第6話 散歩と逸話と閑話休題 ③


「それじゃ、私はここで!」


「はい、良いお店を教えてもらってありがとうございました。また近いうちに来月の打ち合わせをしましょう」


 官庁街にたどり着いた私は兵部局へと入っていったアカツキを見送った。

 しかし、役所でも働いていたとは初耳だ。彼女は今、一体いくつの仕事を掛け持っているのだろうか。


「さて、私もとっとと行きましょうかね」


 声に出すことで思考に区切りをつけ、街へと意識を向ける。

 今私のいる西街区は、その名の通り円形の王都の西側を占めている。官庁街や貴族街といったこの国の中枢が集う区画だ。従って、ここの生活水準は東に比べてそれなりに高い。

 街の配置は表通りを中心に西2番、3番街となっており、商店や飲食店の配置も基本的には同じである。

 早速西の橋である3番街から見て行こうかと足を踏み出したところでーーー


「おいデニス!珍しいなこんな時間で」


 聞き馴染みのある大きな声に呼び止められた。


「ゴルドン。今日はよくよく思い知らされたのですが、昼間から私が外出しているのはそんなに物珍しいですか?」


 大柄にスキンヘッドの傭兵が背後に立っていた。それにしても、今日はよくよく知り合いに会う日である。



                  ☆



「市場調査な。休みにも仕事かよお前は…」


「仕事じゃないですから。なんか休んでる気がしなくなるので仕事ていうのやめて下さい」


 街を歩きながらここまでの経緯を話すと、彼らしい遠慮のない言葉をいただいた。


「てかお前、東の様子を見にいくのは分かるが、西こっちで扱っているような上等なモン見ても参考になんねぇだろ。そんな高い商品売れやしないんだから」


「いや、一応うちは東西の交わる表通り沿いですよ?上から下まで色々な方が来るんですから」


「どうだかな」


 ゴルドンは心底信じられない、といった様子で笑っている。いや、本当ですよ?別に見栄を張っているわけではありませんからね?


