第14話 決戦 ①


 未だ激しく炎上し、黒煙を吐き出し続けるする王都ベルトリンデル。都市の大部分は火の海に沈み、最早白亜の王宮のみがその純白の壁を赤々と照らされながら屹立していた。

 そして、一際高い壁に囲まれた王宮の内部では、今まさに勇者と王国軍による『雄牛』との戦闘が繰り広げられていた。


「皆、攻撃の手を緩めるな!なんとしてもここで奴を討ち果たすぞ!」


「「「おう!」」」


 指揮官らしき老年の騎士の号令に、城壁上に立ち並ぶ兵士達は各々の武器を構えながら応える。彼らが持つのは王宮中から掻き集められ、またイムカから支援物資として提供された一級の魔術兵装である。

 それらは際限なく強力な攻撃を『雄牛』に与え続けているが、それでも形勢が王国側に傾く様子は見られない。


「悔しいですね。この攻撃が奴に効いているのかも確認できません…」


「ああ。しかし手を止めるわけにはいかん。幸い、国王陛下や勇者殿の目論見通りに王宮の結界は奴の足止めの役割を果たせている。その一翼を担うリン殿のためにも我々は我々の役割を果たさなければ」


 口惜しそうに唇を噛む副官に、指揮官は淡々と、しかし固い決意を持って眼下の戦場へと鋭い視線を向けた。



              ☆



 時は数時間前まで遡る。


「それならば手が無いこともない。都合の良いことに、あの化け物も真っ直ぐ王宮こちらを目指してるようであったしな」


 そう呟いたのは、勇者らの話し合いを静かに聞いていた国王だった。


「陛下、それは…?」


 困惑気味に尋ねた側近に国王は目を瞑りながら考え込む様子になるがーーー


「お父様。この状況です。隠し立てしても仕方ありません」


「………うむ、そうだな」


それまでひたすら黙して傍に控えていた愛娘、リリアンの訴えかけるような言葉に気持ちを定めた国王は、厳かに話し始めた。


「この中には目にした者もいるだろうが、王国の心臓部たるこの王宮には古より続く強力な結界が施されている。数百年前の大戦で魔王より我らが始祖様へと城が引き継がれた際に、同様に継承したものだ。その防御力は、先ほど目にした者も多いのではないか?」


 問いかけるような国王の言葉に、広間で話を聞いていた幾人もの兵士や貴族がざわめいた。


「そうだ。結界は『雄牛』の熱線すら容易く弾き、我らを守った。そして、跳ね返った炎は城下の街へと降り注ぎ、多くを焼き尽くした…。たとえ全ての民が滅びようとも城の主だけは守る。この結界は、そういう目的でもって造られた代物なのだ。ーーーそしてこれは、王家に連なる者にのみ明かされていたことでもある」


「なる…ほど…」


 国王の話に、一部の者達が暗い顔つきで押し黙った。


 この国では、ある程度の地位に上り詰めると王宮敷地内への居住許可が与えれる。それ自体もかなり階級制に依った制度ではあるが、国王によって語られた事実によってその捉え方は少し変わる。

 要は、王宮内に住むことが出来た者は有事の際の必要性が高いために守られるが、住めなかった者達は最悪死んでも構わない人間である。暗にそう言われたも同義なのだ。

 この事実は只でさえ疲弊していた臣下達の心に暗雲をもたらすには十分な重みを伴っていた。


 だが同時に、そんな空白許さない者もいた。


「で、その結界は一体何の役に立つんだ?」


 沈黙を破って国王に正面からそう問いかけたのは、腕を組んで事態の成り行きを見守っていたイゾルデだった。


「イゾルデ殿…」


 無礼を咎めるような声にも、彼女はまっすぐ視線を返しながら言葉を重ねる。


「あんたらの気持ちは分からんでもない。が、結局今この瞬間に生き残っちまったのはあんた達だろ?だったら今は感情を殺して事態の解決に全力を尽くすべきだ。何にもない焼け野原よりも、自分達の居場所が残る方が都合が良いだろ?」


「…確かに、貴女の仰る通りだ」「そうですね。陛下、どうかお話を続けてください」


 彼女の言葉は冷徹とも言えるほどに現実的なものであった。しかしだからこそ、追い詰められた者達の背を押すことには成功したらしく、多くの家臣らが再び顔を上げた。


「皆の心意気に心より感謝する。この戦いが終わった暁には必ず相応の報いで応えると約束しよう」


 国王もこれに真摯に受け止め、話を続きを始めた。


「『雄牛』の攻撃をも防ぐこの結界。実はその出力を操ることができるのだ」


「結界を操作、ですか?」


「そうだ。この物理的にも魔術的にも閉じられた結界を用いれば、ーーーあの怪物が自身の熱によって滅びるまで、この王宮に閉じ込めることができるかもしれない」



             ☆


         

