シノビと商人と少女の夢 ①


 お久しぶりです。約ひと月ぶりの投稿になります。少々インターバルも挟んだことですし、ここからは目下最大の懸案事項を進めていきます。


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 王都ベルトリンデル、真円を成す城塞都市の西側に走る西三番通り。庶民向けの飲食店が立ち並ぶ通りを、とある一団が歩いていた。



「カケル、昼食は何にしましょうか?」



「う〜ん、なんだかんだですっかりお昼時も過ぎちゃったしね」



 和気あいあいとした様子で歩くのは王国を救った英雄、ホウショウ・カケルとその仲間たちだ。いまや青年となったカケルを先頭に、王宮での用事を済ませた勇者一行が遅い昼食を摂ろうと通りまで繰り出してきたのだ。


 すれ違い様に驚いて振り返ったり、あるいは笑顔で会釈をしたりする市民らに馴れた様子で朗らかに応じていた彼らだったが、どこからか聞こえてきた明るい歌声に気がつき、足を止めた。



「あれじゃないか?」



 近衛騎士の制服に身を包んだ暗めのブロンドの青年、エドワードが指さした方を見ると、ちょうど通りの反対側の少し先に人だかりができているのが確認できた。



「よく通る、気持ちのいい歌声だな」



「気のせいかな、どこかで聞いたことがある気がするんだけど…」



「ああ。確か彼女はレオナの友人の…」



 しばしその歌声に耳を傾ける一行。集まった聴衆の向こう側で、恐らく二十歳前後で、春の日差しに映えるパフ袖が可愛らしい白いTシャツに動きやすそうなジーンズを履いた女性が自身の弾くヴァイオラの演奏に合わせて歌っていた。


 切り揃えた短い黒髪はその楽しげな曲調に合わせて軽やかに揺れており、通りの端まで響きそうな伸びやかな歌声は、聴く人の耳に心地よい楽しさを届けていた。歌声を引き立てる演奏もまた巧みであり、その女性が相応の研鑽を積んでいることが押し測れた。


 演奏が始まってそれなりの時間が経っているのか、歌手と聴衆の間に置かれた楽器ケースには少なくない金額が投げ込まれていた。ただ、そんな彼らの間を見守るように帯剣し王立高等学校の制服を着た少女がそばに控えている姿は少々微笑ましくて…。



「っ……」



 そんないかにも平和な日常を見て、勇者一向の最後尾にいた女性だけが、密かに息を呑んだ。


 濡れたような艶つやめく黒髪を頭の後ろでまとめ、浅葱色の地味な和服に身を包んだ一見すると少女とも見まがう小柄な女性。しかしその顔が鼻まで覆うような黒い肌着を身に着けていることからも分かるように、彼女も立派な勇者の一員、隠密任務の専門家たるシノビのヨミだった。


 傍目から見れば、眉一つ動かさない静けさを湛えた表情の少女。しかしその内心は、不意の衝撃に酷く動揺していた。



 もう心の整理は付けたはずなのに、その姿を見ただけで、歌声を耳にしただけで以前のように歩み寄ってしまいたい衝動にかられてしまう。しかしそれはできない。不用意に彼女たちと関わった結果が、あの惨事なのだから。


 そうやって深い思考に落ちていたからだろう。自分に接近していた気配に直前まで気づくことができなかった。



「――やっと捕まえた」



「っ!?」



 気が付いた時にはすでに遅く、慌てて一歩下がろうとするも、いつの間にか掴まれた左腕はピクリとも動かない。



「あなた…」



 ウェーブのかかった豊かな栗色の髪に、理知的なメガネ。しかしその下の瞳は相変わらず気だるげで、彼女の本質に変化がないことが見て取れた。最後に目にした4年前からより魅力的になったその女性らしい体は、結局大した成長を見せてくれなった今だと尚のこと羨ましく感じた。



 そんな余計なことを考えてしまう程度には混乱をきたしていたヨミは、かつての友人である剣士、レオナとの唐突な再会がもたらした驚愕からなかなか立ち直ることが出来なかった。



 


             ☆



 


「すいません、私ちょっとこの人に用があるので、借りていきます!」



「ちょ、待ちなさい!?」



 ヨミの悲鳴じみた戸惑いの声にも構わず、レオナは彼女を抱えるように走り出す。その逃げ足は大したもので、行き交う人々を器用に避けていき、カケルをはじめとしたヨミの仲間たちが気づいたころには、既にその姿を見失っていた。



「だ、大丈夫でしょうか…」「まさか人攫いとかじゃないよな」



 心配そうなリンと軽口をたたきながらも僅かに身を固くしているエドワード。そんな彼らをなだめる様に押し留めたのは、意外なことにアイリスだった。



「いや、待ってくれ。彼女はそういった手合いではない」



 すると、カケルの方も何か思い当たる節があったらしく、顔を上げた。



「そうか、レオナさん」 



「カケル?」



「リン、覚えてない? 高等学校に通っていたころに、確か剣術の授業で大人げなく無双してた」



「あっ!!」



 その言葉でようやく得心が行ったのか、リンもその愛らしい瞳を見開いて声を上げる。



「そうか、二人もあの時に面識があったんだな」



 そう言ってから僅かに考え込むような仕草を見せ、仲間たちの顔を見回した。



「彼女はレオナ・ティンクトムという私の後輩だ。どうしてあんな真似をしたのかは分からないが…ここは私に任せてはもらえないだろうか?」



 腕を組んでそう結論付ける彼女にカケルも同意を示す。



「それじゃあ、とりあえずヨミのことは任せるよ。何かわかったら通信具で連絡して」



「了解だ」



 頷いたアイリスはその場で体の向きを変えると、ゆっくりとヨミたちが消えていった方へと向かった。


 それを見送ったカケル達もしばらくそちらの方を見ていたが、やがて未だ豊かな歌声を響かせている歌手の方へと向き直った。




             ☆



 


「レオナ、さん。一体どういうつもり?」



「え、この期に及んでまだそれ続けるんですか?」



 三番街のとある喫茶店。当初は雑貨屋まで連れ去ろうとしていたレオナだったが、ヨミがあまりにも切実に「それだけは勘弁してほしい」と懇願してきたため、手近な店に落ち着くことにしたのだった。



 向かいに座る小柄な女性、ーーーレオナが最後に会った時は互いに少女と呼んでも差し支えのが無い年齢だった。は、酷く消沈した様子でレオナの方を窺っていた。ここまですれば流石に自白するのでは、と考えていたのだが、どうやらこれでも観念しないらしい。



「しゃーないなぁ。なんかちゃんと蹴りつけないと歩み寄ってくれないみたいだし、通過儀礼として言うけどさ」



 溜息を吐きながらそう切り出すと、ヨミは目に見えて身を固くした。



「勇者パーティの一員にして一流のシノビ、ヨミさん。ーーーあなたがアカツキさんだね?」



 覚悟していただろうに、改めて言われると分かりやすいくらい小さな体に緊張が走っていた。それから、長い永遠かと思えるほどの沈黙を挟んで、ようやくその答えが口にされた。



「……………なんで?」



「ーー勘」



「ええ…」



 重苦しく切り返された問への答えは、余りにも思慮も情緒も無い言葉で両断された。


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後書き

 次回投稿はGWの頑張り次第では今月中旬とかでも行けるかもしれません。


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