第11話 敵と味方、それぞれの転機 ③


「助けてくれ!!足が下敷きに…」「誰か、被害状況の報告を!」「クソっ!こんなの聞いてないぞ…!」


 突然の飽和攻撃を受け、前線に展開していたイムカ軍陣地は一瞬にして混乱の中に叩き込まれた。だが、事態はこれだけでは収まらない。


「何だ?この地響きは。一体どこから…」


 立ち込める爆煙の中立ち尽くしていた兵士の一人が、どこからともなく伝わってくる振動の出どころを探るように首を回す。そしてその答えは、次の瞬間には煙を抜けて現れた。


『『『うおおおぉぉぉぉぉぉ!』』』


 渓谷中に響き渡るほどの鬨の声とともに、大地を埋め尽くそうかという規模の王国兵達が姿を現したのだ。


「まずい、後退しろ!」「無理だ、間に合うわけがない!?」「奴ら攻撃魔術に紛れて城門を開けていやがったんだ!」


 突然の大規模攻勢動揺したイムカ軍は散り散りになって敗走を始めた。当然王国軍はこれに追いすがり襲いかかる。そうしてしばらくは王国軍の優勢が続いた。だがその勢いも徐々に弱まり、イムカ軍の防衛陣地に達する頃には膠着状態に陥った。

 イムカ軍の方も王国の反撃は想定しており、ここ数日の間にある程度の陣地設営は済ませていたのだ。

 

 こうして、今回の開戦以来双方の最大戦力がぶつかることとなった『ベルグマン渓谷戦域解放戦』が幕を開けた。

 


             ☆



「何としてもここで王国軍を押し止めろ!この攻勢を凌げば奴らに抵抗する力は残らないーーーぐあっ!!」


 前線で檄を飛ばしていた隊長格らしきイムカ兵は、突貫してきたレオナの剣を受け止めきれずに遥か後方へ吹き飛ばされた。


「でも、早く下がらないと死んじゃうかもよ?」


 激戦を繰り返しながら前進してきたはずの少女が疲れを感じさせない様子で悠々と構える姿に、残る兵士にも動揺が広がる。


「さっきから見てたけど、たぶんこの戦線を支えてるのはあんた達でしょ。こっちもダラダラやってる暇はないから、悪いけどここから崩れてもらうよ」


「ちょ、ちょっとここ敵陣ど真ん中ですよ!?死んじゃいますよ先輩!」


 背後付き従っている怯えた様子の少女はともかく、目の前の女剣士は只者ではない。歴戦のイムカ軍人たちは直感的にそう感じ、身構える。


「んー、確かにこっからは分からないし周りに意識向ける余裕も無いと思うから、危なそうだったらあんたがあたしの手綱引いてよね。まあとりあえずーーーまずはあんたから!」


「ちょ、先輩っ!?」


「っ!?」


 静止の声も聞かずに飛び出し前衛の剣士達を音も無くすり抜けたレオナは、まずその後ろに控えていた真っ白な服に身を包んだ女魔術師に背後から斬りかかった。

 辛うじて刃が届くよりも先に自身の杖を割り込ませることに成功した魔術師は致命傷こそは避けたものの地面に叩き伏せられ、そのまま昏倒する。

 その攻撃に即座に反応できたのは、前衛で大楯を振るっていた巨漢のみだった。


「オリヴィア!」


 倒れた仲間の名を口にしながら投擲された盾は、レオナ目掛けてまっすぐ飛んでいく。だが、レオナはそれを僅かに体を捻るだけでかわし、そのままの勢いで丸腰になった男に躍りかかった。


「舐めるなよ女!」


 当の男は腰のナイフを抜いてレオナの剣を捌いていくが、数度目の斬撃に織り混ぜられた鋭い回し蹴りを頭部に食らい、体勢を大きく崩した。


「そんな実力だと舐めるしかないんだけど?」


 トドメとばかりに繰り出された刺突はしかし、上空から飛来した新たな敵兵によって防がれ、盾の男もその隙に回収される。


「ったく、冒険者みたいな戦い方して。思ってたよりめんどくさいわあんたら」


 悪態をつきながら振るわれた剣は去り際のイムカ兵を切り裂いたが、致命傷には至らず上空へと撤退していった。

 残るイムカ軍の面々は、目前で無防備に立つレオナに対して動けないでいた。現状誰も命を落としていないものの、軍の中でも最精鋭を誇った部隊が手も足も出せないまま全滅したのだ。彼らよりも劣る兵士らが手を出したとしても戦いになるかすら怪しい。

