第2話 推測:廃遊園地の怪物
怪物とは何たるか。一般的には、五百年前に起きた事件を基準に参照すると良いだろう。
五百年前――自らを召喚した錬金術師を騙し、特殊な魔術を組み込んだ悪魔が居た。名はラウム。曰く、人が感情を暴走させれば自らと同じ異形の悪魔と化する呪いの魔術。その悪魔を人々は怪物と呼ぶ。
感情が暴走し、制御ができない。何より、異形の形態は本人の悪行を色濃く表す。たとえどんな善人とて、些細な悪行。もしくは独善過ぎる善も悪行とされ、その体で罪状を示すことになるのだ。
例えば、一人の為に世界も全ても敵にまわそうとする勇者が居た。しかし、それは狩人達からすれば英雄ではない。れっきとした怪物だ。理由は単純。極端に他者愛が無い。これに尽きる。
誰か一人だけ強く思うというのは、深い愛ともいえるが、同時に強烈な依存による独善的感情の押し付けのようである。故に怪物化した場合……両目は潰され、身体は肥大化し、腕は全て刃物のようになり大事な物も近寄る者も――何者さえも傷つける。要は、酷く醜く、忌み嫌われる容姿へと変貌するのだ。
しかし、それはあくまで狩人に遭遇しない場合。彼らは人間の姿のままを保てる。否、皮を被り続けられるともいえよう。
だが、狩人は彼らの皮を容赦なく引きはがせる。剥がさなければ倒せないともいえるし、罪人に自己の罪のおぞましさ、醜さ、傲慢さ、残忍さ、何より愚かさと馬鹿々々しさを直接的に刻み、屈服させ、断罪する必要があるのだ。
断罪とは贖罪であり、何より孤立して死ぬ運命であろう怪物への唯一の葬儀である。
◆◆◆
うぉぉおん……うぉおおん……。
うぉぉおん……うぉおおん……うわぁあうぉおおん……。
低い動物の唸り声の様な、男性の断末魔の様な。奇妙な呻き声が廃遊園地内に響き渡る。聞いただけで、脳の裏側をガリガリとかきむしりたくなるような、頭蓋骨の骨の裏まで抉りたくなるような不快音。
しかし、ウィルドはさも気にしていないと言わんばかりに、淡々と園内を歩いている。
「血の匂い、呻き声……。荒れた廃遊園地」
じとりと、彼の眼が周りの光景を見渡す。時が経ち、錆びて腐敗し植物やコケが絡みついたメリーゴーランド。血の跡が大量についている、ジェットコースター。未だに壊れた音楽が鳴り響き、けれど微動だにしないコーヒーカップ。
あぁ、まさに夢の跡とはこのことだろうか。夜の時間帯、それもお化けでも出てきそうな雰囲気。なるほど、物好き共が根城にしやすいとウィルドは推測する。
(こんな時代だ。野盗モドキも、盗賊モドキも腐るほどいる。一般人はそもそもコロニーで住むからこんな場所に行きたがらない。
世が廃退しようが、やはり無法者というのは出て来る。いや、むしろ世が廃退すればするほど。人に物事を教えるという事が難しくなればなるほど、はみ出さざるを得ない者は出て来てしまうのだ。
無論、野盗だろうが盗賊だろうが、ウィルドにとっての種別は"人間"のみ。"人間である"ただその理由ですでに保護対象内に入る。
「人が生活している跡を探そう。誰か一人でも生きていれば保護できる」
その言葉は確信。彼には確実に怪物を狩り、その上で人を助けられるという自身があった。だが、あくまで生存者がいる場合のみの仮定。無い命は救えない。特に、怪物が集団内で発生し、その怨嗟の標的が集団であれば……状況は絶望的である。
「場合によっては、怪物発生時に皆殺しにされている可能性も考慮した方が……いい気もするかなぁ」
ふむ、と。何処か気だるい様な、とぼけたような様子で。ウィルドはそれらの集落を見つけ、近寄る。それは観覧車のゴンドラの群れだ。
直径105Mはある巨大な観覧車の残骸。いくつかのゴンドラは接合部分が、長い年月の錆で落ちたのか。はたまた、何者かが意図的に解体したのだろうか。まるで植物に浸食された小屋の様に、観覧車の周囲に並ぶ村の様に建っていた。
彼は集落の中に入り、小屋もといゴンドラを一個一個開けて確認していく。ゴンドラは大きく、大人で大よそ10人ぐらいは入るほど。無論、中もそこそこ広いため3人ほどはこの中で生活はできそうだ。
