第14話 決戦 ③


 ぬかるんだ道を、大勢の人々が歩いている。明かりは無いものの、道の両側で衰えることなく燃え続ける火は遠く、道の先を赤々と照らし出していた。


 ふと、背後で鳴り響いた音に振り返る。


「店長、あれ…」


「まだ、戦いは続いているようですね」


 私達の視線の先では、今まさに天に向かって放たれたであろう熱線がか細く消えていくところだった。城壁によって隔てられてはいるものの、闇に瞬く様々な魔術の閃光から、いまだ激しい戦闘が行われていることは見て取れた。


「行きましょう。今はとにかく逃げるべきです」


「うん…」


 先を促す私の言葉に、ユリアは素直に頷いて再び歩き出した。


「本当に、これからどうなるのやら…」


 私ももう一度王宮へと視線を送ったものの、何ができるわけでもなくただ短く息を吐くと踵を返して皆の後を追った。



          ⭐︎



「自爆…だと?」


「はい。どうやら『雄牛』の体が稼働限界を迎えた時に起動するよう設定されていたようです」


「くそっ!どこまでも周到な…!!」


 広間に響き渡るのは、国王に代わって作戦の指揮を執っていた有力貴族、ケイナス・ボルトルクが強く机を打った音だった。

 イムカの使者がもたらした情報に、作戦が軌道に乗ったことでようやく落ち着きを見せていた広間の面々は再び恐慌状態に陥ろうとしていた。


「対策は…何か対策は無いのか?」


「…申し訳ありません。我々が押収した情報からこれ以上のことは…」


 周囲に広がり始めた動揺を感じたケイナスは、事態を少しでも改善に向かわせようと尋ねるが、使者からの返答は芳しくない。そこへーーー


「その件について、カケル君からの伝言を預かってきました」


その言葉と共に広間に飛来してきたのは、件の情報を勇者に届けに行っていたイムカの議員、ナキアだった。


「彼はスキルを用いて爆発のエネルギーを吸収し、被害の出ないであろう上空へ放出するつもりのようです」


飛行兵装を用いて静かに降り立った彼女の端的な説明に、広間は静かにどよめいた。


「爆発を吸収し上空へ…。確かにその方法であれば、この首都が滅びることは無いだろう。戦闘中でありながらも王国と貴国を繋ぐ収納空間ストレージを維持するほどの彼だ。事実、そのお陰で自爆装置についても知ることが出来た。しかしだからと言って…」


 俯き加減でナキアの言葉を反芻して吟味していたケイナスだったが、口を濁しながらその視線を上げる。

 がーーー


「貴方の懸念は分かります。それだけの実力を持ってしても、王宮全体をカバーするほどの収納空間を展開できるかは分かりません。ましてや、つい最近まで敵国であった我々からの情報。簡単に決断を下すことは難しいでしょう」


未だ決心の着かないケイナスに真っ直ぐと視線を投げながら、ナキアは言葉を紡いでいく。


「ですが、悩んでいる時間はありません。皆さんがどう思われようとも構いませんが、我々は何としてでも皆さんを助け、王国を存続させます。それが我が国の再建に尽力してくれた彼から託された望みだからです」


 そう言い切った彼女の背後に、続々とカケル配下の飛行部隊が降下してくる。


「託された…?待ってくれ、その言い方ではまるで…」


「はい。彼らは既にーーー」




「ーーー最後の作戦に向けて動き始めています」



            ⭐︎



 つい先程まで王宮中に響いていた激しい攻撃の音は止み、今は『雄牛』のー立てる機械の音が時折聞こえるくらいだった。

 くすんだ錆色をしていた『雄牛』の体は自身の熱によって赤く染まり、接合部や駆動系などのあちこちから蒸気は噴き出し、火花を散らしている。そして時折起こる小規模な爆発は、『雄牛』がその活動限界を迎えつつあることを如実に示していた。


 そんな相手と真正面に捉えるように、カケル達勇者一行がテラスから相対している。


「ナキアさん、うまく説得できてれば良いけど」


「イゾルデさんやアリシアも同行しているんだ。きっと大丈夫だろう」


 カケルの言葉にエドワードは気軽い感じで応じてはいるが、その視線は共に油断なく『雄牛』に向けている。


『ーーーーー!!!』


 当の『雄牛』は自身を閉じ込めている結界が煩わしいのか、ゆっくりとした動きながらも何度も体を打ち付けて突破を図ろうとしている。その間にも『雄牛』の白熱は増しており、既に結界で防ぎきれなくなった熱によって周囲の気温は急激な上昇を始めている。


