Wildo

大福 黒団子

廃遊園地の怪物

第1話 ウィルド・ヴィクター

 怪物狩りを名乗る男がいる。彼の名はウィルド・ヴィクター。赤い外套を羽織り、赤い瞳を持つ青年。

 大鎌を携えるその姿はまるで死神のごとく。しかし、当の本人はふんわりふわふわと。のらりくらりと。まるで散歩でもするかのように、今や廃園となった遊園地をねり歩いていた。

 

「うぅん……怖い。お化けでも出そうだなぁ」


 などと言っているが、彼はぼんやりした表情から少しも顔色を変えていない。むしろ、怖いと言いながらも足取りは軽やかで一歩も止まるつもりが微塵もないと来た。

 そもそもこの青年、ウィルドが何故ここに来たのか。目的は何なのか。まずはそこから語るとしよう。

 

 時はさかのぼり、一日前。廃遊園地から北に14km程外れた集落の酒場にて、彼は朝食のシチューを食べていた。シチューとはいえど、具材はそんなに業火ではない。この世界はもはや、夢見る老人の世界。老い、枯れ、文明は崩壊し、あちらこちらに数千年前の鉄筋コンクリートの建物の名残――廃墟が、文明の痕跡が残されただけの唯の跡地。

 とはいえ、野菜やら植物はこんな環境でもすくすく育つ。問題は畜産業、要は動物だ。一応、品種改良自体は成功している。だが――同時に怪物化しつつあるともいえる。なので、彼が食べているシチューの豚肉も、いわば"豚肉らしい生命体の肉"なのだ。

 

「うーん。あったかくておいしい」

「お前はホント幸せな奴だなぁ、ウィルド。まぁ、トンパパステーキを食ってる俺が言えた事じゃないが」


 ウィルドの隣に偶然座っていた髭を生やした中年は、その見た目では胃もたれするであろうステーキを豪快にむさぼり食っている。

 要は、二人が食べているのは得体のしれない肉もとい、トンパパなる生命体の安い肉。だが、文句は言わないし、言える立場ではない。たとえどんな肉だろうが、調理の腕が良ければ輝くのだ。


「文句があるなら食べなくたっていいんだからね!」

「あーあ。アギおじさん、女将さん怒らせた」


 中年もとい、アギは咄嗟に青い顔をして女将さんに顔を向ける。自分で料理ができるのならともかく、アギは自炊ができない為ここに通っている。要は、ここが彼の衣食住の食なのだ。故に、思っても言わなくていい事というのは、どんな時代においても山のように存在する。


「ひぃ! すまねぇよ、女将さん! けどよぉ、俺らだってたま~~に? 高級な肉を食いたいんだって。な、ウィルド!」

「俺は何でもおいしい」

「ウィル吉てめぇ! それでも元お坊ちゃんかよ!?」


 自分の出自を出され、ウィルドはため息を零す。確かに自分は元貴族の息子だ。ヴィクター家という、自分の今の職業。怪物狩りの狩人もとい番人の名家。

 しかし、彼の家は一夜にして消え去った。覚えているのは、大量殺戮と燃え上がった屋敷。泣き叫んでいたような気もするし、今のようにぼうっとして見つめていたかもしれない。覚えていない。いや、脳が思い出したくないのかもしれないのだ。

 けれど、犯人は覚えている。自分と同い年の従者の少年が、解放するだの救うだのなんだの言って、家族を皆殺しにしたのだ。許せないという思いと、愚かで馬鹿々々しい。何より痛々しいとすら感じる。

 そもそもだ、彼はもうあの地点で人間ではない。怪物と化した。だとするなら、怪物狩りの番人。その名家の生き残りとしては狩るしかあるまい。

 殺さない、狩らないなんて判断力も情も、あの血潮と炎の中壊れてしまった。ウィルドはこれを悲しい事だとは断じて思わないし、苦しい事とは判断する事すら放棄。気付けば血に酔い、怪物狩りとして名を上げて、怪物を狩る事を純粋に愉しむだけの人間モドキへと変貌していた。

 

 だが、面白い事に。あるいは奇妙なことに。人間社会というものは、自分達に害さなければ狂人とて英雄のように扱う。また、ウィルド自身もそのことを自然と理解していたのだろう。

 自分は怪物狩り。故に彼は人間を助け、導き、決して害そうとはしないのである。自分と自分が狩る対象が異端であり、この廃退した人の世とはいえ、脅威であるのなら。それを制し、自らが人であることを証明すればいい。

 ウィルドは狂ってはいる。血に酔ってはいる。しかし、標的を間違えないし、守る者も違えない。愚かではないのだ。

 

「それはあくまで昔の話。女将さんご馳走様」

「おいこら! こちとら、せっかくお前向けの怪物の話でもしてやろうと思ったのによ!」

「――怪物?」


 立ち上がったウィルドは、ピクリと眉を動かしてアギの言葉に反応する。鉄仮面で気だるげな彼の些細な変化に、アギもニタリと笑い、さも得意げに話をつづけた。

 

「廃遊園地の怪物。ここ最近現れたそうだ。なんでも二体一対とか」

「へぇ……それはとても楽しそう」


 口角をわずかながら上げ、微かながらほほ笑むウィルド。こうして彼はアギから目的地等を聞きだし、この廃遊園地へと向かったのだ。

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