第9話

 マル秘の『イルミナ=イザナ公式画集』。

 しかし、このイラスト集はヒメコが抱える秘密の1ピースに過ぎなかった。


「坂木くんに見てほしいものがあるの。覚悟はできている?」


 いつになく真剣な口振りでいうものだから、ミチルはキョトン顔になる。


「かまわないけれども、それって覚悟が必要なの?」

「もちろん。引き返すなら今のうち。私が生きていくためには、この趣味が必要なの。それを受け入れてくれない不寛容ふかんような男性とは、たぶん、死ぬまでお付き合いできない。そのくらいヤバい趣味なの」


 なんだろう……。

 ますます気になる。


 ミチルが幻滅するってことかな。

 犯罪じみた趣味ならそうなるだろうが……。


 ヒメコの目が急に圧を増したので、ミチルはおへそのあたりに力を込めた。


「もしかして、アイドルオタク? あるいは、ネトゲに廃課金しているとか? トレーディングカードの収集癖……はないよね。他に考えられるのは、ハムスターを50匹くらい飼育して、ハムスター帝国を築いているとか?」


 思いつく限りの候補を並べてみたが、かすりもしないらしく、ヒメコは不満そうに首を振る。


「ハムスター50匹の飼育がヤバいとか……ふん、笑わせてくれる」

「ちょっと、神木場さん、キャラクターが変わっているよ。なんか傲慢ごうまんキャラが出ているよ」

「いいから。こっち、こっち」


 案内されたのは大きなクローゼットの前。

 ヒメコは両手を前にかざすと、


「時は満ちた! 今こそ新世界のゲートを開くのだ!」


 といって開ける。

 ちなみに『時は満ちた……(以下略)』は、イルミナ=イザナの口ぐせなので気にならない。


「なっ⁉︎」


 中に入っていたのは、夏用の浴衣ゆかたでも、冬用のコートでもなかった。

 ましてや、パーティー用のドレスでも。


 ハンガーラックを埋め尽くしているのはコスプレ用の衣装たち。

 カラフルなウィッグの数々や、小物類のアイテムも並んでいる。


 視界に飛び込んでくる色が多すぎて、ミチルは目をパチパチさせた。


 アニメは観る方だ。

 どの服がどのヒロインをイメージしているのか、おおよその見当はつく。

 漫画、ゲーム、ラノベなど、そのレパートリーは多岐たきに渡っており、愛情の深さのようなものが伝わってきた。


 いったい、何着あるのだ。

 コスプレ用とはいえ、すべて服なわけだから、高校生が気楽に買える額じゃない。


 露出の高い服も何着か見つけてしまった。

 ヒメコがコスプレしている姿を想像して、胸元のあたりが大変なことになっていると気づき、狂おしいほどの罪悪に襲われる。


 ダメダメ! 神木場さん!

 それは服の役割を果たしていない!


 しかし、宝の山には違いない。

 ヒメコのいうヤバい趣味がコスプレだと分かり、ミチルの腕に鳥肌が浮いてきた。


「これは……すごい!」

「どう? びっくりした? 本当は集めるのが趣味なのだけれども、1人コスプレ大会をやる日もあるの。違う世界のコスチュームをまとうことで、まったく別の私になれるの」

「神木場さん、神かよ」


 ぽか〜んと口を開けるミチルの目が、とある1着に吸い込まれた瞬間、これは⁉︎ と叫んでしまった。


 小さな王冠、紫色のマント、フリルがついたワンピースドレス。


 見間違うはずがない。

 イルミナ=イザナに変身するためのコスプレ品だ。


 そんなことが起こるのか⁉︎

 イルミナ=イザナの中の人が、コスプレ趣味の持ち主で、しかもイルミナ=イザナの衣装を持っているなんて⁉︎


 夢みたい。

 でも、心臓のドキドキは現実だといっている。


 ミチルの腕は興奮のあまり震えており、

 

「見てみたい! ぜひコスプレした姿を見てみたい! イルミナ様になった神木場さんを生で見てみたい!」


 と土下座も辞さない勢いでお願いしていた。

 ところが、ヒメコは手をバタバタさせて、決まりが悪そうな顔を向けてくる。


「うっ……変身できるけれども……イルミナは身長174cmあるから……。私がコスプレしたら、ちんちくりんになっちゃう。だから、イルミナのコスプレアイテムは観賞用なの」

「えっ……神木場さんのサイズじゃないの? 中の人なのに?」

「イルミナは私が理想とする体型であって……ごにょごにょ」

「ああ……なるほど」

「なんか、ごめん」

「いや、平気」


 ヒメコは恥じらいながら前髪を指先でイジイジしていた。

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