第7話
「お……お邪魔します」
生まれて初めて女子の家にやってきたミチルは、期待とも不安ともつかないため息をこぼした。
恐る恐る自分の靴下をチェックする。
穴は空いておらず、セーフ。
「誰もいないから。気楽にしてね」
「……はい」
神木場家は一言でいうと、おしゃれな洋館だった。
玄関にはでっかい壺があるし、吹き抜けは
こんなに立派な家に住めるなんて……。
お父さんって、歯医者さんとか経営しているのかな。
お母さんって、きれいな歯科衛生士さんだったりして。
坂木家との格差にオロオロしながら貸してもらったスリッパに足を通すと、向こうから平べったい物体が接近してきた。
有名メーカーのお掃除ロボットだ。
センサーがミチルに反応してUターンしていく。
「うふふ、ペットみたいでかわいいでしょう」
『エサだよ』とかいって、進路にゴミを並べるタイプだろうな。
ヒメコの部屋は2階にあるらしい。
しかも、2つ。
『Himeko』という木製ネームプレートのある方が寝室兼勉強のための部屋。
お父さんの趣味は日曜大工で、ネームプレートを手づくりしてくれた、とヒメコは照れ臭そうに話してくれた。
なんか、怖そう。
電気ドリルを片手に『うちの娘はやら〜ん!』とか追いかけてきそう。
もう1個の部屋には『Live Room』というプレートがぶら下がっている。
正真正銘、イルミナ=イザナの占いの館というわけだ。
この時点で、ミチルの手は汗でびっしょりだった。
もっとも尊敬している日本人。
そのプライベートルームにお邪魔できるのだから無理もない。
もはや聖域、いや、異世界。
ミチルの知りたかった秘密が、この先に詰まっている。
「Live Roomの方で待っていて。私はお茶を取ってくるから」
「うん……」
部屋の広さは8畳くらい。
ど真ん中にコーヒーテーブルが置かれている。
ミチルはなるべく足音を立てないよう、ゆっくりと一周してみた。
女の子の匂いがする。
アロマディフューザーといって、ガラス
くんか、くんか。
この空気、ビンに詰めて持って帰りたい。
イルミナ様ファンにとって、1万円の価値はあるだろう。
部屋で1番の存在感を放っているのは、やはりライブ配信用のゲーミングPCだ。
その他にも、モーションキャプチャー用のカメラとか、ゲーミングチェアとか、VTuberの活動には欠かせないアイテムが目につく。
1枚くらい写真を撮りたいな。
浅ましい欲望がもたげて、頭をぶんぶん振る。
この空間はトップシークレット。
何かの事故で流出したら、ごめんなさい、で許される話じゃない。
奥まったところにピアノを見つけた。
そうか。
ここは防音室のはず。
きっと、ピアノの部屋だったのを、配信用の部屋として流用したのだろう。
ピアノ本が並んだ本棚から、1冊のノートがはみ出していて、ミチルに接触した衝撃で落ちてしまった。
いけね! と思って拾い上げる。
中身を見るつもりはなかったが、見開きのページに衝撃を受けた。
「これは……」
イラストだ。
同じキャラクターばかり。
立ち絵だったり、腰に手を当てるポーズだったり、寝転がって本を読んでいたり、イラスト集みたいになっている。
このキャラクターには、分かりやすい外見的特徴がある。
王冠を斜めにかぶり、魔女のようなアイシャドウをきめ、紫色のマントをはおった美少女。
つまり、イルミナ=イザナだ。
ノートがヒメコの部屋にあるってことは、ヒメコ本人が描いたのだろう。
日付は分からない。
けれども、ノートが左から右に進むにつれて、画力が徐々に上がっているのは読み取れた。
へぇ〜。
ヒメコって、お絵描きが好きなんだな。
思いがけない秘密をのぞいたせいで、ときめきが胸を支配していく。
「あっ! そのノート!」
とっさに隠したけれども遅かった。
トレーを手にしたヒメコが入り口に立っており、しまった! という顔つきになっている。
でも、見ちゃった事実は消せない。
「ごめん、絵が上手かったから、つい見ちゃった。それに俺、イルミナ様のこと好きだし」
「それは極秘なの! 世界に知られたら死んじゃうの!」
トレーをテーブルに置いたヒメコは、秘密を取り返すべく、ぴょんぴょんと跳ねてくる。
けれどもジャンプ力が足りなくて、ミチルが手に持つノートにかすりもしない。
跳ねるヒメコ、かわいい……。
赤ちゃん猫と遊んでいるみたい。
必死な感じが、フェチ魂に突き刺さる。
「ダメダメダメ! 恥ずかしい! 死にたくなっちゃう!」
ヒメコが赤面しまくって、おっきい胸を揺らしまくるものだから、ミチルの幸せゲージは軽く天井をぶち抜いてしまった。
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