは閲覧禁止!」


 ノートを取り上げられるより先に、ミチルは立ち上がった。


 ヒメコが隠そうとしたのは、キャラクター設定シートだ。

 イルミナ=イザナの生い立ちとか、身長体重スリーサイズなどが、小さな文字でびっしり書き込まれている。


『修得している魔法』という項が目についた。

 名前と効果と威力、詠唱時のセリフ、魔法の階級が一覧になっている。


「時空魔法・ループ・ザ・ループ……時を巻き戻す魔法……戻せるのは10秒程度……連発することは不可能……対人戦では恐ろしいイニシアティブを生む……なるほど、これはラスボス級だ」


 といった具合。

 詠唱時のセリフなんか『円環えんかんことわり、時空の彼方かなた、すべての因果は過去より生じ、……』で始まる思春期がいかにも好きそうなやつ。


(ただし、全部を詠唱しちゃうと10秒以上かかることにヒメコも気づいたらしい。無詠唱でも発動可能! と小さく書かれている)


 これで分かった。

 イルミナ=イザナという架空の女性キャラは、端的にいうと『私が思いついた最強の主人公!』がモデルになっている。


 これは痛い。

 いや、痛すぎる。

 だからこそ、かわいい。


 そうか、そうか。

 休み時間はいつも小説を読んでいるし、人一倍妄想が好きなのだろう。


「イルミナ様を主人公にえた話とか読みたいな。文字ベースでいいからさ」

「無理無理無理〜! 私が死んじゃうから〜!」

 

 さすがにヒメコを揶揄からかいすぎたようだ。

 この直後、ミチルに天罰が降ってきた。


 ヒメコがクッションを踏みつけて、ツルっと滑ったのである。

 危ない! と思ったミチルは、キャッチすべく腕を伸ばした。


 空中でヒメコを受けとめる。

 ほっと安心したのも束の間、床がそこまで迫っている。


 ごつん!

 2人分の体重が合わさっていたせいで、フローリングに鈍い音が響いた。


「いてててて……」

「坂木くん! 大丈夫⁉︎」

「背中から落ちたから平気。頭はほとんど打っていない。それより神木場さんは? 痛くなかった?」

「私は平気……」


 馬乗りのポーズになっていることに気づいたヒメコが急に赤面した。

 あわわわわっ! とったまま後ろに倒れていく。


「危ない!」


 今度は失敗せずに助けられた。

 ヒメコの手を引いて起こしてあげる。


「あ、ごめん、手を握っちゃった」

「ひぇ⁉︎」

「そんなに嫌がらなくても」

「はぅ〜、そうじゃなくて……」


 ヒメコが泣き出しそうな顔をするものだから、ミチルの庇護欲ひごよくにとうとう火がついてしまう。


 ポンポン……。

 ポンポンポン……。

 小さな子どもをめるみたいに頭にタッチ。

 だって、ヒメコの背丈、もっともナデナデしやすい高さなのだから。


「はぅ⁉︎」

「頭ナデナデ。神木場さんが、かわいすぎるから」

「それって、チビって意味⁉︎」

「いいや、違うよ」


 ミチルは目の高さをヒメコに合わせた。


「好きって意味」


 恥ずかしいセリフを口走ってしまった理由。

 たぶん、ノートを見せてくれたヒメコの勇気に応えたかったから。

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