第7話 老婦と卸売と悪徳商法 ①
「ほら、これで最後だね」
「はい、確かに」
王都表通りギルド横、通りを曲がった細い路地裏では、雑貨商が今日も変わらず営業していた。
今は、普段から世話になっている卸問屋が来ており、注文していた商品の納品作業を行っていた。
「お疲れ様でしたメイさん。だいぶ在庫も心許なくなっていたので助かりましたよ。せっかくですから、少し休んでいって下さい」
「それじゃ、お言葉に甘えとこう。やれやれ…この歳になると一つの店の納品だけでくたびれちまうね」
口ではそう言いつつも、しっかりとした足取りでカウンターまで歩いてくる。
白髪が混ざる頭髪を後ろで団子にした女性メイは、私が店を継ぐ以前から取引がある卸問屋の店主だ。店の中で一番出入りの多い生活雑貨の多くは、基本的に彼女の店から仕入れている。既に老婦と呼べる年齢ではあるが、いまだ現役で仕事を回している商人だ。
「店の景気は悪く無いみたいだね。相変わらず色々手を出しているみたいだが」
「ははは…。辛うじて雑貨屋の体を保ってる状態です」
「良いんだよ。世の中稼いだ者勝ちさね」
お茶をすすりながら話す彼女の姿は、実に様になって見える。
「そう言えば、息子さんの方はお仕事どうですか?以前会った時は、その…相変わらず愉快な商品を扱っているようでしたが」
「アレはもうダメだね。どうあってもまともな
「それは困りましたね…」
吐き捨てる彼女に、私は苦笑いで応じるしかない。
「そうだ、あんたのとこで何年か修行させるってのはどうだい?その間は卸値も安くさせてもらうよ?」
「申し訳ありませんがお断りさせてください。まだ店は畳みたくないので」
「だろうねぇ」
話題に上がっている彼女の息子は、売れない商品を仕入れることで有名な人物だ。
例えば、小石ほどの大きさに水を固めたアイテム。暖めることで凝縮された水がほどけ、十分な飲料水を確保することができる。かさ張らず持ち運べる飲料水と言うことで初めは大いに注目されたのだが…。確かに暖めると水が手に入るのだが、問題はその量だった。飲料水なんて物ではなく、周囲数メートルの範囲を水浸しにする量が一度に溢れかえるのだ。最後には避難と返品の嵐となり、店は荒れに荒れたそうな。
これ以外の商品もその多くがこれと同じような顛末を辿るので、売上も惨憺たるものになるらしい。
「まあ、最近は『このなんの役に立つのかが分からない感じが良い』とか言って買ってくキテレツな客も出てきたらしくてね」
「それは良かったじゃないですか。これは少しは安心できたのでは?」
「良いわけあるかい!このままだとうちはキテレツ商品の専門店になっちまうよ!」
否定はできない。
「この調子だと、あたしもまだまだ死んではいられないね」
溜息混じりに吐き出された言葉はしかし、わずかに楽しげな色を帯びている。何だかんだ言いつつも、彼女も今の状況を楽しんでいるのだろう。
☆
「変わったと言えば、なんだか最近の王国も雰囲気が変わってきている気がするねぇ」
「そうですね。今までに見たことのない商品が店に並ぶようになってきましたから。大体はホウショウ領発祥のものですが…」
最近だと、『ホウチョウ』や『タンサンスイ』あたりがそれに当たるだろうか。ホウチョウは例のカタナを小さくしたような作りの刃物だ。刃こぼれがしづらく、切れ味が非常に良いこの調理道具またたく間に王国中に広がった。
そしてタンサンスイ。シュワシュワと泡立ち、口に含むと中で弾けるこの不思議な水は、ホウチョウほど受け入れられてはいないものの、居酒屋を中心に密かに流行り出している。
「ただ、良い変化ばかりじゃないのが問題だね」
「ええ。最も顕著なのは魔術アイテムの値崩れですね。市場に大量のアイテムが流れ込んだことが原因なのでしょうが…これもホウショウ領の政策が根っこにあると聞いています」
先ごろ設置された勇者の直轄地、通称ホウショウ領。この地を治めるにあたり、彼はいくつかの政策を行なった。どれも領民の視線に立った良心的なものだったが、そのうちのいくつかが、彼の想定していなかった事態を引き起こしていた。
特に問題になったのは、貧しい集落に対する魔術アイテムの無償配布と、周辺地域の難民の受け入れ政策だ。
☆
