幕間① はじまり
「ふわぁ…リン、おはよう」
食堂に入ってきた彼は、いかにも寝起きといったふうにあくびをしている。
「おはようございます。怪我の具合はどうですか?」
「うーん、動かそうとするとまだけっこう痛い。でも、もう吊る必要はないくらい治ってきたかな」
「そうですか。良かった…」
お医者様の言った通り、数日の昏睡の後、彼は何事もなかったかのように目を覚ました。怪我を考慮していまだ村に留まっていたが、彼の回復具合からしてあと数日もすれば王都に戻れるかもしれない。
「あ、そうだ。昨日ステータス確認したんだけどさ。なんか妙なことになってて」
「ステータスですか?目覚めた時に伝えたように、治療を手伝ってくださった方のスキルが付与されてしまっているはずですが…」
自分の分の朝食を取ってきた彼は、食堂の長机にいた私の向かいに座りながら言葉を続ける。
「そうそれ。リンの話だと、イゾルデさん?のスキルが追加されているだろうって話だったんだけど。増えてるの、1つや2つじゃないんだよね」
「…は?」
まだ眠たげな調子の彼の言葉は、私を凍りつかせるには十分な破壊力を持っていた。
「数えてみたけど、5つか6つくらいあるんだよ。どういうことだと思う?」
「どういうことって、言われても…」
そんなことはあり得ない、という答えしか浮かばなかった。
スキルは1人につき1つ。疑似スキルに制限はないが、個人の許容量からいっても2、3個が限界だ。どんなに歴史に名を残した英雄でも、5つや6つも持っていたという記録は無かったはず。
「カケル、他にこれまでと違っていることはありませんでしたか?各能力値が跳ね上がっているとかそういう感じの」
「そういうのは無かったと思うんだけど。後で一緒に確認してみる?」
「はい、カケルが朝食を終え次第、すぐに」
そう言ったは良いが、これまでの常識を覆す何かが起きている。そんなことを漠然とした思いの中では、残り僅かな朝食すらろくに喉を通りそうもなかった。
☆
結論から言えば、彼のステータスには間違いなく複数のスキルが付与されていた。疑似スキルではなく、正真正銘のスキルだ。そして、その原因も即座に判明した。彼が元から持っていたスキル、『
「まさか、スキルまで収納できるなんて…」
スキル以外のステータス異常を探る中での発見だった。本来であれば小物がしまえるはずの枠に、イゾルデらが保持していたスキルと疑似スキルがちゃっかり収まっていたのだ。
「普通はこうはならないんだっけ?」
「はい。収納箱というのは、人によって容量にある程度開きがあるものの、質量を持った物しか入れられないはずです」
だからこそこれは異常だ。その上、ただ収納されているだけではなく、ちゃんと彼自身のスキルとして認識されている。まだ試していないということだが、このステータス表示を信じるのであれば使用自体も恐らく可能だろう。
「カケルは、どうしたいですか?」
「どうしたいって…新しい力を、どう使いたいかって意味?」
「はい」
他人から得た強力な力を、また、他人から強力な力を奪える私たちの力を、どのように使っていくか。私の質問の真意を、彼はきちんと読み取ってくれた。
「俺は、俺達を侮った奴らに俺達の価値を証明したい。俺に配られた手札がこれしか無いのなら、イゾルデさん達には悪いけど、しっかり使わせてもらう。もちろん、人の道から外れないよう気をつけながら」
「わかりました。私はそれで良いと思います」
王宮での一件以来、彼の目標は一貫して自身の価値証明だ。私だって、勝手に巻き込んでおいて、期待していたものと違ったら捨てられる、なんてことをされたら愉快ではいられない。自分達の汚名挽回のためなら、御天道様に顔向けできる範囲でなんでも利用すべきだ。
ふと、別れ際のイゾルデとの会話が思い出された。
『お嬢ちゃん。もし万が一、複製されたあたし達のスキルを全部あの少年が使えるようになったら』
『それは、前提としてあり得ないのでは?』
『良いから聞きなって。世の中には万が一ってことが必ずあるもんだ。で、もし全部使えても、あたしらには気にせずどんどん使っていきなって話だ』
『ええっ。それはさすがに無いんじゃ…』
『まあ無いとは思うけどね。助けた時に言ったろ?あたし達はあんたらに長生きして欲しいんだ。あたし達のスキルであんたらが命を拾えるなら、それ以上の幸せは無いんだ』
『そこまでおっしゃるなら、はい。万が一の時は使わせていただきます』
あの時は勢いで同意したが、まさか現実に起こってしまうとは。
「イゾルデさん達も構わないって言ってましたしね」
「そっか。じゃあ遠慮なく使わせてもらおう?」
「ええ、そうさせていただきましょう」
宰相様に課せられた試練は、2週間後に迫っている。まだ先は見えないが、今は一刻も早く、この貴重な戦力を使いこなせるようになるのが良いだろう。
「カケル、さっそくステータスの分析に入りましょう!一刻も無駄にはできませんよ」
「オッケー。また色々教えてね、リン」
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