実際、ゴンドラの中には毛布や効果。干し肉や燻製などの保存食、酒、水、衣類に武器。人の生活の後はいくつでも見つかった。だが、肝心の人影が何処にもない。
ウィルドはため息を零し、比較的清潔そうなゴンドラの椅子に座り少しだけくつろぐ。
「ここまで来て人の気配なし。おまけに園内の地図らしいものはボロボロで見れやしない。なるほど。此処を根城にしていた人間達は、地図が無い事を良い事に慣れで独自のルートでも作っていたのか」
人間とは、慣れる生き物だ。たとえ地図が無かろうが、慣れで道のりやショートカットを覚えてしまえてしまえば問題は特にはない。こうなると余計に、怪物が外側から入ったとは想定しにくいのだ。慣れていない場所で獲物を探すとなると、予想以上に迷う。それは元人間の怪物とて例外ではない。このケースの場合、ウィルドは最低でも一人か二人の生存者に出会っていないとおかしい。と、彼は推測する。
「おや?」
ウィルドは首元に違和感を覚え、ふと自分の胸元を見つめる。いつの間にか、自身が愛用していた黄色いネクタイがちぎり取られ、ほどけかかっていたではないか。
物音はしなかった。いや、気配すらあったかすらあやふやだ。自身が呆け癖があるというのももちろんある。だが、それでも彼は怪物の気配には人一倍敏感なのだ。けれど、それを感じなかった。
(気配を消す怪物でもいるのか? まさか。怪物が狩人の狩りの嗅覚から逃れられるはずがない。狩人はそう育成されるし、怪物も本能的にそれを察している。ましてや、そこまで頭が回るほど利性的なら……怪物にはなりはしない)
ウィルドは立ち上がりつつ、考える。恐らく、集団から出たであろう怪物。いない人々。血の跡、人を殺した跡、生活の跡。何故ある?
(あるモノとないモノの違和感が強い。例えるならそうだ。アレクサンダー・ソニー・ビーンのような)
アレクサンダー・ソニー・ビーン、15世紀スコットランドに居たとされる、大量殺人者であり人食い一族の父だ。
彼もとい、彼とその妻は労働を極端に嫌っており、生活の下でを得るために旅人を殺し、食料や衣類。金品などを奪い、殺した人間を食べて過ごしていた。もちろん、最初は足がつくことを恐れたから。
時にはわざと死体を放棄し、まるで野犬などの野生動物の仕業と思わせる偽装を行った。
やがて彼らと、その家族は人食い一族と呼ばれ、一人の勇敢な旅人の行動で処刑という形で幕を閉じる。
だが、同時にウィルドは疑問に思う。怪物が、異形の悪魔であれと呪われて成ってしまった彼らが。そんな理性的な判断力はあるのか?
結論を言ってしまうなら、無理だ。確かに極稀に、やけに理性的な様に振る舞う知性的な個体は存在する。
けれどそれはあくまで、コロニーや貴族からの出身者。その中でも特に天才と呼ばれるほど頭が良く、教養を身につけた者。
こんな辺鄙な地で教育も無いような環境下で、無法者と群れを成して暮らしている人物が、とてもそんな天才的な頭脳の持ち主とは想定できない。
(あるとしたら、怪物に同情した。または一番身内に近い人間による協力かな……あぁ厄介だ。俺は怪物狩りに来ただけだって言うのに)
人間は殺したくない。けれど、極稀に。怪物が人間の頃からの身内や、怪物の環境に同情した人間が敵に回るケースがある。
いくらウィルドが標的を間違えない狂人でありつつも、狩人でもあっても――人間は感情で判断を行いやすい。一度そうだと決めた相手を生かし、何度も恨みつらみをぶつけられたことは多い。
「己がエゴで、本来埋葬されるべき存在を延命させるのと、埋葬と称して殺すの。一体どっちが尊厳を大事にできていないんだろうか……。なんて、今の俺が言えるわけもないな」
狂ってしまっているからね。
等と自虐的に笑いながら、ウィルドはゴンドラを後にする。
「どの道確実に探し出し、狩り殺す。もう、眠らなきゃいけない時間なんだ」
死神は、狩人は、再び獲物を求め始める。
そんな彼が去ったゴンドラの影に、彼を恐れながらも何処か強く警戒するように見つめる一人の子供の影があった。
Wildo 大福 黒団子 @kurodango
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