第29話 諦めの顔の男たち

 転ばないように少しずつ下って行った。遠くに見えていた家々が次第に近づいてくる。一見ギリシャ式の石造りの家に似ているが、そのすべてはおぼろげに青みがかっている。窓はなく、石の角はいくつか欠けており、天候も相まってどこか退廃的な雰囲気をまとっていた。

 ミノルは先ほどから、道なりに続くいくつもの家を眺めてドアらしきものを探していたが、一つとして見当たらなかった。どうやらこの世界の住人はドアで出入口を封じるという概念がないようだ。窓もなく、家は必要以上の解放感に満ちているように見えた。ミノルは非常に落胆した。また一つ、心の中から大切な光を奪われたような気がした。

 その瞬間、家の出入口にあたるところの奥の薄闇から、何かがうごめくのが見えた。ミノルの心臓は跳ね上がり、体は痙攣のようにビクついた。

 そこから出てきたのは、一人のひょろ長い男だった。肌は白く、短く髭を生やし、薄黄色い長い布を体に巻き付けている以外は、何一つ身に着けていなかった。靴さえ履いていなかった。顔には何の感情も浮かんでいない。

 彼はミノルの前まで来て頭からつま先まで眺めた後、何かを言った。

 ミノルには一つも理解できなかった。明らかに聞いたことのない言語だった。ここはいわゆる異世界であるから、こういったことはうすうす予想していたが、いざ遭遇すると反応に困った。彼は依然としてミノルに低いトーンで何かを話しかけていた。しかし、ただ頭を横に振ることしかできなかった。

 すると、彼の背丈ほどの高さの家の陰から、さらに二人が現れた。どちらも男だった。一人は髪がぼさぼさで髭は伸び放題、もう一人は髪を短く切って額を出しており、比較的小ぎれいに見えた。そのどちらも、やはり肌は白かった。

 最初に出てきた背の高い男は、その二人としばらく話し合っていた。着ている服も雰囲気も違う、異世界からの来訪者がここにいるというのに、三人とも世間話のように淡々した調子で話しているのを見て異様に思った。

 ひょろ長い男はこちらへ振り向き、左手で自分の胸に触れ、五本の指先をミノルに突きつけた。そして、そのままその指先を家々が立ち並ぶ小道の奥へ向けた。見覚えのないジェスチャーを見て、とっさにうろたえた。

 ついてこいということか?

 気づけば他の二人の男はいなくなっていた。

 ――ミノルは彼について行った。歩き方はやけにゆっくりだった。そのペースに合わせるのに多少もどかしさを感じた。

 微妙に薄暗い雰囲気の中で、石造りの家が左右に並ぶところを進んでいった。木のようなものでできた籠や弓矢といった日用品の類の他は、目にするものはほとんど石ばかり。まるで石器時代の生活のようだ。どこを見ても文明の利器らしきものは見当たらない。

 とんでもないところに来てしまった。

 こんなところで、一体これからどうすればいいというのだ。

 果たしてカレンのところへ行ける手立ては見つけられるのか。

 それにしても、自分が元いた世界に比べて、同じ人間にもかかわらず、こんなにも文明的に発展していない世界が存在していたのか。制服姿の自分を目撃した昭和のような世界ではそんな風に感じなかったが、ここまで違うとさすがに衝撃を感じずにはいられなかった。  こうして彼に促されるままついていくことにミノルはさほど危機感を感じていなかった。彼らから危険な雰囲気は感じないし、武器のようなものを身に着けている様子もない。おそらく、温和な民族なのだろう。第一、本当に彼らが攻撃的なのであればすでにミノルはすでに死んでいたか、両手両足を縛られて力ずくで運ばれていただろう。それに、彼らが非戦闘民族であろうことは、何かを諦めたかのような顔や、活力を感じさせないゆっくりとした一挙手一投足の動きで、なんとなくミノルに察せられた。

 前を歩いていた長い男は、再び五本指で前方を指した。通り沿いで見てきた家の数倍はある大きさの建物が現れた。家というより集会所のように見える。形は、まるでイタリアのパンテオン神殿に三角屋根をつけたようだ。

 ミノルは分厚い石の入口をくぐって中へ入った。内部は外から見ていたほど暗くはなかった。天井のどこかにある隙間から光が差し込んで室内を薄く明るませていた。部屋には数人の男がおり、全員がミノルの方を……というわけでもなく、一人二人がちらと無関心そうに見ているだけだった。細長い男はミノルを奥へ促した。薄青い壁際には、藁のようなものの上に座っているスキンヘッドの老人がいた。老人の髭は驚くほど豊かで、この世界では権力者の証なのか、髭をいくつもの束にして編み込んだものを口から垂らしていた。教科書でこんな髭をした古代メソポタミア人の石像の写真を見たことがあると、ふとミノルは思った。

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