 そこからの王国首脳部の動きは素早かった。


「作戦を伝える!第一段階として『雄牛』の誘引があるが…」


 広間に居並ぶ兵士達に向けて、現最高司令官である老年の騎士が作戦を申し伝えていく。


「王宮城壁内へ誘い込んだ後に結界によって捕縛。なお、この結界については国王陛下が直々に行われる。ーーーそこからは、一般の兵士は先に配備した遠距離攻撃を主とする魔術兵装で、魔術師は魔術攻撃でもって奴の脚部に攻撃を集中。『雄牛』の移動能力の無力化を目指す。これが作戦の第二段階であり、諸君らの力を最も頼りにする部分である」


この言葉に、話を聞いている兵士全員が静かに頷いた。


「最終段階は、皆も知るように持久戦となる。奴が自壊するまで粘るのみだ。以上で作戦の説明は終わりだ。何か質問は?」


そう言って司令官はゆるりと首を回しながら眼前の兵士達を見回す。

 そして質問が出ないことに満足げに頷くと、


「では諸君、健闘を祈る」


「はっ!!!」


訓辞の締めに対する兵士達の返事が広間に木霊した。



            ☆



 そうして作戦は始まった。

 幸いと言うべきか、『雄牛』の王宮への誘い込みは必要が無かった。こちらから接触するまでもなく、まっすぐと城門を抜けて向かってきたからだ。


「カール。これが貴様がもたらした王国への怒りか」


 国王は今、王城の正面にある会見のためのテラスに立っていた。その背後には、護衛としてついてきた勇者の仲間である魔女のリンと大盾持ちの青年をはじめとした数人の兵士が立っている。

 そこは正に『雄牛』の真正面に位置しており、白熱し、高熱の蒸気を噴き出す鋼鉄の頭部を間近で見ることが出来るほどだった。テラスに立つ者は皆、恐れによるものはもちろんのこと、結界の許容量を超えてくる熱波に汗を流している。仮に結界がなければ、近づくこともままならずに蒸発していただろう。


「お前には悪いが、我々は出来る限りの抵抗をさせてもらう。―――では、結界の操作を始める」


 真っ赤な色に染まった『雄牛』の瞳にしばらくの間視線を合わせていた国王は、片手のみを動かして自身の前に立つテラスの手すりを掴む。そしてその手すりに刻印されていた王家の紋章を指でなぞると――


「「おお…」」


 護衛の兵士が、国王の目の前に展開された複雑かつ巨大な魔方陣に思わず声を上げた。

 紫色に輝くそれは、少しずつ形を変化させながらその光量を増していく。それに呼応するように、『雄牛』を覆う結界もより明瞭にその実態を確立していく。僅かな時を経て、先程まで滲み出ていた熱も完全に遮断するまでの結界へと成長した。


「よし、問題無いようだな」


「はい。総司令に作戦を次の段階に進めるよう申し伝えます」


「そうしてくれ。私は引き続き結界の維持を―――」


 そう言って国王が正面に向き直った時だった。突如『雄牛』がその頭を国王達のいるテラスに向けたかと思うと、その口を大きく開いた。


「陛下っ!!」


それに気づいた兵士の1人が国王を庇おうと飛び出したが、その場から連れ出すよりも先に



―――『雄牛』の口からあの熱線が放たれた。



              ☆



 あたり一面に立ち込める靄のような熱気の中、リンは1人目を覚ました。


「…何が…起こって…。国王様は…?」


全てを呑み込むような激しい熱と光に襲われ、皆を庇おうと咄嗟に防御結界を張ったところまでは覚えている。

 杖に縋ってどうにか立ち上がり周囲を見回すと、自身の目の前に見覚えのある初老の男性が倒れ伏しているのが目に入った。


「王様!?王様、大丈夫ですか!?」


「………そなたは…リン、か?」


 抱え起こされ、腕の中で揺られた国王から、酷く擦れた弱々しい声が絞り出される。抱えられる体はあちこちに火傷を受け、辛うじて意識を保っている様子だった。


「…頼む。そなたが……」


「王様、喋らないで下さい…!そのお体ではとても……」


「………リン、殿。そなたに…結界を、守って欲しい」


「は……?」


 信じられない言葉を聞いた気がして、リンは思わず聞き返してしまう。


「そなたが……王国を守るのだ」


もう一度、自身の持つ力の限りを尽くして発せられた国王の言葉に、リンは黙って見つめ返すことしか出来なかった。



 座り込んだ彼らの正面では、今尚赤く不気味な輝きを放つ『雄牛』が、怪しげにこちらを睥睨へいげいしていた。

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