最終話 焼け跡と避難所と私達のこれから ①


 王都ベルトリンデル東南の、城壁外縁部耕作地帯。収穫を終えて休耕地となっていたその場所には今、勇者一行の一人が穿った道を抜けて多くの避難民達が集っていた。燃え盛る街から必死の思い生き延びた人々は皆、衣服や体を煤で汚しまたあちこちに火傷を負っている。


「…おい、あれを見ろよ」


 疲れ果てた様子で座り込んでいた一人の男がふと顔を上げ、何かに気がついたように周囲の人間にもそちらを見るよう促した。


「何が起こってるの?」「あっちは王宮の方向じゃ…」


 人々の視線の先には赤く照らし出された白亜の王宮があった。その王宮から今、幾重かの光線が放たれていた。その光は皆が視線を向け始めた最中にもその数を増やし、やがて僅かに瞬いた。


「…一体何が…?」


誰かがそう口するのとほぼ同時に、半球を形成していた光が唐突に闇に飲まれる。

 そして次の瞬間ーーー


凄まじい規模の炎の柱が顕現した。


 王宮直上と思しき位置より一直線に伸びていく火柱は、立ち込めていた雲を吹き飛ばし、尚も上昇を続ける。

 予想だにしない規模、そして明らかに常軌を逸した破壊の奔流に、見ていた誰もが言葉を失った。

 そんな中でもいち早く我に返った兵士の1人が背後の避難民達に向けて叫ぶ。 


「皆、その場に伏せろ!!!!」


その激しい剣幕に驚いた人々が反射的に蹲った直後、


「うおっ!?」「きゃっ、何!?」「爆風だ!!」


 噴き出した業火に伴った爆風が都市を、城壁を超えてさらにその向こういた避難民の元へと到達したのだ。

 立つこともままならず、その場にしゃがんでいることしかできない程の威力は、人々に改めて目の前で起こった出来事の凄まじさを実感させた。

 しかし、そんな破壊の衝撃にも終わりは来る。生命の危機すら感じる暴風に身を固くしていた人々が、1人、また1人といつの間にかその風が過ぎ去っていたことに気が付き、体を起こしていく。

 そして、そんな彼らを迎えた思いも寄らない光景に、皆、息を呑んだ。


「店長さん…、空が…」


「…ええ。きっとあの炎が吹き飛ばしたのでしょう」


そこに王都周辺を陰らせていた厚い雲は無く、ひたすら満天の星空が広がっていた。


「もう、陽も上り始めていますね」


 広がる地平線の彼方からは、夜を彩る星々を塗り替えるように新たな1日の始まるを告げる光が差し込みはじめていた。



            ⭐︎



『雄牛』による大火災の夜から数日。避難民らが集まっていた場所は今回の災害の際に設立された王国の臨時指導部によってそのまま大規模避難所と定められ、本格的に動き始めていた。

 焼け出され、あちらこちらに散らばっていた避難民達は続々とこの避難所に集まってきており、今は王都で火災との一報を受け第3要塞からこちらへ急行した王国軍の本隊のお陰で、辛うじてその秩序を保っている状態だった。


 そのような状況故に常に働き手が不足しており、比較的軽症で済んでいた私たち雑貨屋一同も当然のことながら大いに駆り出されていた。


「いやぁしかし、本当に王国軍の皆さんが来てくれて助かりましたね」


 荷馬車から一抱えほどもある木箱を運び出しながら、私は横で同様に荷物を持ち上げているユリアに向かって話しかけた。


「ですねぇ。最初からいた兵士の皆さんだけじゃ明らかに対応しきれていませんでしたもん」


そう言いながら、ユリアは周囲をゆっくりと見渡した。

 普段であれば彼方まで見通すことができる緩やかな平原は多くの避難民で溢れかえり、冬の寒さから身を守るようにして焚き火の近くで身を寄せ合っている。彼らの隙間を縫うようにして転々と立てられている簡易的な天幕は、行き場を失った人々にささやかな安らぎの場を与えていた。

 天幕や私達が今運んでいる衣類や食料も、件の王国軍が周辺地域からかき集めてきてくれた物だ。


「おー来た来た。ほらガキどもー、ここら辺の物持ってとっとと親御さんのとこ帰れー」


 そうこうしている内にレオナが待つ配給所に到着する。白い天幕の下に積み重ねた木箱で受付を設けただけの場所ではあるが、今の私達からすれば立派な拠点である。


 私達が追加の物資を取りに行っている間に仲良くなったのか、レオナは受け取った木箱を手早く開いてじゃれつく子供達の相手をしながら次々と配っていく。あっという間に追加分も空にしてしまうその手際に、私とユリアは揃って感心の声を上げた。