 と、


「おいおい、うちのパーティメンバーが女一人にこのザマかよ」


 1人のイムカ兵が固まってしまった仲間をかき分けて前に進み出た。


「て言うか、あんたどっかで見た覚えがあるな。確かガキを助けたど田舎だったか?」


 明るい金髪を短く切り揃えた褐色の青年は、羽織っている茶色のローブを翻し2本の剣を構える。


「どうだったかな。ひょっとしたら行商で行った村に似た奴がいたかもしれないけど、あれがあんただったならずいぶん前から勇者少年に関わってたことにならない?」


「あー、やっぱ今の無しで。そこら辺バレると隊長に殺される」


 好戦的な笑みを浮かべながらのレオナの返答に、青年は失敗した、という様子で首を振った。


「まあ正直なんでも良いんだよね。あんた倒せば決着もつきそうだし、さっさとやらせてもらうよ」


「つれないこと言うなって。俺はケイドって言うんだが、お嬢さんのお名前ーーーっと、危ないな、おい。話し終わる前に斬りつけるのは反則だろ」


「…へぇ、今のに反応できるんだ。意外とやるじゃん」


 予備動作を廃した斬撃をなんなく防がれ、レオナは僅かな驚きを滲ませた声を上げた。そして一度開いた距離を再び詰め、上から下から様々な攻撃を絶え間無く打ち込み始めた。

 しかし、


「悪いけど、全部見えてんだよ」


 ケイドは実に余裕そうにその全てい《・》切り、鍔迫つばぜり合いをするレオナに言い放つ。

 だが、対するレオナはそれに激昂するわけでもなく、むしろ怪訝な表情を浮かべていた。


「あんたが強いのは分かったけど、何かそれだけじゃない感じがする。打つ剣全てが予測されて先回りされてる」


「…それで?」


「上手い奴が、経験から先回りして来ることはよくあるけど、あんたのは度を超えてる。あたしが打ち込むつもりだった軌道に始めから剣が置かれてた。……あんたひょっとして、未来視えてない?」


レオナのこの言葉に、ケイドは笑みを深めた。


「正解だよお嬢さん。俺のスキルは【未来視】だ。つっても歴史に名を残したような預言者共とは違って2、3秒先が限度だ。けど、それだけ見えれば俺みたいな兵卒には十分なアドバンテージになる」


 そう言いながら一度レオナの剣を押し切ると、先ほどまでとは打って変わって攻勢に転じた。初太刀を彼女の進行方向に差し込むことで妨害し、それを避けるレオナの退路をもう一方の剣で塞ぐ。先読みの連続でレオナを翻弄するケイドは、一瞬で戦いの主導権を奪い取った。


「ちっ、ほんと鬱陶しいなぁその剣。このための二刀流だったってわけ」


「ご明察。だが俺の手品を見破った敵はあんたが初めてだ。大抵は気づく前にくたばるからな。そういう意味じゃあんたは相当強いぜ」


「いや、褒められてもキモいだけなんだけど」


「そう言うなって。人生最後の称賛になるかもしれないんだ。素直に受け取っておけよ」


「いや無いから。最後にもならないし、ね!」


「おぁっ!?」


 もう数度目になるケイドの二太刀目が一太刀目を避けたレオナに迫ったのだが、それまでの結果に反しレオナが二太刀目とは全く違う方向に避けた上、ケイドに対して斬撃を放ってきたのだ。


「なんだ?」


思わぬ反撃に違和感を覚えたのか、僅かに鼻白むケイド。だがすぐにその気配を消し去ると、再び一方的な攻撃を浴びせ始める。誰が見てもケイドが優勢なのだが、時折その予測を裏切る動きと攻撃を見せるレオナに、ケイド自身の表情は少しずつ曇っていく。


「お前…ついてきてないか?」


「そりゃね。いつまでもあんたの台本通りって訳にはいかないでしょ」


「……」


“もう気付かれたのか…“と額に汗を滲ませながらも徐々に動きが良くなってくるレオナに、ケイドは内心独り言ちる。

 未来視とは言っているが、実のところ名前が示すほど便利なものではない。見えているのは常に複数の可能性であり、自身が介入した時点でその未来には変化が生じる。ケイドは数多ある可能性の中から相手が選ぶ可能性が最も高いものを見極めて選択し、未来の結果が自身の手の届く範囲で収まるよう立ち回っているに過ぎない。

 その行為自体が非常に高度な実力と経験からくることは言うまでもないのだが、今はそれすら上回る片鱗を見せつつあるレオナが問題だ。


「あんたのこと、見くびってたかもしれないな」


思考を回すために、ケイドはレオナから一度距離を取る。


「そうなの?あたしは最初からあんたのこと舐めてるよ」


「それはちょっと聞きたくなかったな…。まあ良いさ。悪いがここら辺りで決着をつけさせてもらう。このまま野放しにしてたら間違いなく手に負えなくなる」


 自身の言葉を発破に大地を蹴ったケイドは、凄まじい勢いでレオナに斬りかかった。右から左から、より一層濃密な剣戟がレオナを襲う。これにはレオナも反撃の隙を見出だせず、


