幕間③ 全て、つつがなく


 「くそっ!」


 カール・ファン・ビルトルクは薄暗い執務室で独り、悪態をついた。完全に嵌められた。それだけは間違いないのだ。

 数ヶ月前、久しぶりの休暇を前に床についていた私は、前触れもなくやって来た王都守備隊によって拘束され、王宮へと連行された。



           ☆ 



「……王女殿下への暗殺容疑?」


「そうだ。ふっ、お前というほどの者が面白い顔をする。その様子だと、寝耳に水、といったところだな?」


 応接間で私を待っていた国王の口から聞かされたのは、全く身に覚えのない話だった。


「一体誰がそんなことを…。いや、まさか…」


「さすがに察しが良いな。この情報は暗殺者当人がわざわざ残していったものだ。」


「馬鹿な…! 王女殿下はそれを信じられたのですか⁉︎」


「信じたからこそお前はこうして拘束されているのだろう」


 それに、事実かどうかはともかく、王族に暗殺者を差し向けた疑いのある者を拘束しないわけにもいかないしな、と国王は肩をすくめる。


「情報を残していったと言うことですが、王女殿下の護衛は下手人の姿を確認しているのですか?」


「うむ。ワの装束をまとった小柄な人物だったそうだ。心当たりは?」


「…恐らくヨミです。子飼いのシノビで背が低い者は奴しかいない」


 俯いた宰相の顔は怒りで歪んでいた。

 『子飼いの忍』とは、ベルトルクに臣従を誓ったワがその証として徴用されている特殊技能者のことだ。潜入から暗殺まで幅広くこなす上に代えも効く彼らは、王国上層部から長年重宝されてきた。

 数多くの後ろ暗い任務を全て完遂しその存在を一切悟らせなかった彼らが、出した覚えの無い任務で失敗し、その尻尾を晒した。そんなありえない状況が示す事実は1つしかない。


「飼い犬に手を噛まれたな」


「噛まれたどころではありません!」


 どこか無関心な様子の国王の言葉に、私は声を荒げた。


「…これから私はどうなるのですか?」


「証言の裏を取るため、お前の屋敷が調べられている。この様子だと、証拠もしっかり準備されていそうだが…。そしてお前自身にはこの後すぐ有力貴族による査問が待っている。どれほどの期間になるのかは、調査の進み具合次第といったところか」


「なるほど…」


 それを聞いて、私は少し安堵する。内々で事が進められるのならばどうにでもなるからだ。有力貴族の過半数は、私の派閥に属している。調査によって多少証拠が出たとしても、最終的には私に有利な形で決着させる事ができるはずだ。


「お前のことは、お前自身の力でどうにでもなるだろう。さしあたって考えておく必要があるのは、むしろ今回の事件の目的だ。何故この時期に、お前を狙った?」


「募り募った私怨と言う線もありますが、奴等がそんな事で動くとは思えません。…あるとすれば、勇者でしょうか。どちらにしても、シノビ単体でのクーデターではありえますまい。確実に裏にはワがいるはずです」


 ここのところ起こった事象で、最も影響がありそうなのはそれしかない。ワが何を考えて事に及んだのかまでは、分からないが。


「私を狙ったのは、目的達成のためには私がこの国のトップにいること都合が悪かったとか」


「考えられるのはそのくらいか。今の段階では情報が少なすぎるな」


 考え込む国王。こういう時に役に立つのがあのシノビ達だったのだが。今更ながら、諜報活動を彼らに依存していたことの弊害が出つつある。恐らく、既に連絡の取れる者は残っていないだろう


「まあ良い。多くはないが個人的に動かせる者達に調べさせよう。お前も今後の事も含め、情報を集めておけ」


「はっ」


 それを調べるのであれば、ついでに今回の事態を引き起こした連中への報復について考えておくべきだろう。ヨミらシノビにリリアン王女、そして勇者だ。これだけのことをしでかしたのだ。相応の報いを受けさせなければ気は収まりそうになかった。

ーーーだが、この時の思考があまりにも楽観的であったことを、私はすぐに思い知らされた。



                  ☆


 

