第14話 並行世界で再会
この数日間、彼には身の周りで起きていること全てが信じられなかった。現実だとは思えなかった。目で見ているもの全てが彼の認識になじまずにはねつけられた。「東京」はともかく、「盛谷」「硯川」? そんな地名は聞いたことがない! そして、何十年も先を言ってるとしか思えない超ハイテクノロジーの数々、それが生活の一部になっていることがなお彼を驚かせた。
それでも、彼の体はスムーズに動き、キッチンへ行ってカップを取り、コーヒーを注いだ。まるで操り人形のように体が操られている感じすらするが、もともとこの世界に生きていたもう一つの彼の意識に習慣や知識が深くまで染み込んでいたため、そのように感じたのだろう。いまテーブルでコーヒーの苦味を一口ずつ味わっているのは、確かに自分だ、と彼は思った。
過去に起きた出来事のページを一枚一枚めくって振り返るまでもなく、彼にはカレンとナオトの存在がすぐそばに感じられた。これはとても奇妙な喜びだった。「元の世界」にいた時のカレンとナオトの”遠さ”と比べると、彼の目の前を二人が通り過ぎ、その直後に微妙に漂う残り香をかいでいるかのような”近さ”があった。
今日の十四時からその二人が彼の家へ来る。記憶としてではなく、概念としてではなく、本当に目の前に現れるのだ。あと十五分もすれば玄関の呼び出し音が鳴るだろう。
ミノルはこの世界に来てから様々な「違い」を見つけた。その中で特に信じがたいのは、二つの大きな願望が成就していたということだった。一つは俳優として成功しているということ、もう一つは、学生の時のようなカレンとナオトとの三人の麗しい絆が戻っているということ。”こっち側の彼”の記憶を振り返ってみると、三人は高校時代に出会ってから別れることなくずっとこのままの関係を維持してきたようだ。だから、「そうではない世界」からやってきた彼からしたら、渇望していた夢がついに叶ったような深い喜びを感じていた。だからもし二人と相対した時、自分はどうなってしまうだろうか、冷静でいられるだろうかと彼は考えた。
玄関の呼び出し音が鳴った。ミノルの胸は騒いだ。
ドアを開けた。その瞬間に『確かにカレンとナオトだ』と思った。
ミノルが二人と会わなくなったのはおよそ二十歳のころ。それからもう六年は経っている。それに何よりも、”並行世界で再会している”というのに、彼らはほとんど最後の記憶と変わりがなかった。顔を見てすぐに彼らだと分かったほどだった。それがミノルには嬉しかった。しかし顔の細部に時間の経過が表れており、六年前のあどけなさは影を潜め、二人とも大人の顔になっていた。その表にはっきり表れた時間の厚みが、”再会”の感動に現実味を与えていた。
ナオトに続いて玄関へ入ってきたカレンと目が合った。しばらく目を離すことができなかった。先ほどから常に平静を破っていた彼の心臓は、この瞬間にもっとも高ぶった。
カレンがミノルの横を通り過ぎる時、彼は彼女の全身を見た。
上から下まで、デニムのワンピース。その色は、夏にふさわしい気持ちの良い青だった。くびれを強調するように、腰回りを同じ素材のベルトでキュッと引き締めていた。
カレンを見つめているミノルは、その服装が彼女の愛らしさを何倍にも増している、と感じた。その「愛らしさ」には、自分の知らないところですっかり大人になっていたということへの感慨深さも含まれていた。ミノルが知っているカレンはそんな大人っぽいオシャレな服を着るような女の子ではなかったからだ。この時点で、ミノルはいま目にしているカレンが「並行世界のカレン」、つまり「もう一人のカレン」であるということを忘れていた。
ミノルは慣れた手際の良さで二人を招き入れ、キッチンで飲み物をつぎ、リビングのソファでくつろいでいる二人の前のテーブルに置いた。
ナオトはミノルが同じソファに座るか座らないかのタイミングでいきなり「あ、この前話した女の先輩と付き合うことになった」と言い出した。二人はほとんど開口一番での交際報告に驚いた。その後、三人で対戦ゲームをしながらナオトはどうやって先輩の心をつかんだのかを嬉しそうに話した。一通り話し終わった後、彼は自信たっぷりの話しぶりでこう言った。
「これまで俺はゲームばっかりしてきたから、いつも恋愛ゲームみたいな恋がしたいと思ってた。でも、最近ようやく気づいたんだ。恋愛ゲームじゃ何度もやり直しがきくけど、リアルはそうはいかないって。出会いってのはその時々に一度きりの必要・必然があって起きるものなんだって。だから、何かのきっかけで出会った人のことを好きだって気づいた時は、その時に思いを伝えなきゃいけないって思ったんだ。で、真剣に恋愛に向き合って感じたのは、どれだけ恋愛ゲームがリアルになろうと、本物の恋愛が一番なんだなって。やっぱり現実が一番尊いものなんだなって」
キャラクターを選びなおして次のラウンドに行ったとき、ミノルはナオトの言葉を受けて呆然としていた。ナオトがカレンと付き合わず別れもせずそのまま仲の良い状態なのにまず驚いたのだが、ミノルを差し置いてカレンを奪っていったナオトが(ミノルは少なからず当時からそう感じていた)、自分に恋愛について語っている! それも、「目の前の現実の恋愛が大切だ」といった趣旨の! 彼はこの言葉に不思議と怒りは感じなかった。このナオトは”別のナオト”だという認識がちゃんと働いていたからだろうか。
一時間半ほどゲームに熱中して三人が小休憩を入れている時、ナオトの携帯の通知音が鳴った。それを確認してすぐにナオトは興奮しながら「先輩だ! 先輩から十八時にデートのお誘いだ!」と叫んだ。そのまま彼はスマホを握りしめて「ごめん! 今日は抜けるわ!」と言いながら玄関から出ていった。
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