第20話 さらなる並行世界へ

 ミノルとカレンは再び走っていた。

 『とりあえず身を隠す場所を見つけなければ』ミノルはカレンの手を引っ張って、路地や民家の間をいくつも曲がって行く。

 あのドアを開けた瞬間から目に飛び込んできたさらに信じられない光景が、二人の脚を怖気づかせ、つまづかせたが、それでも手を繋いで互いに確かめ合った「絆」を信じて一心に走っていた。

 また違う世界だ。

 ドアをくぐりぬける前の世界で感じたよりもずっと強い、あの感覚……。「何か違う」感じ。

 なぜかヒリヒリする肌。薄く黄色がかった灰色の空。そして、数分前までいた世界とはうってかわって時代が後退したような感じ。写真や映画で見るような昔の建物を、走りながらいくつも目の端で捉える。

 後ろから足音が聞こえてこないのを確認して、さらに一つ角を曲がり、茶色がかった古い木で建てられた小屋のような建物を背にして、座り込んだ。地面はアスファルトではなく砂の感触があった。

 二人とも息が上がっている。

 ミノルは手の平を通じてカレンの体も自分と同じく熱くなっているのが分かった。

 息も絶え絶えな声でミノルは言った。

「あの二人、もう追ってきてないよね?」

「うん、たぶん。ドアを抜けたところから足音が聞こえなくなった」

「……あの二人は入れないのか……? とっさに近くにあったドアを開けて滑り込んだけど」

「逃げ切れたのはいいけど、ミノル……ここもなんかおかしいよ」

 二人は立ち上がって注意深く見渡しながら歩を進めた。座っていた薄暗い道よりも大きな通りに出て、そこではじめて、ミノルは自分たちが背もたれにしていたのは駄菓子屋の建物だったことに気づいた。

 売り場にある色とりどりの駄菓子を見て、”現代”に生きる若者にもかかわらずミノルは懐かしさを感じた。地元が田舎だったので、小学生のころに親からもらった五百円玉を握りしめて、学校の近所にひっそりとたたずむ駄菓子屋に何度も通ったものだった。そしてそこで買ったキャンディやスナック菓子を家で食べていると親にやけに懐かしがられたのを思い出した(中学生になると時代の流れに逆らえずその店はつぶれてしまっていたが)。

「これ、すごい再現度だな。昭和のイメージそのままじゃないか。カレンも子供のころ来たんじゃない?」

 とミノルが店内を見渡して言うと、カレンは振り向いて、

「え? 昭和? ミノル、ここに来たことあるの?」と言った。

 ミノルは改めて衝撃を受けて言葉を失った。うっかり忘れていたが、隣にいる彼女は姿かたちは彼の知っているカレンでも「別の世界にいた彼女」なのだ……。だから彼女は「昭和」も知らないし、もちろんこういったミノルが懐かしいと感じるものも、記憶にすらないのだ。彼は先ほどまでいた圧倒的な未来都市を思い出して、妙に納得がいった。

「……いや、いいんだ。俺の地元を思い出しただけ」

 そこでミノルは気づいた。あの赤い空を見るまであった「二重意識」の感覚が、いまではすっかりなくなっていた。記憶を呼び起こすときに起きたあの混線のような感じはなく、元々いた世界の自分と同じく、意識はすっかりとシンプルな感じになっていた。隣にいるカレンの世界にいた方の自分の意識は陰に隠れて見えなくなったようだった。

 その時、急に駆けて来る足音が聞こえて身構えた。が、朽ちかけた柱から現れたのは子供の男女の集団だった。それこそミノルが買いに来ていた頃くらいの年齢の子供たち。彼らは各々歓声を上げながらお菓子を買ったり、くじを引いたりしていた。するとそのうちの一人が驚きの声を上げ、奥へ向かって「おばあちゃーん!!」と叫んだ。すると祖母の若いころの写真で見たことがあるような、かなり古い時代を感じさせる、派手目の服を着たお年寄りが現れた。『かなり本格的な駄菓子屋なんだな』と彼は心の中で笑いながら思った。しかし、よく見ると周りの子供たちも似たような古さを感じる服装だった。男の子の何人かのティーシャツは”つぎはぎ”だったり、穴が開いている子もいた。

 何かの予感を感じて、ミノルはカレンを促して自動車のエンジン音がする大きな道路に出た。黒い排気ガスを出してちょっとずつ進む目の前の自動車は、平べったく長く、どこか出来が悪そうだ。

 そこでミノルははじめて気づいた。ここは彼の知る「昭和の時代」を色濃く残す、もう一つの並行世界なのだと。

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