 国王陛下との謁見から数日。事態はより一層悪化する様子を見せていた。

 私の屋敷からは大方の予想通り大量の証拠が出てきていた。身に覚えの無い王女暗殺の司令書はもちろん、過去に行った横領や恐喝、暗殺などの記録も余す事なく開示された。当然だろう。どの任務も、今回の件の首謀者達が直接関わったものなのだ。

 だから、ここまでは私の想定内だった。ここまでであれば、まだ取り返しはついたのだ。

 想定外だったのは、暗殺未遂事件の話が瞬く間に世間に広がったことだ。事件の翌朝には、王都中が事件のあらましや首謀者が私であることを知っていた。その速度は明らかに異常であり、その裏でシノビ達が暗躍しているのは明白だった。


『こうも広がってしまうと、王国としてもお前の責を問わない訳にはいかない。…分かっている。お前が今回の件に関わっていない、それが事実なのだろう。だが、民意はお前を否と断じた。国はそれを尊重しなくてはならない』


 この事態を受けて、査問の場で国王が口にした言葉だ。この時を境に、私が便宜を図っていた貴族達も鳴りを潜めるようになり、ついに私の保身戦略は瓦解した。

 それからの展開は早かった。私の責を問う王女派によって査問会は速やかに進行されていき、瞬く間に有罪とされ、処断が決まった。私に課せられた処罰は、爵位の降格と辺境への領地替え。王族の暗殺という、本来であれば死刑になるはずの罪が減刑されたのは、ひとえに国王からの温情があったからだ。

 だが、だとしても到底納得のできるものでは無い‼︎


『今は忍耐の時だ。貴様ほど使える政治家はいない。いずれ必ず呼び戻す。だからしばらくは大人しく待っていろ』


 王都から追放される前夜に、国王から頂いた言葉だ。だが、家財を失い雇い切れなくなった使用人を他所へ預け、戦乱渦巻く辺境へ向かわせられる私にとっては、大した慰めにはならなかった。



                   ☆



 あれから数ヶ月。国王の言葉通り、イムカとの戦闘が起こる事はなかった。以前よりは手狭になった領地だったがどうにか基盤も整い、気持ちも持ち直してきた頃、事件は起こった。

 何者かによって、私の屋敷が爆破されたのだ。大広間で宴を開いていた時だった。前触れなく衝撃と爆風が室内を襲い、多くの者が命を落とした。私が今生きているのは、右腕であった秘書と愛する妻の咄嗟の献身があったればこそだ。

 私は「何者か」と表現したが、実のところ犯人は明らかだ。私を嵌めたシノビ以外に誰がいる。

 あれから、陛下には何度も書簡を送っている。現状を、そして命の危機を伝える内容のものを、何度も、何度も…。だが、返事は淡白なものだった。あれで国王は頭が切れる。私がいなくとも国は回る事が分かった以上、もはや関心は無くなったのだろう。

 

「ーーー誰だ?」


 不意に扉を叩く音が鳴り、私は思考を中断し、意識をそちらに向けた。


「父上、ユーゴーです。使者の方達が参られました」


「ああ…。通せ」


 どうやら接触を取っていた連中が来たらしい。抜けない緊張感に嫌気が差しながらも、気持ちを切り替えた。これから先は、それなりの鉄火場になるはずだ。

 静かに扉が開き、2人の男が入ってくる。


「折り返しのご連絡が遅れたこと、大変申し訳なく思っております。今回のご提案は我等としても重大な事柄だった故、審議に時間が掛かってしまいまして」

 

 いかにも行商らしい身なりの男の口から、若干訛りのある王国語が紡がれる。


「構わん。直接やって来たと言うことは、返答の内容に期待はして良いのだろうな?」


「ええ、ええ。ーーー我らイムカ連邦は、貴公の亡命を受け入れます。どうぞ存分に、その力を王国打倒のためにお役立てください」


 そう言うと、笑顔を張り付けた使者は恭しく頭を下げた。


「感謝する」


 これで良い。私を陥れ、大切なものの悉く奪っていったシノビとワ、そしてその原因となった勇者、何よりも長く国を支えてきたこの私を見捨てた王国。私の持てる全てをもって、奴等に復讐を果たそう。

 黒い決意を固めながら、遠く、王都のある方角に思いを馳せた。

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