「やば、まだ速くなんの?ーーーあっ」


 体勢を崩したところを双剣に絡め取られ、自身の剣を手放してしまう。

 弧を描きながら飛んでいく剣を追ってケイドを回り込もうとするレオナだったが、それを見切っていたケイドは迷うこと無くその首筋に刃を突き付ける。


「諦めな。これで終わりーーー」


「そう簡単には、運ばないかも」


ケイドの台詞は、振り返ったレオナによって遮られる。

 彼女の右手には、その銃口がまっすぐケイドへと定められた小型の散弾銃が握られていた。 


「お前それ、イムカ《うち》の最新魔術兵装じゃねぇか。一体どこで手に入れた」


「知り合いの伝で。で、どうする?こっちはあんたの頭に1発、胴に2発ぶちこんで決着つけられるわけだけど」


「分かってんだろ。そっちが撃とうがお前の首くらいは落とせるぞ」


 互いに得物を突きつけ合いながら、文字通りの膠着状態に陥る2人。

 その時ーーー


 2人の後方、正確にはイムカ軍が陣を張っていた方向から赤みを帯びた閃光弾が撃ち上がった。あれはーーー


「ーー総員撤退の合図だ」


そう呟いたケイドの言葉は心底つまらなそうなだった。


「この状況で撤退させてもらえるとーーー」


「レオナ!ちゃんと避けろよ!」


「は?って、嘘でしょ!?」


聞き慣れた野太い声が聞こえ、そ《・》が視界に入った時点でレオナには回避以外の選択肢が存在していなかった。必死の思いで背後に飛び退ると同時に、コンマ数秒前まで自分達がいた場所に巨大な杭が着弾した。


「この兵装って確か…」


「よおーし、ちゃんと避けたな!」「せんぱ〜い…良かった、生きてました…」


 近寄ってきた声の方を振り返ると、やはり見知った巨漢とついでにいつの間にか置いて行っていたらしい後輩がこちらに歩いてくるところだった。


「ゴルドンさん、あれ普通に殺す気だったでしょ」


「お前の実力を信用してたんだよ。ああでもしないと身動き取れなさそうに見えたんでな」


 こちらの状況を鑑みてのことだったらしいが、正直言って本当に紙一重だった。現にレオナ同様辛うじて生き残ったとみられるケイドは、避けたまでは良かったが着地に失敗したらしく地べたにひっくり返っていたところを仲間に起こされている。

―――と言うか、あの赤い髪の女性は明らかに見覚えがある人物だった。


「ちょっとゴルドンさん、あの人は―――」


「皆まで言うな。さっきの信号弾見たろ?それで大体察してくれ」


「…そう、停戦か何か結んだって訳ね」


「はい。これで作戦は終了。イムカ軍はただちに撤退行動に移るそうです」


 不本意そうに息を吐くレオナにゴルドンが苦笑する。


「そうむくれるなって。お陰で余剰人員になる学徒には撤収命令が出るらしい。…帰れるぞ」


「…………そう」


返事は短かったが、その背中には様々な感情が渦巻いていることがゴルドンらには一目瞭然だった。


 それからしばらく戦場を眺めていたレオナだったが、ある程度の整理がついたのか踵を返して要塞の方へと歩き出した。


「良いんですか?イムカの人何か言ってますよ?」


「良いの良いの。どーせ次会ったら食事に行こうとかそんな感じのアホことでしょ」


「おいおいつれないねぇ、最近の若い奴は」


振り返って確認すらしないレオナに、ゴルドンらはあきれた様子でその後を追った。



             ☆



「おーい!次会ったら飯でも一緒に!っておい!!聞いて!せめて名前くらい教えてぇ!?」


 いっそ清々しいくらいこちらに興味を示さないレオナをめげることなく呼び続けるケイドは、後頭部を思い切り叩かれ悲鳴を上げた。


「いつまで馬鹿なことを言っている。いつまでも王国領でグダグダやってる暇はないんだ。とっとと帰るぞ!」


「すんません。はぁ…」


 頭をさすりながら情けない声を上げるたケイドは、名残惜しそうにレオナ達の方に視線をやりながらさっさと歩き出したイゾルデに従った。


 

 夕焼けに染まる大渓谷は、つい先程まで戦場だったとは思わせない静けさに包まれながら徐々に夜の闇に溶けていく。こうして、近年で最も激しい戦いが幕を閉じた。

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