「しかし、王国の歴史なぁ。あんま考えたことな方かもしれん」


「あなた一応王国主体のギルドに所属していましたよね」


「そりゃ一通りのことは知ってるつもりだが、正直別に役にたたねぇからな」


 言い出したのは自分だが、まあ、確かに役には立たないだろうと思う。


「だが、ダンジョンの話は少し面白いな」


「そうですか?そうか、貴方は潜った経験があるんでしたね」


「ああ、そう多くは無いがな。んん〜、俺がダンジョン行って思ったのは『危ねぇ場所』ってのもあるが、『寂しい場所』って印象のが強いな。廃墟行った時の雰囲気に近い」


「なんだか意外な感想ですね」


 過去にも色々な冒険者からダンジョンの話を聞いたことがあるが、『寂しい』というのは初めて聞いた言葉だ。


「あくまで俺の考えだけどな、ダンジョンってのは住人がいなくなった町だ」


「町ですか…?」


「通路は入り組んでるし危険も多い。だが、ある程度規則だった道とか、それに沿って立ち並ぶ大小の部屋を見てるとな、そんな気がしてくるんだ」


「うーん…、なんだか好奇心がそそられる話ですね」


「柄にもないこと言うもんじゃねぇさ。お前なんて連れてったら角一つ曲がるまでに丸一日かからぁ」


 ゴルドンは私をたしなめながらも、その視線はどこか遠くを見ている。その目には、恐らく潜ったことがある者にしか見えない景色が映っているのだろう。

 私にはそれが少し羨ましい。



                 ☆



 その後もなんだかんだと店を巡り続け、一通り見終わった頃には、日が傾き始めていた。


「良い時間になったな」


「そうですね。久し振りに、あそこに行きますか?」


「お、良いねぇ。行こうぜ行こうぜ」


 珍しく気の合ったやり取りをする2人。再び表通りに戻っていた私達の目的地はすぐ目の前に迫っていた。

 天にのびた煙突からは、白い湯気が勢いよく出ている。王都では珍らしいワの建築様式の建物は、しかし、王都民から長く愛されていた。

 そう、『セントウ』である。



                 ☆



「おう」「おや」

「てんちょーじゃん」「うわー」

「あらら」「こりゃすごい…」


 セントウを前に、よく見知った顔ぶれが一同に会していた。


「奇遇だなぁ、あんたら」


「はは、ちょっと奇遇が過ぎる気もするが…」


「アカツキさーん!地味に一緒になるの初めてですよね!」


「あ、うん。そういえばそうだったかもしれないわね」


 アサヒが口を開いたのを皮切りに、皆が一斉に喋り出す。


「ちょ、ちょっと皆さん。このまま店の前で話すのは良くないですから、とりあえず中に入りませんか?」


「デニスさんの言う通りね。さ、皆入った入った!」


 気の利くアカツキが絡み付くユリアを抱え銭湯に入っていく。レオナは軽くこちらに手を振りながら、彼女らに続いた。


「俺らも入ろうか。今日は陽気が良いから汗だくなんだ」


「おう。俺もずっとこいつに連れ回されてたからけっこうかいたぜ」


「なんだ、ゴルさんもデニスと見て回ってたのか。それなら―――」


次に、ゴルドンとアサヒも仲良く暖簾のれんを潜っていってしまった。後に残されたのは、言い出しっぺの私のみ。


「はぁ…」


 こみ上げた溜め息をしっかり吐ききってから、私も銭湯へと向かって歩き出したのだった。



            ☆



「はぁ~~~、やっぱお風呂は良いわ~」


「めっちゃ年寄り臭いじゃん」

 

 夕方ということもあり、既に浴室は混み合い始めていた。

 先に体を洗ったユリア達は、湯船に浸かって広々とした風呂を堪能していた。


「いつも思うけど、お風呂文化を持ってきた事だけは、本気で初代様のこと讃えられるわ」


「それは言えてる。これ無かったら体は濡れた布で拭くだけだろうし。あたしはちょっと無理。なんならあたしが作るまである」


「あはは。だったら大丈夫じゃん」


 彼女らの言葉通り、銭湯を中心とする衛生観念も、初代国王によってもたらされたものだ。汗をかいたらお湯で流し、湯船に浸かる。この行程に異常な拘りを見せた初代によって、王都ベルトリンデル建設時には明らかに文明レベルを逸脱した上下水道設備が整備された。お陰で王宮や貴族の屋敷には、当然のようにトイレやお風呂が存在しているし、流石に庶民の家ごとにお風呂が置かれなかったものの、大衆向けの銭湯は王都内に複数存在する。現在では地方でも都市部であれば国営の銭湯が建っているので、風呂文化は国家のアイデンティティと言えるくらいに浸透していた。

 初代がこの世界の価値観を特に大きく変えた物事の1つと言えるだろう。


「それにしても…レオの抜群のスタイルは相変わらずだねー」


「ちょ、バカ触んな」


 抱きついてきたユリアを、レオナは鬱陶しそうに引き剥がそうとする。


「あーんもう、良いじゃん減るもんじゃないのに。すごいよほら、手からこぼれるよ」


「ま、確かに、あんたよりは良いもの持ってるけどね」


 レオナは自身の豊かな胸を掻き抱きながら、年相応に細いユリアの体を眺める。


「私は普通ですー。出るとこ出ててもちもちなのに引き締まってるレオがおかしいんですー」


「あたしは剣振ってたら勝手にこうなったの。ま、思春期の猿共がバカみたいに鼻の下伸ばしてんのは面白いけどね」


「うわ、今のセリフ1度は言ってみたいわ〜」


「あはは」


「ふふっ」



                     ☆


『てか、アカツキさんどこ?』


『あれ?脱衣所までは一緒だったと思うんだけど』


 女湯から漏れてくるユリア達の声に、男連中はなんとなく黙りこくっていた。


「アカツキさんいないみたいですけど?」


「あー、あいつ早風呂だから。多分もう外で牛乳とか飲んでるよ」


 流石の沈黙に耐えられなくなったデニスが口を開くと、沈黙に首元まで湯船に浸かったアサヒは、目を瞑りながら答える。


「これは役得っちゃ役得だが…」


「ああ、次は…」


「ええ、次は男だけで来ましょう…」


 せっかく銭湯に来たのに全く気が休まらない男達のぼやきは、湯煙と共に夜空へ溶けていった。

 

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