第6話 散歩と逸話と閑話休題 ②
王都東3番街。真円を描く城壁に囲まれた王都の最も東に位置する区画であり、大衆向けの飲食店が立ち並ぶ王都の台所のような場所だ。
街中をただよう香りは、訪れる人々の食欲を心地よく刺激していた。
「いい雰囲気の店ですね。ワの国の造りでしょうか?」
漆喰の塗られた木造の建物に黒い煉瓦の屋根というのは、暁の出身地であるの大陸東側の海を挟んで隣にある島国、ワで見られる建築だ。
「当たりです。料理もワの魚介料理をアレンジしたもので、港から直送した素材を使っているので、すごく美味しいんですよ」
「なるほど、それは楽しみですね」
窓際の席に通され、私たちはさっそくメニューを開く。アカツキの言葉通り、新鮮な魚介を使ったスシやサシミといった本場のワ風料理の他に、パスタやパエリアなども載っている。アレンジした料理が多いと言うだけのことはあり、確かに見たことのないメニューが並んでいた。
「決まりました?」
「それがなかなか。何かおすすめはありますか?」
こういう時は、一日の長がある人に聞くのが一番だろう。
「おすすめおすすめ…。じゃあ、このワ風シーフードパスタに昼時限定のスープが付いてくる物なんてどうかしら。色々な料理が楽しめて、お値段もそんなに張らないんです」
「なるほど昼時限定。いいですね、それにします」
「じゃあ、私も同じものにします。店員さーん!」
そうして注文も済ませると、私達はようやく人心地がついたのだった。
☆
「そうだ、デニスさん。魚介料理で思い出したんですけど、確か先代の店主の方が南部の港湾都市にいるっておっしゃっていましたよね?」
「ええ、言いましたね。南部で1番大きな港町トリスで、今でも現役で貿易会社を取り仕切っていますよ」
「まだ現役なんですか!?そこそこの年齢と聞いていたので、とっくに引退しているのかと…」
「いやぁ、本当に憎たらしいくらい元気ですよ。今でもうちの経営に口出してくるくらいですからね」
そう言いながら、先代のハンス・スリーウェルの顔を思い浮かべる。
田舎から体1つで王都まで出てきた私を拾い、商売のイロハを叩き込んでくれた人物だ。もちろん、そのことにはとても感謝しているが、やる事なす事が尽く破天荒なあの親父には散々振り回されたのもまた事実だ。それこそ素直に恩人と呼ぶ気が起きなくなるくらいには。
「実は一度、お会いしてみたかったんです。かなり手広く仕事をしていると聞いていたので」
「それでしたら、来月にはなりますが、会いに行く予定がありますよ。一緒に行きますか?」
「是非!あ、でもデニスさんの用事のお邪魔になったりしませんか」
「問題ないです。そもそも私に用事があるわけではないんです。年に一度は店の人間を連れて顔を見せるように言われてまして」
「なんか、親子みたいで素敵な距離感ですね」
うらやましい、と呟くアカツキ。あれ、なんかちゃんと伝わってないな?と、彼女の平和な印象に首を捻りながらも、とりあえず苦笑いで答えて話を続ける。
「なので、商売というよりは私用に近い内容なんです。ある種の休暇と言いますか」
「休暇、ですか?」
「休暇ですね。ハンスの持ち物であるホテルに泊まるんですが、周辺は海水浴場やお土産物屋街が集まる観光地なんです。そんな場所での滞在なので、バイトの2人なんかは毎年この時期になるのを楽しみにしてますよ」
ハンスの方も彼女らを大いに気に入っており、ずいぶん可愛がっている。
「そういう訳なので、アカツキさんが来ることも全く問題ありません」
「それなら良かったです。でも、そう…,海水浴かぁ」
ひと安心した様子の彼女は、今度は思案顔になって手を頬に当てた。
「ひょっとして泳ぐのは苦手ですか?」
「ううん、そう言うのじゃ無いんですけど…。泳ぐこと自体がけっこう久し振りになるので、色々と準備しなくちゃな~って」
「気持ちはよく分かります」
内陸気味に位置する王都だ。しようと思わなければなかなか泳ぐ機械はないだろう。
「ご注文の料理、お待たせしましたー」
そうこうしている内に、料理が運ばれてきた。
「詳細は後日詰めることにして、とりあえずいただきましょう」
「そうね。きっと美味しいですから、期待しててくださいね」
「ええ、そうします」
微笑むアカツキにそう答え、私達は皿に向き直った。
「「いただきます」」
☆
運ばれてきた料理からは、芳しい魚介の香りがしている。王都から出る機会が少ない私からすると、まるで旅先に来ているような気持ちになる香りだ。
「美味しいです…」
「お口に合って良かったです」
大陸南部で見られるエビや貝を主体とした魚介パスタにワで用いられるダシやノリなどが加えられたことで、シンプルながらも味わい深い風味に仕上がっている。
洒落た盛られ方ながら、量もしっかりあることも庶民としては評価できる点だ。この様子であれば、早々に潰れることもないだろう。
「王都でここまで本格的なワの料理が手軽に食べられるなんて思っても見なかったです」
「良いですよね。あ、主菜もですけど、付け合わせのスープもきちんと魚介からダシを取っているので、料理に合うんですよ」
「うん、ぴったりですね。それにこのスープのおかわり自由というのは…新しい試みなんじゃないかな」
昼時限定でお得な料理を提供する店は最近増えてきていたが、おかわりが自由というのは初めて見た気がする。
「ついつい頼んじゃいますね、お得な気がして」
「本当ですね。つい頼んじゃいました」
☆
そんな風に食事を楽しんでいるうちに、あっという間に食べ終わってしまった。
