第2話 頭の中のカレン
ミノルは自分が住んでいるアパートの部屋に入ると、すぐにベッドに座り込んだ。
そして“彼女”の顔をより正確に、今この瞬間に再現するために頭の中を探った。
”彼女“の名前は「星園カレン」。出会ったのは高校二年生の時で、それ以来、大学生3年生の頃くらいまでずっと仲が良かった。いま思えば異性でありながらあれほど近い距離感のままずっと友達でいられたのはある意味奇跡だったんじゃないかと彼は思った。「男女の友情は成立しない」という言葉が一般的にはあるが、こうして過去を振り返ってみると実際に成立している。それができたのも、カレンの性格があったからこそだ、と思った。
彼の頭の中は過去を旅していた。過ぎ去った時間における出来事を思い出すとき、時にとある法則をもって現れることがある。彼の場合はこのようにカレンの姿が蘇った。彼女の笑顔、笑い声、そして、手を叩いている仕草といった風に、順序をもって彼の頭の中に浮かんできた。
カレンの笑い方は決して上品とは言えなかった。男の前だからと言って口を抑えたり声をこらえたりするわけでもなく、とても伸び伸びと笑った。そしてその笑い声。あまりに独特の笑い方をするから頻繁に彼はそれをネタにしていたのだが、今思い出してもカレンのような笑い方をする女の子はそういない。ツボに入って大笑いしているときが一番ヒドく、スタッカートで低音を響かすような声を出すから、それがまたミノルにとっては格好のツッコミどころだった。
ベッドに身をあずけた。
カレンはなんて“良いやつ”だったんだろう、とミノルは思った。彼女は高校時代からどこで学んだのか男子とのお決まりのノリを心得ていた。おもしろいことをすべて愛していたような女の子だった。だからクラスで楽し気な雰囲気が生まれた時はほぼ必ずその中心に彼女がいた。元々、彼女は誰とでも仲良くできるような、たくさんの人間を無意識に惹きつけられるタイプだった。同じクラス内だけでなく、他のクラスの男女と楽しそうに話しているところをミノルは何度も見ていた。それでも、彼女は決して「三人の絆」を忘れることはなかった。彼女と彼と、それからナオトの。
彼はおもむろに身を起こした。
今田ナオトとはカレンよりも先に出会った男の友達だった。高校一年生のころに同じクラスになり、それから頻繁に休日に二人で遊びに行くような仲になった。高校時代の全ての楽しい思い出の基礎は、二人でレストランで長々と話したり、家で対戦ゲームをしたりするささやかな時間によって形作られたようなものだった。
二年に上がり、ここにカレンが加わった。今となっては、なぜ誰からも好かれるような人気者のカレンが、彼とナオトの、どちらかと言えば活発ではない地味な二人の絆にもう一つ糸を結んでくれたのか、詳しくは分からない。それでも彼女にとってこの三人の仲は居心地が良いものだったんだろうと彼なりに考えた。
――そこでミノルは何かの予感を感じて考え事を切り上げ、立ち上がった。
その後、質素な夜ご飯を済ませ、早めに寝床についた。
次の日。
昨日の幸せな思い出に浸るようなうっとりした気持ちに、痛みが加わっていた。
夕方からが居酒屋でのアルバイトなのだが、その時間まで何かをしようという気持ちが沸き起こってこず、何時間も「過去のとある一連の出来事」に囚われて動けなくなっていた。
大学に上がってからもミノルとナオトとカレンは高校時代の様な仲の良い関係を保っていた。三人とも県外には行かず、それぞれ大学こそ違うものの地元に落ち着いた。
この時期からおかしくなっていったと彼は思った。
大学二年、三年のあたりから10代のころの未熟だが美しい関係に歪みが生まれていた。彼が「ナオトはカレンと付き合っているのではないか」と気づいたときには、固結びだと思っていた絆はすでにほろほろとほどけていた。
そして卒業式の当日、人づてにカレンとナオトが別れ、それぞれ熊本を出て就職したということを聞いた。その時にはそれぞれの糸は別の方向を向いており、各々が交わることのないただの一本の糸になっていた。
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