 その時、カケル達の背後に建つ王宮のそのさらに向こうから一筋の閃光魔法が打ち上がった。


「良かった。避難完了の合図だ!」


夜空を覆う雲を明るく照らし出した合図に、カケル達は表情をほころばせる。


「っ!?カケル!!」


 しかし、まるで見計らったかのように『雄牛』の様子にも明らかな変化が現れる。


『ーーーーーーーー!!!!!』


 一段と増した咆哮と共に自身の温度を上昇させ、今までに無く高い熱量を放射し始める。赤く熱せられた機械の体の至る所が赤黒く脈打ち、体内で抑えきれなくなった熱線が装甲を貫いて放射していく姿は、一目で自壊が目前に迫っていることを知らしめた。


「もう…抑えがーーーきゃっ!?」


「リン!」


 カケルの視線の先で、『雄牛』の首元を破って放たれた熱線が結界を突破してリンに襲いかかる。


「させるか!」


が、これはその射線に割り込んだエドワードの盾によって辛うじて防がれた。


「リン!これ以上は君が持たない!もう下がって、…くっ!?」


 息も絶え絶えに、それでもと『雄牛』の前に立ち続けるリンへの必死の呼び掛けもまた、カケル自身を掠めた熱線によって遮られる。


「だめです!!」


 収納空間ストレージを展開してその熱線を回避したカケルにリンの声が届く。


「カケルがアレの爆発を食い止めるのなら、カケルを守り、万全な状態でその時を迎えてもらうのが私の役目です!今のような力の無駄遣いを看過することは出来ません!!」


「リン…」


 予想だにしていなかった彼女の固い決意に、カケルはただ黙って頷くことしか出来なかった。


「とは言っても、このままだと自爆を止める前に焼かれる可能性の方が高いぞ!どうにかしてこの熱を軽減しないと…」


「ーーーそれは、私に任せて欲しい」


 そう言いながらカケルの隣に突然姿を現したのは、王宮に飛んできた直後に別行動を取っていたはずのヨミだった。


「遅くなってすまない。が、皆んなの援護は任せて欲しい。必ず力になってみせる」


そう言いながら、手元の印を組み替えて纏っていた水流の渦を広げ、仲間達を包み込む。


「ヨミさん。目的は…果たせた?」


 そんな彼女に、カケルは静かに語りかける。


「…うん。本当に感謝してる」


「そっか。良かった」


 素直なヨミの言葉に、カケルは自然と笑顔になる。そして、集った仲間達を見渡しながら前に向き直った。


「皆んな、やるよ!」


「はい!」「おう!」「…!」



          ⭐︎



その気合いに呼応するかのように、『雄牛』もまた一層熱の放出を激しくする。


「カケル…多分もう来る…!」


「オーケー。エドワードさんとヨミは結界の崩壊と同時にスキルを発動。1秒で良い、時間を作って!」


「「任せろ!!」」


『雄牛』から目を離すことなく、阿吽の呼吸で2人が応じる。



          ⭐︎



 白熱した体を震わせながら、『雄牛』が最期の時を迎えようとしていた。


 熱によって膨張し、まるで充血したようなその体が、1度、大きく脈打つ。そしてほんの瞬き程度の僅かな時間、『雄牛』は自身の内より出でる熱を抑えるかのように微かに体を丸めーーー


『ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』


 次の瞬間、大きく天を仰ぎながら絶叫し、膨大な熱と光を放ちながら絶大な破壊そのものへと姿を変えた。



          ⭐︎



「結界が消えます!!」


「「スキル、全力解放!!!」」


 リンの声に2人の声が重なる。

 凄まじい熱の嵐が結界を抜けて勇者達に襲いかかる。しかし、彼らの前に顕現した巨大な白銀の盾がそれを押し留め、周囲を取り巻いていた激流が熱を打ち消していく。

 しかし、それも一瞬の事でしかなかった。渾身の力放たれたスキルは大き過ぎる破壊の波に飲み込まれ、5秒と持たずにその形を消失する。だが、その波が彼らに届くことは無かった。


全収納空間ストレージ座標固定。ーーー最大展開!!!」


 目を開いたカケルの目の前で、何もかもを飲み込む黒い空間が口を開ける。それは消えていく結界をなぞるようにして半球状を描き、全てを破壊し尽くすはずだった熱を、光を、炎を、そして爆発を余すことなく吸収していく。そしてーーー


「ーーー解放!!!」


天高く掲げられた腕が指す方向に、今度は王宮を覆い尽くす規模の収納空間ストレージの出口が出現する。

 




 一瞬の間の後に、轟音と共に『雄牛』であったはずの破壊の嵐が立ち込める雲や黒煙を吹き飛ばしながら、赤い火柱となって天上へと放出された。打ち上げられた巨大な炎は、露になった夜空へ向かってどこまでもその軌跡を伸ばし、眼下の王都を明々と照らし出した。

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