幕間② 故郷への道行き


 場面は、海辺の小道を進む馬車に移る。村を後にしたイゾルデ一行は、緑の大陸を横断するようにして大陸の西海岸に到達していた。彼女らが乗る馬車には、御者を除いて他に人はいない。適当な行商人を捕まえて乗せてもらったので当然と言えば当然なのだが。


 「やれやれ。次期書記長様のご命令とはいえ、今回の任務は骨が折れた」


 仲間にしか聞こえない声量でこぼす彼女に、少女らを救った時のような快活さは見られない。


「やはり、他者の行動に依存する作戦は嫌ですね。不確定要素が多過ぎる」


そう応じたのは、向かいに座る盾職の男、オットーだ。


「司令、我々はあの少年にスキルを譲渡する目的で編成されたわけですが、譲渡が成功したかどうかの確認はどのように?」


「こちらも少数ながら諜報員は送り込んでいるからな。時間はかかるだろうが、いずれは何らかの知らせがもたらされるはずだ」


重々しく答えるイゾルデに、先の疑問を投げた魔術師オリヴィアは納得したように頷いた。


「まあ、とにもかくにも課せられた任務は完遂した。あとは少しでも早く本国に戻り、下らん政争を片付けなければな」


イゾルデは、一面に広がる大河海のその先、微かに見える火の大陸に視線をやりながら、溜め息をついた。


「しかしびっくりしたな。聞いていたよりも大分でかい魔獣だった。出ると分かってなかったら、あのガキ共を助けるのは難しかったかもしれない」


「それについては、こちらとしても申し訳なく思っている」


「「「!?」」」


 剣士であるケイトの何気ない呟きに唐突に割り込んできた御者に、イゾルデを除く全員が驚愕を浮かべる。走行中の騒音の中、仲間内でしか聞き取れない声量での会話を聞き取っていた事もそうだが、何よりも、絶対に部外者に漏れてはならない内容だ。

 ただ1人イゾルデのみは、驚くことなく苦笑いを浮かべていた。


「まったくだ。そちらから提示してきた作戦、そちらが渡してきた魔獣の種だったはずだ。互いの弱みを共有する以上は、任務の遂行に支障をきたすようなトラブルは避けてもらいたい」


「重ね重ね謝罪する。私としても、良き同盟相手である貴国とは今後も関係を維持していきたい、と本国は考えている。以後、先のような事態は二度と招かないと誓う」


「どうだか…」


呆れたようにイゾルデは肩をすくめた。


「司令、この人が我々の派閥に接触してきた?…」


「ああ。さる国のシノビだ。今回の作戦では緑の大陸への航りや、装具の調達やらで世話になった、な」


 シノビとは緑の大陸よりも東、極東と称される場所に位置する島国由来の名で、要はスパイのことだ。ということは、必然的にどの国がこちらに接触してきたのかも察することができてしまう。


「くれぐれも他言しないで。信用ならないと判断した場合、この場で面倒な隠蔽を行う必要が出てくる」


 忍は御者台から荷台側に身を乗りだし、物騒なことを言ってくる。諜報、潜入、暗殺と後ろ暗い任務に深く携わる彼らは、相応の実力を持つと言う話だ。目の前の忍は、顔を覆う布から僅かに覗く目元と、小柄で線の細い体つきから想像するに、まだ十代半ばの少女だろう。しかし、纏う雰囲気からして本気なのは明らかだった。


「おいおい、こんなところで事を構えるな。あたし達は誰にも漏らしたりはしない」


面倒臭そうに割って入ったイゾルデに、彼女の方もあっさりと矛を納め、馬車の操作に戻った。


「少年を手引きして、王国で生きていけるだけの力を与える。互いに目的は達成できたんだ。しこりは残さず別れた方が良いだろう?」


「分かってる。この先の岬まであなた達を送り届けて、それでおしまい」


 無愛想に応じたシノビはそれ切り黙り混むと、釣られるようにしてイゾルデ一行の間でも沈黙が広がる。

 結局そのまま誰も口を開くことも無いまま、目的地へとたどり着いた。


 

             ☆



 人気の無い海岸は傾き始めた日に照らされ、赤く染まっている。イゾルデらは馬車を降りている。ここから、火の大陸祖国に渡る手筈となっているのだ。


「荷物はこれで全部だ。ここまでの手引きについては素直に感謝する」


「構わない。こちらとしても十分に成果を上げてもらっている。…最後に1つ、気になったことが。どうして私がシノビだと?」


 別れの挨拶に入ろうとした忍は、僅かな躊躇いを見せた後、イゾルデに尋ねた。


「確信があったわけじゃない。ただ最初話しかけた時、『西海岸が目的地だ』って言っただろう? 特に目ぼしい町もない西海岸に、金を払うとはいえ乗せてってくれる行商人ってのに違和感があったんだ。行った先で商いができるとは思えなかったからね」


別にあんたの変装が悪かった訳じゃない、と伝えると、シノビは納得したように頷いた。


「なるほど…。ところで、そちらはこれからイムカに?どうやって渡るつもり?」


「ああ、この後部下が…って言うわけ無いだろう。トップシークレットだぞ」


「どさくさに紛れても駄目か。残念」


肩を怒らせたイゾルデに対し、いたずらっぽく目を細めたシノビに、初めて年相応のものが見えた気がした。

 シノビはすぐに表情を戻すと、僅かに後方へと下がった。どうやらそろそろお別れらしい。


「此度は急な要請ながら、任務への協力と完遂感謝する。今後も、ベルトルク一強の状態を打破すべく、我ら『ワ』とイムカとの継続的な協力関係に期待する」


「了解した。イムカ連邦軍司令イゾルデの名に誓って、貴国の要請は間違いなく連邦議会に伝えよう」


 シノビは頷くと、さらに後方へと跳躍し、姿を消した。

 残されたイムカの兵達はしばらくの間、忍が姿を消した方を黙って見つめていた。海岸を包み始めた夜の帳は、哀愁漂う彼女らを、静かに包み込んでいった。

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