第15話『好きだ』
バタンッ! とドアが閉まる音が聞こえた後、残されたのはゲームの操作音と音楽だけだった。
二人きりになった。ミノルの鼓動は早まり、すぐそばにいるカレンとの距離の近さが思考を脅かした。
カレンは依然としてゲームに集中していた。画面に向かって「とうっ!」「あれっ?」「なんでなんで!?」と言いながらプレイしており、彼とは打って変わってナオトが抜けたことを一切気にしていない様子だった。
表面上はゲームを介してカレンとの会話を問題なく交わしていたが、心の平静は常に崩されていた。再び高校生のころのように、何のためらいもなく、何の隔たりもなく、言葉を交わせていることに、ほとんど奇跡のように感じていた。
”いつも通り”カレンに接しようとすると、”もう一人の自分”に身を任せようとすると、それに応じてカレンの顔をまともに見ることになる。
『カレンの顔をこんなにしっかり見るのは、いつぶりだろう?』とミノルは思った。目、鼻、口、眉、肌が彼女の内面を、少ない言葉で多くを語っていた。彼は ーー 別の世界線だとはいえ ーー 何年もの間、彼女を見てきたから、彼女のこの顔の美しさを何が裏付けているのかをよく知っていた。この世界での彼女との思い出をさかのぼった時に、この世界でさえも、彼女は暗雲を払うような明るさで人を笑顔にさせ、物怖じせず、ノリがよく、それでいて人に優しく、周りは愛情深い彼女を自然と好きになっている……そんな”もう一人の彼女”に彼は驚いた。少し下品なところを彼にツッコまれるところでさえ同じだったのは彼をさらに驚かせた。
数日前にカレンとナオトと三人で遊びに行ったときも、とある公園のサイクリング場で転倒した小さな男の子に駆け寄って優しくなぐさめていた。泣きじゃくる男の子にかがんで視線を合わせにいき、「痛かったねー」と頬に伝った涙を拭ってあげていた。それを記憶の中で知ったとき、この世界でさえも、彼女らしさは少しも変わっていないのだと思った。むしろこの世界の彼女の方がいざというときの愛情、その中にちらつく母性が強いのではないかとさえ思った。それは”別の世界”だからなのか、六年の時間の中で育まれたからなのかはミノルには分からなかった。
無数にあるはずの並行世界を越えてもなお、彼女を好きでいる自分を知った時、ミノルは『自分は彼女の魂ごと好きになっているのだ』と分かった。彼女の顔、しぐさ、趣味など、そういった一部分だけではなく、何か彼女の深いところにあるもの、根元にあるものに惹かれていたのだった。
全てのステージをクリアし、二つのコントローラーから手を離し、二人は一息ついた。飲み物をつぎにグラスを持ってキッチンへ行ったとき、なぜかミノルは『長くはここにいられない』と思った。突然その考えが、彼の中を風のように吹き過ぎた。その後に、先ほどのナオトの言葉が蘇った。
ミノルは飲み物が入ったグラスをカレンに渡した。
「ありがとー」と言ってカレンはグラスを受け取った。そして「次はどうする? 他のゲームやる? それともちょっと出掛ける?」とミノルに聞いた。
ミノルはカレンのその言葉が言い終わるか終わらないかの瞬間に、彼女の両手を取り、瞳をまっすぐに見て、
「好きだ」
と言った。
一瞬、カレンは何が起きたか分からないといった様子で呆然とした。
その後にはっきりとした動揺を表した。
「えっ? なんで……? え……?」そして目に困惑をいっぱいにたたえながら「……ミノル、彼女いるんでしょ……?」と聞いた。
「……うん、そうなんだけど」一旦ミノルは言葉を切った。そして呟くようにして言った。
「今の俺は……今までの俺じゃないんだ……」ミノルは見なくともカレンが困惑の顔を浮かべているだろうと思った。
次の言葉は彼の胸の内に秘めていた熱いものと同時に、迸るようにして出た。
「気づいたんだ。俺にはカレンしかいない。色んな女の子と出会ってきたけど、世界で一番俺に合う子は、カレンなんだって。今の彼女とは別れる。もうこれ以上、友達のままでいるのはイヤだ。カレン、俺と付き合ってくれ」
ミノルの目をじっと見つめて聞いていたカレンは、彼が最後の言葉を言い終えると視線を落とした。彼女はしばらく間を置いて次の言葉を慎重に選んだ。そして目を上げて、それをミノルへ伝えようと口を開いた瞬間、彼女はミノルの異変に気づいた。彼の目は驚きと恐怖でいっぱいに見開かれていた。しかも、視線は彼女ではなく背後の先へと向けられていた。彼の視線を追って彼女は戦慄とともに後ろを振り返った。すると窓の向こうには、この世のものとは思えないほど赤い世界が広がっていた。
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