「ーーー挨拶の代わりと言ってはなんですが、こちらの魔術アイテムをお納めください」
新たな領主の遣いとしてトリィ村の老村長に挨拶にやってきた少女は、手土産としてあるアイテムを寄越してきた。大の大人が丸々一人収まりそうなそれは、水脈を探しだして穴を穿つ、端的に言ってしまえば自動で井戸を造るアイテムなのだと言う。
「これを使えば不安定な収穫高も安定して、生活も楽になるはずです」
「ありがたいことです。今年は既に水不足の予兆が出ておりましたゆえ」
正直半信半疑だったが、変に噛みついて睨まれるのも良くない。この村の長として、とりあえずは領主の厚意を受け入れた。
翌日、村の者総出でアイテムの稼働式を行うことになった。
村長が魔力を通すと、三角垂の形をしたアイテムは本体を回転させ、地響きを鳴らしながら地面を掘りこみ始めた。少なくとも、動くことは本当らしい。
みるみるうちに地中へと消えていったアイテムは、凄まじい音と振動をたてながら地中へと潜り込んでいった。それも、深度が深まるにつれて徐々に小さくなっていき、しばらくすると何の気配もしなくなった。
「おい、大丈夫なのか?」
「わからん…。動き出しの調子は良さそうだったが」
静寂が続き、村の一同に不安げな空気が流れ始めた。
やはりそんな旨い話しは無かったか、という思いが村長の胸の中で膨れ上がり始めたところで、再び地面が揺れ始めた。それは瞬く間に大きくなり、そしてーーー
ーーー天に届かんばかりの水柱が、地面より噴き出した。
「やったぞ!水だ!」「領主様のおっしゃる事は本当だったのか…!」「これで今年はもう大丈夫だ!」
口々に喜びの声を上げる村人達。その光景に、村長も年甲斐もなく涙した。人々は恵みを与えてくれたアイテムに、そして新しい領主に感謝し、その日は夜通し歓喜の宴が続いた。
ーーーそして、このアイテムを買い取りたいと言う商人がやって来たのは、その数日後の事だった。
上等な衣服ででっぷりと太った体を覆い、優雅な口髭を生やしたその男は、自身を王立ギルド専属の商人と名乗った。
「ギルドが魔術アイテムを管理、売買しているのは知っていますね?彼らは私のような専属の商人を使って、世界中からそれらを集めているのです。そして今回、こちらの村で大変貴重なアイテムが使われていると聞き及び、ギルドから私が派遣されたという訳です」
男は今この村にあるアイテムがいかに貴重な物なのか、それが世に出ることがどれほど世界の役に立つのかを熱心に説いた。
「ーーーと言うわけで、あのアイテムを我々に買い取らせて頂きたいのです」
小さな応接間では、机を挟んで村長と商人が向き合っていた。2人の間には、実にこの村における半年分の稼ぎに相当する金額の現金が置かれていた。
「仰ることは分かりましたが、あれは先日領主様から頂いた物です。それをお渡しすることはできません」
「ふむ、まあそう仰るとは思っておりましたよ」
商人は私の返答を受け、難しい表情で考え込んでいる。
「では思い切って、今の金額の倍出しましょう。それでいかがですか?」
「倍…」
そこまで価値のある物だったのか、と村長は内心驚愕する。
もしそれが本当であれば、丸一年分の稼ぎが入ってくることになる。この事実は村長の心を大きく揺さぶった。
「いやしかし、領主様から頂いた物を無断で売ることは…」
「ああ!それなら大丈夫です」
弱々しく突き返そうとする村長の言葉を、商人は大声で遮った。
「出すのを忘れていたのですが、このような書類がありまして…」
商人は
ただ…
「申し訳ない。実はこんな歳になって村長をやってはいるのですが、私は文字が読めないのです」
「これは失礼しました。まあ簡単に説明いたしますと、『村に仕方の無い事情がある場合、村全体の総意を以て決めることを条件に、魔術アイテムの売却を許可する』と書いてあるんです」
「本当ですか!?」
「本当ですとも。我がギルドが然るべき手続きを踏んで書いて頂いた、正式な許可証です。そしてこちらは…」
商人はもう1枚の紙を取りだし、村長に見えるように差し出す。
「追加で魔術アイテムを得るのに必要な申請書です。『何らかの理由で村に提供した魔術アイテムが無くなった場合、村1つにつきつきアイテム1つの原則に則り、追加でアイテムを提供する』とあります」
