万引きと商人と就職活動 ③


「悪かったな。君に相談もなしであんなことを決めてしまって」


「いえ、もう過ぎたことですから」


 アンナたちを交えた話し合いが終わり、私はトーラスと2人、診察室に残っていた。


「でも、どうして急にあんなことを?」


「うん、それは…なんと言ったらいいか…」


 トーラスはしばしの間頭を掻いて言い淀んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「恐らく、デニスと同じだと思う。僕も今のあの状況を見て見ぬふりをするのが嫌だったんだ」


「あの状況…今の王都に蔓延する貧困の問題ですね」


「ああ。あの大火災の後、私は医者として、嫌というほど災害で傷ついた人たちを診てきたはずなんだ。でも、王都が復興を果たしたのをきっかけに、その事実から距離を置いてしまった。…まだ以前の生活に戻れていない人々がいることを、分かっていたのに」


「…そうですね」


 トーラスの告白は、そのまま私自身の言葉として胸に刻まれた。


 私も、大火災の折りにはその復興活動に従事した。その時の私は、目の前に広がる惨状をどうにかしたい、焼失してしまった店を再建したいという思いの中で必死に生活していた。

 そしてようやく店の建て直しが成ったとき、私もトーラスと同様に、片隅に残っていたアンナのような人たちから目を逸らしてしまっていた。


「今回のことで、まだまだ自分に力が無いことを痛感しました。今の私の力では、アンナさんとアナベルさんの二人すら満足に支えることができないんです」


「デニス…。気持ちは分かるが、あまり自分を責めるんじゃないぞ?」


「ええ、分かっています。しかし、このままという訳にはいきませんから。店を再建することが目的地じゃなかった。まだまだ私には、やらなくちゃいけないことがたくさんある。それが分かっただけでも、今回のことは大きな転換点になりました」


 意気込む私を見て、トーラスは控えめな笑みを浮かべながら私の肩を叩いた。


「分かったよ。ついては、引き続きアンナちゃんのことを頼む。私のところで働いてもらったとしても、正直大きな額を渡せるわけじゃない。できれば、君の店でも面倒を見てくれ」


「分かりました。ユリアさんたちも彼女のことはずいぶんと気にかけていましたから、きっと喜びます」


 そう応じて、私は立ち上がった。


「じゃ、よろしくな、デニス」


「こちらこそ」


 新たな決意と共に、私はトーラスが差し出してきた手を握り返した。


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 あとがきです。


 今回の話は、書いてからすごく結論に悩みました。例えは悪いですが、拾った野良猫にどのくらい責任を果たせるか、というような内容になってしまっからです。


 また、ここ連日取り沙汰されているウクライナ戦争。この中で味わうやるせなさのようなものも出てしまった気はします。

 フィクションではいくらでも悲惨な描写をすることができますが、現実にああも見せつけられてしまうと、やはり胸が苦しくなります。

 今は、私にできるせめてものこととして、目をそらさずに向き合い、自分の中に刻み込もうと思います。


 以上、唐突なお気持ち表明でした。大変失礼しました。

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