最終話 焼け跡と避難所と私達のこれから ③
数日ぶりに訪れた王都。既にほとんどの火は消えていたが、一部にはまだ熱を持ち燻る建材も残っている。それら上がった白煙が宙を漂い、周辺はまるで朝靄に包まれたような景色が広がっていた。
「これは…」
「ひでぇ有様だろ」
私達は、王国が誇る最大都市の余りにも変わり果てた姿に言葉少なに立ち尽くしていた。
ここに至るまでに、勇者の仲間だと言う少女によって穿たれた避難のための道を店の方に向かって歩いていた。逃げていた当時は水流によって
見渡す限りの焼け跡では木造家屋の殆どが燃え尽き、熱線を免れた石造りの建物が辛うじて原型を留めている。その廃墟同然の姿は、往時の王都を知らない人が訪れれば数日前まで多くの人々が往き来する緑の大陸最大国家の首都だったなどとは決して思わないだろう。
そんな中でも、ちらほらと人の姿が認められていた。多くは王国軍の兵士だが、稀に我々同様一般人らしい格好の者も見受けられる。
「あれは生存者を探している隊だ。瓦礫の下に取り残された奴とか、逃げた先から舞い戻ってくる奴も少しはいるみたいでな。………まあ、遺体の回収のが本業になっちまってるとこはあるが」
「そう、ですか…」
彼らを見る私の視線に気がついたのか、ゴルドンが説明をしてくれる。
「基本は王国軍が交代で当たっているが、何ぶん避難所の維持で手一杯なところがあるからな。傭兵団や勇者が集めた有志の連中にも手伝ってもらってんだよ。火事場泥棒の取り締まりとかもあるから、俺らみたいなのの方が慣れてるしな」
「こういう時分は厄介な連中が増えるからな」
続けられたゴルドンの言葉に、ハンスが納得したように大きく頷く。
「王宮も今はほとんども抜けの殻だから、少ない兵力割いて泣く泣く警備置いてるってうちの隊長も言ってた」
「気持ちは分かるぜ。ただでさえ過去に例の無い規模の滞陣の上にいつまで続くかも分からねぇ状況だ。あれだけの人数を飢えさせずに冬を越す算段してる最中に余計な心配事してる暇なんて無いだろうさ」
「それに関しては、よその町に身寄りがある連中なんかを率先して移すなんて話も出てるらしいがーーー」
と、ハンスがその右側を歩いていた私の方を向いて不意に言葉を止める。その様子を訝しんだ私が彼の見ている方に首を巡らすと、
「…おい、お前デニスか?」
長身の体を分厚い革製のエプロンで包み、短い黒髪を短く切り揃えた鍛冶屋らしい男が
立っていた。男はその素朴な顔にめいっぱいの驚きを浮かべて私達を見ていた。
「ウィック…、ウィックじゃないですか!どうしてここに!?」
その人物が少し前まで王都に店を構えていた鍛冶屋の店主、ウィックであると気付くのにそう長くは掛からなかった。
「久し振りですね。勇者様の領地へ店を移して以来じゃないですか?」
「だなぁ!おお、ユリアにレオナ、ゴルドンも!皆無事だったんだなぁ」
ウィックは嬉しそうに私の両肩を力強く掴み、次いで順繰りに皆の顔を見ていく。
「本当に良かった…。ミドルのことがあったからなぁ。嫌な想像ばかりしてたんだ」
心から安心したように俯き加減で顔に手を当てながら深く息を吐くウィック。
しかし私は彼が漏らした言葉に引っ掛かりを覚える。
「待ってください。ミドルに何か…いえ、まさか?」
私の問いにウィックはほんの一瞬目を見開いたが、やがて難しい顔をしながらゆっくりと口を開いた。
「…店にいた時に、降ってきた炎の塊に巻き込まれたそうだ。一瞬で店舗もろとも無くなってしまったらしい」
「そんな…」
嫌な予感が当たり、誰かの小さな悲鳴が聞こえる。
都市の大部分を焼いた火災。噂の範囲を出ないが、亡くなった人の数は数千人にも及ぶかもしれない、と言う話もある。私のよく知る人が命を落としていても、何も不思議ではないのだ。むしろ、今日この日までよく耳に入ってこなかったと言える。…いや、意識してその話題を避けていたことも否定はできない。
ともあれ、ウィックがこうして私達の生存に安堵しているのも、そう考えれば不思議なことでもなんでもないのだ。
