第14話 決戦 ②


「リン!大丈夫!?」「陛下はご無事か!?」


 先程の『雄牛』の熱戦を見たのだろう。広間に詰めていた幾人かの兵士や貴族、そして勇者であるカケルが上空からがテラスに駆けつけると、リンに抱きかかえられている国王の姿が飛び込んできた。


「良かった…皆さん来てくれたんですね」


「リン殿!国王陛下は!?」


「すぐにでも治療が必要な状態です。ごめんなさい、私がもっとしっかりしていれば…。護衛の皆さんが命を賭して守っていなければ、恐らく助からなかったと思います」


 国王の容態を伝えるリンの顔は、自身の無力さを嘆くように歪んでいた。けれど酷く傷ついている彼女を見れば、過酷な状況でも彼女らが最善を尽くしていたことは一目で分かる。


「そんな事は無い。リン殿、貴女がいなければ陛下は助からなかっただろう」


 落ち込む彼女を励ましながら、筆頭貴族であるブロンドの男、ケイナス・ボルトルクは部下達に国王を搬送するための指示を出していく。


「しかしこうなると作戦の続行は…」


そんな中、兵士の一人の呟きが辺りに沈黙をもたらした。


「それについてですが、私にやらせてはいただけないでしょうか?」


 リンのそんな言葉に、ケイナスは僅かに眉を顰めて口を開きかけるが、強張った表情で自身の杖を固く握り締めている彼女の姿を見ると、思い直したように言葉を飲み込み、


「王家に連なる者で無い以上、操作時に発生する魔術負荷を王宮が肩代わりすることは無い。相当過酷な状況に陥ると思うが、できるのか?」


そう尋ねる。


「はい、心得ています。その上で、やらせて頂きたいのです」


「そうか…。ならば任せよう」


「ありがとうございます!」


この言葉に、ケイナス重々しく頷く。

 次いで、黙って様子を見守っていたカケルが口を開く。


「リン、頼りにしてる」


「うん、必ずカケル達の助けになってみせるから」


カケルの言葉を噛み締めるようにリン自身の胸に手を当て、やがて笑顔でそれに答えた。


「うん。そうなれば、リン殿に護衛をつけねばならないな。攻撃部隊から人員を割く必要は出てくるが…」


「いや、その必要は無い。リンのことは俺がこの盾に誓って守ろう」


 話に割って入ってきたのは、たった今意識を取り戻したらしい大楯持ちの青年、エドワードだった。


「エドワード殿、大丈夫なのか?」


「ああ。すまない、盾役の俺がこの有様で。次は絶対に守り切ってみせるさ」


 彼もまた、至近距離で『雄牛』の攻撃にさらされた者の一人である。当然全身に相当な怪我を負っているのだが、そんな事をものともせずに、気丈に自身の盾を持ち上げて応じる。


「エドワードさんがついてくれるなら安心ですね」


「では、お二人に任せよう。作戦の指揮などは引き続き我々に任せてくれ」


「はい、お願いします」「了解だ」


「それでは、ご武運を」


 そう言って固い握手を交わすと、ケイナスは部下を連れて城内へ戻っていった。

 続いて、カケルも背負っている飛行魔術兵装を起動し上昇を始める。


「改めて、頼りにしてるよ、2人とも!」


「うん!」「ああ!」


「それじゃ、作戦開始だ!」


 そう叫ぶと、カケルは一気に上昇して既に上空を旋回していた飛行部隊に合流した。

    

「俺たちも始めるか?」


「はい。エドワードさん、よろしくお願いします」


 リンの言葉に、エドワードは彼女を守るよう前に進み出ると無言で親指を立てて応じる。

 ずいぶん前にカケルから教えてもらった彼の故郷由来の仕草ではあるが、今ではすっかり板についている。


「術式展開、操作開始!」


 そんな彼に微笑みを向けたリンは、すぐに表情を引き締めて正面に控える『雄牛』に向けて突き出すように自身の杖を掲げ、結界を動かし始める。

 先の攻撃以来その輝きが陰っていた結界はその光を再び増し、黒煙の立ち込める王都上空を淡い紫色の光で満たしていった。



           ☆



「よし、皆攻撃を続けよ!王国の戦意はいまだ健在なり!」


「「「おう!」」」


 それぞれの現場指揮官達による鼓舞とそれに応える兵士達の声が木霊し、王宮中央に陣取った『雄牛』対する攻撃はその勢いを増していく。

 城壁に並ぶ兵士達が、手にした砲撃魔術兵装を用いて撃ち出す火属性の砲撃は、赤や青の閃光となって『雄牛』の脚部へと殺到する。同様に魔術師達は結界の安定化を補助しつつも同様に火属性の上級魔術による攻撃を繰り返していた。