「つ、つまり、もし今のアイテムを売ったとしても、また新しい物が貰えるという事ですか?」
「その通り!」
驚きの色が隠せない村長に、商人は満面の笑みで答えた。
「聞いてますよ、村長さん。昨年の大水で今年植えるはずだった種籾や肥料が流されてしまったんでしょ?」
「ええ、まあ…」
大水。それは昨年の夏に起こった大規模な洪水だ。村からそれなりに離れていたにも関わらず、豪雨によってもたらされた濁流に多くの作物が流された。結果、昨年の税は満足に支払えず、今年の作付けについても例年の7割程度に留まっていた。
このまま何もしなければ、凄惨な生活を送ることは明らかだ。領主様の許しが出ているのであれば、わざわざ苦しい道を選ぶこともないのかもしれない。
「まあまあ、村長さんもすぐに決めることは難しいでしょう!明日までお待ちしますから、村の皆さんともよく相談して心を決めてください。私共としても、皆さんの選択を尊重しますよ」
頭を抱え込んでいる村長に、商人は明るく語り掛ける。
村長は彼の言葉に従い、この話を一度持ち帰ることにした。けれど、この時点で、村長自身の心は決まっていた。
☆
「いやぁ、良かった良かった!村長さん、あなたは良い決断をされました!」
「はぁ、そうでしょうか…」
翌日の夕刻。商人は上機嫌な様子で村長の肩をたたいていた。彼らの背後では、厚手の布で梱包された魔術アイテムが馬車に積み込まれている。
結局、村長が持ち帰ってきた話を聞いた村人達は一も二もなく賛成した。強いて言えば新たに領主から貰えるはずのアイテムが、今の物と同一かどうかを心配する者がいた程度で、商人や、彼が話す書状を疑うような者は誰一人としていなかった。
「では、我々はそろそろ発ちます」
「はい、こちらこそお世話になりまして。…それで、残りのお支払いは後日ということでしたよね?」
「ええ、ええ!申し訳ありませんね、手持ちが足りなかったもので!後日必ずお渡し伺いますので!」
「いえ、急かしたようで申し訳ない…。それでは、道中お気をつけて」
小さくなっていく馬車に向けて、村の一同は見えなくなるまで深々と頭を下げ見送り続けた。夕陽に消えていく商人らの姿が変に胸騒ぎを掻き立てることに疑問を感じながら。
☆
「こうやって無知な村人達から安く買い取った魔術アイテムが、入手経路を誤魔化されて市場に出回ってんだよ」
「
場面は雑貨屋に戻る。
今の話は、メイが仕入れのために足を運んだ村々から聞いたものらしい。領主によってバラまかれた希少アイテムは、それを持つ者達の拙さに付け込んだ悪徳業者によってあちこちで安価で買い叩かれ、これまた破格の値段でやり取りされているのだ。
ちなみに先の村では、追加のアイテムは貰えたものの後日払うと言われた残りの金は未だ届けられていないそうだ。
この国では、ダンジョンから取れるアイテムの管理がギルドによって行われている。その全てが基本的に高価であり、適正価格で取引されているわけではない。それでも、ある程度の秩序があることは事実だ。
「しかし、何故今回はギルドが後手に回ってしまったんでしょうか?」
「それはね、ホウショウ領が急造の領地だったからだよ。普通は、領地の設置準備段階でギルドは絡んでいるはずなんだ。その地域で出たアイテムを独占できるようにね」
「なるほど。つまり今回は王女殿下暗殺未遂に端を発した急な設置だったから、ギルドが介入する前に領主側が動いてしまったんですね」
「そうさ。何でも領主になった勇者様は、冒険者仲間や高校の同級生を連れてダンジョンでの修行を行っているらしいんだよ。アイテムはその副産物だったんだろうが、扱う者に学が無いのか、はたまた庶民との感覚がズレているか…。ろくに価値も分かっていない奴らにタダで与えちまうからこうなったんだろうねぇ」
しみじみと語るメイの表情は厳しい。
彼女の言う、生活水準の違いに理解が無かったために起こった事態という話は、私も同意する。人を治める側は、もう少し私達の生活ぶりについて知るべきだと心から思う場面は非常に多い。
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