「実は二号店として残してたこの店の従業員とも連絡が取れなくなっててな」
そう言いながら、ウィックは足元に落ちている瓦礫の一つを拾う。それは、恐らく店を成していたレンガだったのだろうが、『雄牛』の熱線によってか原形の想像がつかない程に溶けて固まってしまっている。
「安否を確かめるために領主様の招集に参加させてもらったんだ」
「それで戻ってきていたんですね」
何故ウィックがここにいるのかという疑問にも、これでようやく得心がいった。
「安否を貼り出す掲示板なんかも見て回ってはいるが…」
尻すぼみな言葉の最後を溜息で締めくくるウィックの表情には疲れが滲んでいる。だがすぐにそれを打ち消すと、
「お前たちも、しんどくなったら頼ってくれ。ホウショウ領の店舗なら当面の宿としても十分に暮らしていけるはずだ」
その視線を私達に真っすぐ合わせながらそう言った。
「はい…ありがとうございます。いざという時は是非頼らせていただきますから」
私はまだ、先のことをはっきりと決められてはいない。今の私には、彼の真摯な言葉に礼を言う以上の答えを出すことはできなかった。
☆
「店長さんはこれからどうするか決めてるの?」
レオナがそんなことを尋ねてきたのは、ウィックと別れ再び私の道への道を進み始めてしばらく経ってからだった。
「それが全く。そう言うレオナさんはどうするんです?」
「うーん、クラスの子とかはけっこう実家に帰ってたりもするけどね~。あたしの場合、家族の大半軍属だからがこっち来てるし。むしろ帰っても誰も面倒見てくれないんだよね」
「働く気皆無なんですね…」
相変わらずどこまで本気なのか見極めづらい調子で話してはいるが、ここに残るのだという意志は何となく伝わってくる。レオナが避難所での生活を通して何かを感じていたのは、薄々気が付いていた。その選択も、よく考えての事なのだろう。
「私は…」
どうしたいのか。明確な答えを出すのはまだまだ難しいように思えた。
「おいデニス、着いたんじゃないか?」
そんな私の思考を遮るように、前を歩いていたゴルドンの声が耳に届く。それに従って視線を上げた私の目の前に広がっていたのは―――
☆
ところどころに転がる瓦礫。靴が鳴らす固い足音は、恐らく地下室の天井を踏みしめる音だろう。路地裏に隠れていたはずの道には遮るものが何も無くなったために、冬の日差しがさんさんと降り注いでいる。
「更地ですね」
そう、愛すべき我が店は、家屋はもちろんのこと看板の一切すらも残さず消し飛んでいた。
「驚くほど何も残らなかったね」
「まあ、シノビの人に魔術で全部吹き飛ばしてもらっちゃったし」
当時を知る少女達はしみじみとそんな感慨を述べている。恐らくは、地下室に閉じ込められた私達を逃がすために件の少女が放った魔術の事だろう。閉じ込められていた私達はともかく、外で待っていた彼女達は、現場で実際に何が起こっていたのかを目撃していたのだろう。
だが、それを知らない人達もまたこの場にて…
「おいデニス!一体どういうことなんだこれは!!ワシが買い取った店が跡形も無く消し飛んでおるぞ!!」
「ああ!こうなる気はしてたんです!ちゃんと説明しますから襟首をつかんで揺らすのはやめてください!」
そのまま押し倒してきそうな勢いで食って掛かってくるハンスに必死で抵抗しつつ、説明の機会を求める。
「あ!でも私達も地下室で何があったのか聞いて無かったよね」
「それ。結局何しに行ってたの?」
息も絶え絶えにどうにかハンスを押し留めた私に、今度は少女達からの視線が集まってきた。
「はぁ、そう言えばその辺りの話もしていませんでしたね」
そう答えながらも、自然とあの火事以来後生大事に背負ってきていた背嚢に手を触れる。
「改めてきちんとお話しします。私が何を取りに行き、そこで何があったのかを」
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