 極め付きは、勇者率いる飛行部隊だろう。王宮の上空を編隊を組んで飛び回り、多彩な攻撃を加えていく。


 そうしてしばらくの間、激しい攻撃が『雄牛』を襲っていた。


「良いじゃないかリン!結界は間違いなく機能しているぞ!」


「はい!内側のみに作用する結界を用いて熱を防ぎ、周囲から攻撃を加えることで『雄牛』の自壊を進行させる。少なくとも作戦は成功しています!このまま行けば………っ!?」


 しかし、その希望的観測はすぐにでも打ち砕かれた。

 『雄牛』は、自身を取り囲む王国軍からの攻撃が不愉快であるかのように、その体勢をゆっくりと変えていく。そしてーーー


『ーーーーー!!!!!!!』


三度目となる熱線の放射が行われた。


「っぐ!?」


結界の内側を舐めるように放たれたそれは、障壁にぶつかって押し留められ灼熱の飛沫を上げながら跳ね返る。


「ぐうぅ!!」


「リン、大丈夫か!?」


 熱線による衝撃は、結界の操作を司る少女にも重い負荷を与えていた。


「大丈夫…です。ここで負ける訳には…!」


額に汗を流しながらも、リンは気丈に杖をかざす。


だが、


『ーーーーーー!!!!!!!!』


一点に集中された熱線はか細い線となりながらも結界を突破し、その射線状にあった城壁を、そこにいた兵士達を薙ぎ払った。


「そん、な…」


灼熱の本流が弾け飛ぶ惨状を目にして、リンは小さな悲鳴を漏らす。しかしすぐにそれを噛み殺すと、さらに魔力を込めて結界の強化を行った。


「これ以上は、絶対に…!」


リンの懸命な努力により、どうにか結界が閉じて再び熱線を閉じ込める。


「…これは、厳しい戦いになりそうだな」


全身を震わせながらも立ち続けるリンに目を向けたエドワードは、そう呟きながらも気を引き締めるように呟き、視線を真正面で戦うカケルへと向ける。


「頼むぜ、俺達の勇者様」


届かないと分かっていながらも、その言葉を口にせずにはいられなかった。



           ⭐︎



「リン…」


 上空から眼下を見下ろしていたカケルは、きっと全霊をかけて戦っているであろう仲間を思い、その名を呼んだ。


「隊長!熱線はおさまったようですが…」


「ーーーああ。でも次を撃たせるわけにはいかない。部隊を小隊規模に分け、『雄牛』の意識を撹乱しよう」


すぐ横を飛んでいた副官の言葉に対し、先の攻撃に対する一手を命じる。とーーー


「何だあれは!?」


 1人の兵士が街の方角を見て声を上げる。その先にでは、巨大な激流が今まさに天高く顕現していくところであった。その場にいた多くの者が「新たな災厄が現れたのか」と動揺する中、カケルは1人冷静に、水流が倒れ城外へと続く道を形成する様を見守っていた。


「皆んな大丈夫!あれはヨミさんだよ。多分避難のための道を造ったんだと思う。誰か、王宮に行って有用な避難ルートが出来たことを伝えてきてくれる?」


「はい、私が!」


「ありがとう。きっとこれでたくさんの人が助かる」


カケルは、指示を受けた兵士が真っ直ぐ王宮へと滑空していく姿を見送りながら、そう口にする。

 すると、兵士と入れ替わるようにして2人の人物が上昇してくる姿が目に入った。


「カケルー!」


「イゾルデさんと…ナキアさん!?どうしてこんなところに…」


「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」


驚くカケルを余所に彼と同じ高さまで上昇してきたナキアは、一枚の紙を渡しながらイゾルデの言葉を引き継ぐ。


「カールはこの事態に対する我々の対応まで見越して、さらに罠を仕掛けていたんです」


「罠、ですか?」


「ええ、それはーーー」


 ナキアが言い終えるよりも先に、眼下を往く『雄牛』が激しい爆発と共にその体のあちこちから黒煙を上げる。


「ーーー一定のダメージを受けることで発動する自爆装置。一度爆発してしまえば、王都に留まらずその周辺一帯を巻き込むほどの爆発が起こると書いてあります」


「…………」


新たに判明した大きすぎる悪意に、カケルは黙って『雄牛』を見つめることしかできなかった。

 そんな彼らを嘲笑うかのように、度重なる攻撃に限界を迎えた『雄牛』の体のあちこちが悲鳴のような自壊の音を鳴らし始めていた。

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