第6話

 長い影がのびる道を、生まれたてのカップルは歩いていた。

 ありきたりな平日が、大切な記念日に染まっていく。


 ミチルがにらんでいたとおり、イルミナ=イザナの占いは万能ではないそうだ。


 電波を受信するみたいに、あるいは、起きたまま夢を見るみたいに、天からのメッセージをランダムで受け取るらしい。


 ヒメコの脳内に降ってくるのは映像。

 長さが10秒の時もあれば、3分を超える時もある。

 幸せな予知だったり、不幸せな予知だったり、割合は半々くらい。


「なるほど。実際に会ったことがない人間……SNSの質問箱に届いたメッセージでも占えちゃうのか」


 コミュニケーションをとれる相手であれば、アナログかデジタルかは問わないらしい。


「北は北海道から、南は沖縄まで。海外の人は、まだ試したことがない」

「神木場さん自身の未来が見えちゃうことは?」

「ないの。少なくとも、過去にはない」


 ヒメコは8歳くらいまで、自分が特殊だと知らなかったらしい。

 漫画やアニメに未来予知ネタは登場するから、持っている人は持っている能力だと信じ込んでいた。


 でも、違った。

 友達に『そっちの道は危ないよ』と忠告したら、怪訝けげんそうな顔を向けられた。

 その子は忠告を無視したから、排水溝に落っこちたり、トラックに泥水をかけられたり、アンラッキーに見舞われた。


『神木場さんの側にいたら不幸が起こっちゃう!』


 人助けのつもりなのに……。

 返ってきたのは『呪われている!』とか『疫病神だ!』といった心ない言葉の数々。


 まだ小学校の低学年だったヒメコが、どれほど傷ついたのか、分かるといったら嘘になる。


 でも、先読みはヒメコの意志と無関係に起こる。


『あの子、転んじゃう』

『鈴木くん、サッカーで骨折する』

『田中さん、下校中にスマホを壊しちゃう』


 助けたいのに……。

 怖すぎる、できない、体が動かない。


『呪われている!』『疫病神だ!』

 あの視線に耐えられる自信が、ない。


 やり場のない感情は、見えない暴力みたいにヒメコの心を痛めつけてきた。


 ドン底だったのは中学時代。

 お腹が痛すぎて学校を休む日もあり、親を心配させるのが何より辛かった。


 そんな中、出会ったのがVTuber。

 家だと暇すぎて仕方ないから、時間を潰すために観たところ、あまりの楽しさに魅了されてしまった。


 個人でもVTuberになれる?

 中には高校生のVTuberもいる?


 変われるかも……いや、変わるんだ!

 今度こそ先読みの力で誰かを救えるかもしれない!


 一歩を踏み出した結果、イルミナ=イザナは誕生した。

 もう1人の神木場ヒメコ、そして小さな救世主メシアとして。


 トークが下手すぎて初期こそ苦戦したが、ヒメコが勉強熱心だったのと、先読み能力の評判が合わさって、すっかり人気者の地位を獲得している。


「どうして神木場さんには、生まれつき異能が備わっていたのだろうか?」


 ミチルは夕日のまぶしさに目を細める。


「これは半分、私の妄想なのだけれども、神木場の苗字には由来があって……」


 ヒメコのご先祖様は、神聖な土地の守り人だったらしい。

 中には不思議な力を持つ人物もいたと、亡くなった曽祖母が語ってくれたそうだ。

 ものすごい血統なんだよ、と。


 神様の姫君ってことか、とミチルはつぶやく。


「この前、黄金のバイト戦士さんのことを占っていたよね」

「あの占いは細部まで見えた方。事故の瞬間なんか、コンクリートに血が付着していたから、怖すぎてブルブルだった」


 当時を思い出したヒメコが身をすくめる。


「でも、神木場さんのおかげで、1人の男性が過失傷害を犯さずにすんだ。70代のおじいちゃんの安全も守られた。とても偉大なことだと思う。それだけは断言できる」

「えへへ……面と向かって褒められると嬉しいな」


 今日1番の笑顔だったので、ミチルの心臓がコサックダンスする。


「あ、着いた」

「ん?」


 でっかい門の向こうに青い屋根のお家がある。

 とても大きい、3階建てで、天窓があって、サンルームまで備わっている。

 もちろん、防犯カメラに死角はない。


「ここが私の家なのだけれども……両親は帰ってくるのが遅いから……」

「なっ⁉︎」


 ヒメコは口元を隠しつつ、誘うような上目遣いを向けてきた。

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