「レオナさん、お疲れ様です。追加の物資もすぐには届かないらしいので、この辺りで我々も一旦休憩にしましょう」


「はーい!」「りょーかい」


集まっていた子供達が全てはけたのを確認してから彼女らにそう呼びかけ、私達も空いている地面へと腰を下ろした。



             ⭐︎



「そう言えば2人とも、戦争が終わったのって聞いてる?」


 木箱を椅子代わりにして腰掛けていたレオナが、なんとも無しに途切れた会話の切り口として選んだ話題は、我々にとっては全くの初耳であった。


「いえ…知りませんでした。それは第3要塞の戦いか何かで決まった話ですか?」


「ううん、あっちのとは余り関係無いみたい。さっき顔出してきた軍の指揮所で聞いた話だとねーーー」


 曰く、イムカ国内で政権を取っていた主戦派が政治的に対立していた非戦派のクーデターにより失脚。そのクーデターで大きく貢献した勇者、ホウショウ・カケルが協力の交換条件として提示した『両国間における武力衝突の停止』と言う条件を、非戦派の代表が飲んだことが直接の原因だったらしい。

 両国が本格的な停戦協議へと乗り出す前に『雄牛』の襲来によって王都が焼け落ちはしたものの、それが返って王国の積極的な停戦への姿勢へと繋がった。結果、王国第二の都市にして現在の臨時首都ハーゲンスにおいてつい先日、両国間における停戦合意が成ったのだと言う。


「ーーーま、停戦に関しては、あたし達が戦った迎撃作戦の時点で決まってた感じはあったけどね」


 事もなげに政治の裏事情を仄めかして話を締めくくるレオナだったが、私はそれよりも先の内容で色々なことに納得がいっていた。


「王国軍が随分と早く支援に動けたのは、停戦がある程度固まっていたからだったんですね」


「そう言うことみたいね」


「あ!そう言えば洋服とかご飯とか届けてくれた人の中にイムカっぽい人も結構混ざってましたよね」


 黙って話を聞いていたユリアも、思い出したように声を上げる。


「それも今回の停戦がきっかけだろうね。『雄牛』討伐の時点で武器とか人員を寄越してくれてたらしいし、これからもどんどん増えていくんじゃない?」


「ほぇー。なんかちょっと前まで戦争してたとは思えないね」


「ほんと、よく分かんないわ」


そんな調子で話を締めくくる2人の従業員。彼女らの言う通り、これからもそう言った支援が増えていってくれればと、私も内心で独言た。


「そだ、2人はお風呂いつ行く?」


「急に話題変えたし。…お風呂ねぇ。噂には聞いてたけど、あれ本当なの?」


 イムカとの停戦の話はケリがついてしまったらしいユリアの急な話題転換に目を白黒させつつ、レオナは眼鏡の奥の瞳を胡乱うろん気に光らせながら応じた。


「ほんとほんと。昨日私見てきたんだ、勇者様が作ったって言う簡易銭湯!名前通り天幕とか木の板で作られてて結構心許なさそうだったけど、入ってきた人に聞いたら全然問題無かったって!」


「へぇー。また彼は妙な物を作りますね。私達としてはありがたい限りなんですが…」


ユリアの話に、私は思わず関心の声を漏らしてしまった。

 異世界から持ち込んんだという事もあるのだろうが、やはり彼の作り出す物には商人としてそそられるものがあった。

 また、別の意味でも簡易銭湯の話は大変興味を惹かれるところである。それはーーー


「焼け出されてからこの方、一度も体洗えてないからねぇ、あたし達…」


「はい…」「ねー…」


ため息混じりのレオナの言葉に、私とユリアも力無く同意する。

 避難してからと言うものの、寝泊まりするのは遮る物がない平原ばかりでしかもどこを見渡しても人、人、人である。私とユリアは焼け出された時に身につけていた味気の無い普段着のままだし、レオナも戦場帰りの身軽な革鎧姿のままだ。臭いや汚れが流石にもう慣れてしまったとは言え、ずっとこのままと言うのも衛生面から見て良くはない。何より、サッパリできるのであれば是非ともそれに便乗させてもらいたいと思うのが人情だろう。


「幸い着替えも手に入りましたし、休憩の間に行ってーーー」


「おーいデニス!!」


立ち上がりながら続けようとした言葉は、聞き慣れた野太い声によって遮られた。


「トリスのハンス親父さんがお前のこと探しに来てるぞ!!」


「ーーーえ?」

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