第11話 敵と味方、それぞれの転機 ②


「無理です、無理無理!いきなりクーデター起こせなんて言われても」


 イゾルデからの突然の指名を、カケルは大袈裟に手を振りながら否定する。

 そして当然ながら、驚いているのは彼だけではない。席に並ぶ士官達には動揺が広がり、警護の兵士達も互いに耳打ちをしている。ただ1人、司令官のみが呆れた様子で首を振っていた。


「使者殿。流石に説明が足りないと思うが」


「あー、そうだな。いつもの悪い癖が出たらしい。皆々様は今の話は一度忘れていただきたい。これから順を追って説明しよう」


 イゾルデは場を仕切り直すように一度咳払いをすると、この結論に至る経緯を説明し始めた。


「唐突に始まった貴国との戦争だが、これを始める前の段階ではイムカの中も大いに揉めていた。我々とて所詮様々な思想が入り交じった国家だ。一枚岩とはいかなくてね。

 現在のイムカ国内には侵略戦争によって新たな領土を得、国を豊かにしようという主戦派と、自国内で持つ技術のみで十分な発展が望めるとして、戦争には反対の立場をとる非戦派との2つの派閥に分かれている。

 でまぁ、私とその主人である前議長閣下は非戦派に属しているんだが、…もっと言えばそれが原因で“元“総司令官になっちまったんだが…」


 イゾルデの口調に素が混じる。


「と言うのも、半年ほど前に貴国の大物政治家が亡命してきてね。そいつがオタクの国の弱味をこれでもかってほどにぶちまけたんだ。それでも主戦派が勢い付く程度で済んでいたんだが、誤算だったのは、奴の政治家としての能力さ。あの野郎驚くほどこちらの情勢に精通していて、瞬く間に議会での主導権を握っちまったんだ」


 ここまで一息に話したイゾンデが一度言葉を切ると、動揺が広がる王国士官達を見回す。


「…先の宰相がイムカ《貴国》に亡命したことはこちらでも確認できていたが、まさかそこまで入り込んでいたとは。だが、これで今回の攻勢にも納得がいった」


 そんな中でも、一人卓上で腕を組みながら思案している様子だった司令官は冷静に呟いた。


「さすがに理解がお早い。では既にクーデターと言う結論へといたる流れもお分かりいただけているのでは?」


「まあ、な。議会制を敷いている貴国であれば、国を動かす政治家はその大半が出席しているだろう。当然、あの宰相閣下もな。つまり開会中の議会に何らかの方法で潜入することが出来れば、クーデターという方法でイムカの中枢を押さえることも可能かもしれない」


「そう言うことだ。カケル、どうしてあんたがご指名になったのか、見えてきただろ?」


 司令官の推測に満足げに頷いたイゾルデは、再びカケルに顔を向けた。

 それを受けたカケルはしばしの間黙って俯いていたが、やがて顔を上げてイゾルデの目をしっかりと見返した。


「俺のスキルが、必要なんですね」


「ああ、そうだ。協力してくれるか?」


「…協力すれば、本当にこの戦争を止めることが出来るんですね?」


「約束しよう。この段になってまで、勇者を囲い込んでイムカの勝利を確実にしようなんて考えちゃいないさ」


 口調こそ普段通りだが、イゾルデの表情はこれまでで最も真っ直ぐなものだった。


「分かりました。一緒にこの戦争を終わらせましょう」


 カケルはその答えにイゾルデの心意気を感じ取り、一世一代の勝負に出る決意を固めた。



             ☆



 イムカ非戦派との会談から数日。第3要塞司令部は、作戦を第一段階に進めようとしていた。すなわち、反転攻勢と被占領区域の奪還である。

 このため、要塞に集結している兵士達は諸将の指揮の下、半日後に迫った出陣に向けて詰めの準備に入っていた。


 そしてそれは、この2人も変わらない。


「昨日の勇者少年の演説すごかったですね。あたし、少年指揮下の第2遊撃部隊が隣で。もう士気が高くて高くて熱苦しいったらなかったです」


「気持ちも分かるし、決戦前に落ち着いてるのも評価するが、もう少し緊張感のある話をしねぇか?」


…事もなく、所属部隊の準備にも行かずに陣地の隅に腰掛けて駄弁っていた。


「緊張感ねぇ。基本は敵さんを押し返しながら前進するだけですよね?そんなに構える程の内容でも無いし」


「まぁお前の実力を考えればその捉え方でも問題ないんだろうが…。あんまり油断すんなよ?」


「もちろん。さっさと終わらせて帰らなきゃならないですから」


 そう言いながら、レオナは額の髪留めにそっと手を触れる。


「そう言えば、店長さんからの手紙って何が書いてあったんですか?」


 そして気持ちを切り替えるように話題を変えた。


「ああ?基本は小言だったな。生きているなら報せくらい寄越せだの昇進用の注文は準備はできてるだの、心配してんだか商魂たくましいんだかよくわからん内容だったぜ。あとは…ほら、初陣のお前を頼む、とかな」


 スキンヘッドの頭に手をやりながらそう言うゴルドンの表情には、旧友を懐かしむ色が見て取れる。


「店長さんらしいね」


その様子に一瞬目をやったレオナもまた、穏やかな笑みをたたえながら独白した。



「いたいた!またこんなところでサボって…。レオナ先輩隊長が呼んでます!そろそろ部隊に戻ってください!」


 その後もしばらくの間取り留めなく話していたところに、レオナと同じ制服姿をした黒髪の少女が現れた。随分と探し回ったのか、顔には疲労が滲んでいる。


「あー、りょうーかい。じゃ、ゴルドンさん、また戦場でね」


「おう、気ぃつけろよ」


「はーい」


 寄りかかっていた壁から身を起こしたレオナは、いつもの気安い様子で答えつつ隊の仲間を伴って人混みに消えていった。


「さて、俺もそろそろ行くかね」


 レオナが消えていった先をしばらく眺めた後、ゴルドンも一人呟きゆっくりと部下が待つ方へと歩き出した。



              ☆



 レオナとゴルドンの会話から数時間後の要塞外壁側。

 堅牢な防御網によって行き詰まっていたイムカ軍は、本日予定されていた攻撃を終えて撤収準備に移っていた。


「ったく思ったより粘るな、王国の連中」


「仕方ないわよ。ここを突破されたら王都までの道は開けたも同然。そりゃ必死にもなるでしょ」


「だがそれも長くは持たない。今日までの攻撃で外壁へのダメージは大分溜まってる。崩れるまであと一押しだろう」


 巨大な城壁を背後に控え、イムカ軍の兵達の間には比較的穏やかな空気が流れていた。


ーーーその時、空気を切り裂くような音を立てて彼らの近くに何かが着弾し、爆発した。


「何だ?」


「おい上を見ろ!」


「……嘘だろ」


 見上げた空は大量の攻撃魔術によって埋め尽くされていた。

 


 ーーー次の瞬間、凄まじい破壊の嵐がイムカ軍の陣地に降り注いだ。

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