最終話 焼け跡と避難所と私達のこれから ②


 ゴルドンの案内で軍の指揮所に向かった私を待っていたのは、大量の荷馬車を引き連れて元気に軍の代表者とやり取りをする私の店の先代店主、ハンスだった。


「だーかーら!!な?ちょっとくらい構わんだろ?」


「しかし、まだ一帯に熱も残っていますし、いくら何でも危険ですから…」


「だーいじょうぶじゃって!ほれ、懇意の傭兵も連れていくし。な?」


「い、いやぁ…。……ん?おお!ゴルドン殿、もしかしてそちらがデニスさんですか!?」


相変わらず人の事情などお構い無しといった風に詰め寄っているハンスにたじたじな様子の代表者は、彼の背後から近づいて来た私達の姿を認めて、引き攣らせていた顔を歓喜と安堵で塗り替えながら声を掛けてきた。


「ええ、はい、デニスです。申し訳ありません…うちの先代がご迷惑をお掛けしているようで」


「あー、どうした?何かあったのか?」


「ゴルドン殿…。実はハンス様がーーーがはっ!?」


「デニス!!何だ存外元気そうじゃな!!」


 私の姿を見つけるや否や、代表者を押し退けて私の前へと踏み出してくる。


「よし、行くぞ!!」


そう言うなり、私の腕を強引に掴み指揮所の外へと連れ出した。


「ハンス!?ちょ、何ですか急に!?一体どこへーーー」


「どこへだと?お前の店に決まっているだろう!!」


「なっ!!?行けるんですか!?」


 ハンスが放った予想外の言葉に、私は思わず聞き返してしまう。


「自分の店を見に行くんだぞ?行けるも行けないも無いじゃろう!!ほら、キリキリ歩けっ!!」


「…はいはい、分かりましたって。自分で歩けるのでそんなに強く引っ張らないでください!」


強引ながらも彼らしい気遣いに、僅かな逡巡しつつも可能な限り力強く返事をして、私も前へと踏み出した。



             ⭐︎



「お待ちくださいハンス様!?それはダメだとあれほどーーー」


「まぁ待てって、指揮官さん」


慌てた様子で出ていくデニスらを追いかけようとする代表者の肩を軽く叩いて、ゴルドンが止める。


「ありゃ言ったって止まらんさ」


「しかし…」


「大丈夫だよ。魔獣が巣食うダンジョンに行くわけじゃねぇんだ。俺らが着いていけば問題は起こらないさ」


「はぁ…」


「とりあえずオタクらは、ハンスのおっさんが持ってきてくれた物資の配給準備でも進めておくと良い」


「…了解しました。では、お気をつけて」


 代表者はやがて諦めたように肩を落とすと、ゴルドンに対して敬礼をしてから部下の待つ方へと去っていった。

 それを見送ったゴルドンは、背後を振り返って若干所在無さげに立っているユリアとレオナの方を向く。


「じゃ、俺らも行こうぜ」


「はーい」「おー」



             ⭐︎



 指揮所の外側には相当な数の荷馬車が停まっていた。見たところ軍や商人といったここ数日の支援を担ってきた者だけでなく、農民や職人などといったおよそ災害への支援とは無縁な人々も多く来ているようだった。


「改めて見るとすごい数ですね」


「トリスだけじゃなく、その近隣からも集めたからな。長い間商人やっとるが、連中がここまで損得勘定抜きで動いたのは初めてかもしれん」


 ハンスは目を細めながら活気に満ちた人々を見回している。


「つってもな、デニス。これだけの数を数日でまとめ上げたのは実はワシじゃないんだ」


「え?ではいったい誰が…」


「それは………ほれ、ちょうどあそこに」


 ハンスが指を指した先にいた小柄な人影は私達に気がつくと、話ていた商人との会話を切り上げでこちらに駆け寄ってきた。


「ーーーデニス!!…無事、だったんだな」


「リカルドさん!来てくれていたんですね!」


「まあな。何か、大変なことになってたみたいだったから」


 私の言葉にうつむき加減で小さく答えたのは、トリスに拠点を構えている若い鍛冶屋の少年、リカルドだった。


「なーにが『まあな』だこのガキは。まとまらない商人共を叱りつけてここまで引っ張ってきた奴のセリフとは思えないな!!」


「ちょ、馬鹿、バラすなよ爺さん!やめろっ、撫でるな!!」


腹の底から響く高笑いをしながらリカルドの頭を撫でくりまわすハンスと、それになす術なく頭を振り回されるリカルド。

 今年の夏以来となる思いもしなかった人物達との再会に、私は自分の心が久しぶりに明るくなるのを感じた。


「なんだ?小僧、やけに嬉しそうな顔をして」

 

「いや、見えないところで人は成長するんだなと。しみじみ感じていました」


「デニスまで、そんな変な目で僕を見るな!今回は特別だ!こ、これからも俺の面倒はお前が見るんだぞ!」


 そんな変な視線を向けていたつもりは無かったのだが、リカルドは耳を真っ赤にしながら居心地が悪そうに私の視界から外れようと身をよじる。


「すいません、少しからかい過ぎましたね。大丈夫です。これからもリカルドさんの力はお借りするつもりですから、しっかり補佐させていただきますよ」


「ったく……」


そう言って微笑みかけるが、リカルドがますますそっぽを向いてしまう結果を招いただけだった。


「………おーい、やっと見つけたぜ」


 と、遠くから聞こえてきたゴルドンの声にそちらを向くと、ゴルドン、ユリア、レオナがこちらへ歩いてくるのが目に入った。


「なんだよ、ゴルドンも来てたのか。…それにユリアさんとレオナさんも、久しぶり。無事で良かった」


「久しぶり、リカルド君」「おひさ~。リカルドにしては素直じゃん」


「よう、鍛冶屋の坊主。なんだよお前ら面識あったのか」


 ゴルドンの方もリカルドに気が付いて答えるが、バイト娘二人との面識があることには驚いた様子を見せる。


「私達は毎年トリス行ってたしね。結構前から面識あったんだよ」


「そうそう。いつも店長さんをあたしらに取られないかどうかでそわそわしちゃって―――」


「違うからな!全然そういうんじゃないからな!」


 からかう調子のレオナの言葉を大声で遮るリカルドだったが、またしても耳を真っ赤にしている。久しぶりに聞いた彼女らのいつものやり取りに、私は再びささやかな笑みが漏れた。


「さて、役者もそろいましたし、そろそろ行きましょうか」


 そう言って、少々ややこしくなってしまったこの場の空気に区切りをつける。

 そして私の言葉に、一同は自然と一つの方角へと視線を向けた。


―――いざ、王都中央通りの端で静かに居を構えていた小さな私の雑貨商に。

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