第40話 天国の日々は続く
女は、俺がどこへ行くにもついてきた。常に俺の十歩、二十歩後ろを歩いた。用を足しに行く時でさえも、女は後ろにいた。年齢は俺と変わらないように見えるが、表情は無邪気な子供のように満面に好奇心を表していた。
大人が集まって手をつないで木の周りを囲んでも何十人と必要になるだろうと思われるほどとてつもなく太い木の上に登って俺は女は遊んだ。時折子供のころの映像が頭をかすめた。もちろんその時はこんな全裸ではなかっただろうが。女は空へと伸びる枝の上にしっかりと足の裏を付けて駆けて行き、思い切りジャンプした。そのあまりの高さに俺は絶叫しそうになったが、女は信じられないほどの跳躍力で別の枝の上に片足で着地していた。そしてまた別の枝に片足をつけ、階段を数段飛ばしで駆けていくように次から次へと飛び移って行った。俺も女の真似をしようとして四足歩行で慎重に枝を登って行ったが、上がれば上がるほど高所恐怖症が俺の手足を痺れさせた。俺は諦めて女の奔放な姿を木漏れ日の下で眺めていた。女の肩と足腰は俺のいた世界の女たちのものより比較的がっしりとしていて丈夫そうだった。女の驚異的な動きを見ればそれは納得がいった。
次第に細くなっていく枝の先に実る木の実を採ろうとして俺に背を向けながら這いつくばるとき、隣の枝へ渡ろうと大きく股を開くとき、蔦から蔦へと手繰って進むとき、女の茶色い毛に覆われた女陰と大きな乳房は俺の目に何にも隠されず露わになった。最初はあれほど目に入るたび高まる興奮を抑えるのに苦労していたのに、いまでは「普通の光景」として見ている自分に気づいて驚いた。
一緒に海へ潜ったりもした。この海は、深さの知れない濃い青色にも見えるし、見ようによっては日の光が底を明らかにできるほど透き通っても見えた。それはちょうど、宝石のサファイアが光の加減で濃い青に見えたり透明に見えたりする部分があるように。そんな輝くような海の中で魚を採ったり海藻を採ったりした。たまに何度か顔を見合わせては笑い合った。お互いに何がおかしかったのかは分からない。女が底に転がっている貝のようなものを採って上に上がってくる時、俺はいたずら心で、細長いぬるぬるした海藻を後ろから女の首にかけた。女は咄嗟に振り向いて弾けるような笑顔で応じた。
俺の目に映る世界は、あまりにも美しかった。そのため、自分はすでに死んでいて、天国にいるのではないかとさえ思った。
心のどこかでは、そうであってほしいと願っていた……。
夜になると、二人で星空を見上げた。所狭しと光の粒がいっぱい空に浮かんでいるのを見て、毎回感嘆した。何度見ても飽きることはないと思った。まるでコントラストをつくるかのように、ところどころに月のような大きさの惑星が色とりどりの色で浮かんでいた。赤、青、紫、ピンクと黄色が混じったもの……。それを一つひとつ数えていくだけでも数日は退屈しないだろうと思った。
そんな夜を幾日も過ごしていると、女はやがて俺に身を寄せるようになってきた。はじめは肩と腰の肌を合わせるだけだったのが、次第に、女は柔らかい頬や高い鼻を俺の肩や腕に擦りつけるようになった。ここ数日ではさらにエスカレートして、乳房を背中にこすりつけるようになってきた。おそらくだが、言葉にするでもなく、口づけをするでもなく、それをすることがこの世界での求愛の合図なのだろう。その日はさすがに俺を制してきたタガが外れて、何かが爆発しそうになった。と同時に、二人きりの日々で共に育んできたものをその時感じた。しかし、寸前でカレンの顔がぼんやり脳裏に浮かび、人生で初めて女の愛のサインを拒んだ。興奮の最高潮で熱し切った体を女に近づけ、肩を組むことで、女の愛に答えた。
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