「私は午後から官庁街の方で仕事があるので、このまま行きます。デニスさんはどうするんですか?」
「私も西街区の店を見て回るつもりでしたから、一緒に行きましょうか」
会計を済ませた私達は再び3番街の通りにいた。先程まではあんなに食欲がそそられた香りも、満腹になった今では全く動じないから不思議だ。
「官庁街…ですから、このまま王宮方面に行くのが良いでしょう」
「ええそうね。行きましょう。遅れちゃうわ」
そうして私達は王都の中心にそびえる王宮を目指し歩き始めた。
☆
「今更ですけど、この王宮の城壁って、不必要に高いですね」
城壁沿いに歩いていると、アカツキは思い出したようにそう口にした。
彼女が言う城壁とは、王都全体を取り囲む方ではなく、そのさらに内側、北寄りの中央に建つ王宮の周囲にある城壁のことだ。外周の城壁が、3階建ての家屋程度の高さなのに対し、王宮側はその倍以上あるように見える。
「あまり高すぎても、かえって守りにくいように思うんです」
「そうですね。近くの家…と言っても貴族の方のお屋敷しかありませんが、陽当たりもあまり良くないでしょう。そんな王宮ですが、実はちょっとした逸話があるんですよ」
「逸話ですか?」
「ええ」
それは、ベルトルク王国建国の時代にまでさかのぼる。当時大陸には魔族の国があり、その長たる魔王が住まう城こそが、今のこの地にあったのだと言う。人やその他の種族、そして魔族は互いの文化や思想の違いから争いが絶えず、緑の大陸は戦乱状態にあった。
その時代に変革をもたらしたのが、どこからか現れた勇者、つまりベルトルクの初代国王である。彼は敵対する勢力と時に争い、時に協力して関わりを深めていき、ついには当時最大勢力であった魔族との全面戦争に勝利し和解に成功したのだ。
「ーーーその和解を機に大陸での争乱は収まり、魔王城は明け渡されました。そして、その城は統一王国であるベルトルクの首都として新たに成立した、と言う話です」
「つまり、元々は魔王の城だったってことなんですね。でも、それと城壁の高さにどんな関係が?」
「分かりませんよね。ではちょっと城壁の上の方を見てもらって良いですか?」
「てっぺん、ですか」
私の言葉に従って、アカツキは目を凝らしている。
「楼塔の一番上に、大きな魔力石みたいなものがあるわね…。あれのことですか?」
「それです。よく見えますね。実は私は全く見えないんですが」
「いえいえ。それであれが一体?」
「あれは、城壁内部の魔力を外に出さないように封じる大規模な結界魔術なんだそうです。400年前、城の主だった魔王の魔力はすさまじく、ああして封じなければ、同胞の魔族や周囲の環境にも悪影響を与えてしまったそうです」
つまり、あの壁は外ではなく内側へ向けたものだった、という話だ。
「それじゃまさか、あの城壁は400年前のものなんですか!?」
驚いて振り返ったアカツキに合わせて、彼女の長い黒髪が大きく揺れた。
「あくまで噂が本当であれば、の話ですけどね」
私は肩をすくめて王宮の方を見やる。
今なお白く輝く城壁が400年前から建っているなど、なかなか信じることはできない。けれど、思えば私がこの街に来てから、一度の曇りも見せないあの城をみていると、この話だけは本当の事なのではないか、と言う思いが湧いてくる。
「ただ400年前に初代様と魔族との間で大きな戦争があったのは、間違いないと思いますよ」
「何か記録があるんですか?」
「記録と言えば記録ですね。外周の城壁の古いところには、戦闘の際に破壊された跡があちこちに見ることができます」
「城壁が古かったり新しかったりするのはそんな理由があったんですね」
「らしいです。後の時代に修復された部分ですね。後は…王都周辺にダンジョンが多いのも戦争の名残かもしれない、なんて話もあります」
突然だが、この世界のダンジョンについて少し解説をする。その起源は王国の建国よりも古いと考えられている。巨大な廃墟が大地に横たわり、その内部は大小の通路が複雑に絡み合っている。貴重なアイテムが手に入る場所ではあるが、それを得るためには多数の魔獣を倒していかなければならない。
そんなダンジョンの踏破で活躍するのが、専門集団である『冒険者』達だ。彼らは冒険者ギルドからの依頼を受け、それはアイテムの回収や魔獣の討伐だったりするのだが、達成して報酬を得ることで生計を立てている。
まあ、暇な時は物品の配達や傭兵紛いのこともするので、少々立場があやふやな人種ではある。
「確かに王都周辺にはダンジョンが特に多いです。今まで考えてこなかったけど、場所との関係があるなら可能性はあるかも」
「そういうわけなので、意外なところに歴史が転がってるってことなんです」
「へぇ〜、勉強になりました!もう何年も住んでいるのに、知らないことって結構あるものなんですね」
「意識しないとなかなか見つけられませんから、機会があれば、アカツキさんも調べてみると面白いと思いますよ」
もっとも私の場合、客が来なくて持て余していた時間を潰すために始めた勉強なので、あまり胸を張れるような物ではないのだが。
「街について知れば、その見え方も少し変わってくるかも知れませんよ」
私達はちょうど王宮の正面入り口の前に差し掛かっていた。今日も変わらずにそびえる白亜の城は、長い歴史を讃えながら王都を見守っているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます