第1話 店主と傭兵と異世界召喚…?②

 時は昼過ぎにまでさかのぼる。ゴルドンと同じ傭兵団に所属する数名は、ギルドに並列された食堂で駄弁っていた。彼らが座っている位置からは、ロビーの様子がよく見えた。暇を持て余した彼らは訪れる者を、「今の女のケツは良かった」だの、「いや、さっきの獣人の耳だ。あれには勝てねぇ」だのと、下らない話のタネにしていた。

 件の少年が魔女見習いらしき少女に連れられて入ってきた時も、最初は、「珍しい格好のガキが来たな」程度の認識でしかなかった。


「なんだ?あのガキは」


 最初に口を開いたのは、仲間の一人だった。


「んん?どっかの貴族のお坊ちゃんってとこじゃないのか?青白い肌してるし、いかにも大切に育てられてそうな面してるじゃねぇか」


「確かにそうだが、使用人や護衛の姿も見えない。それに、あの服はなんだ?仕事であちこち行ってるが、見たことがない」


 仲間の言うように、確かに少年は見覚えの無い服装をしている。

 意匠の少ない黒地の長袖長ズボン。特徴としては、首を覆うような襟がついているくらいだ。髪も黒いので、全身真っ黒な状態である。強いて言えば、ベルトルク海軍の兵士が身につけている制服に似ているが、あちらは白地に金色の意匠がゴテゴテと付いている。どうにも、同系統とは思えない印象だ。

 ゴルドンらが、当てのない妄想を膨らせている間にも、少年側の状況は刻々と変化していた。ギルドに来るのは初めてだったようで、連れの少女からアレコレと説明を受けている。切れ切れに聞こえてくるのものを拾うにーーー


『へぇ~、ギルドって冒険者ギルドだけじゃないんだ』

『そもそも王立って…、あ、国営じゃないギルドもあるの?』

『え、冒険者登録ってお金いるの?俺一文も持ってないんだけど…』


どうにも、貴族のボンボン、と言うには、世間の常識に疎すぎるよう様子だった。


「おい、どう思うよ」


「貴族の線が無いなら、イムカ現敵国からの亡命者とか?」


「亡命者の案内を魔術師見習いになんか任せるかよ」


「言ってみただけだ…」


 ゴルドンの強い否定に、仲間は不貞腐れたように答える。すると、様子を見ていたらしいもう1人が興奮した様子で囁いた。


「おい、見ろよ!受付嬢が魔水晶取り出したぜ。ガキが登録始めるんじゃねぇか?」


「「おお?」」


ゴルドンらが受付を見やると、今まさに少年が魔水晶に向けて手をかざし、


ーーーそして、次の瞬間、魔水晶は強烈な輝きを放ち、爆散した。



              ☆



「ーーー何が起きた…」


 一瞬の衝撃から回復したゴルドンは頭を振りながら体を起こし、周囲を見回した。その場に居合わせた多くの者が、突然の閃光に不意を突かれ未だ目を覆って呻いている。最も至近距離で喰らったであろう魔術師見習いの少女は泡を吹いてのびている始末だ。

 そんな中、ことの発端となった少年のみが「え?何これ?」という雰囲気で突っ立っていた。

 幾千の戦場を潜り抜けてきたゴルドンをして、それは少々気味の悪い光景に映った。


 魔水晶が破裂。ゴルドンにとっては初めての経験だった。稀に起こり得ることを知識としては知っていた。しかし、所詮はおとぎ話に出てくる英雄たちの話だ。そもそも、ギルドで用いられるあの魔水晶は、長年に渡ってギルド運営を支えてきた実績のあるアイテムだ。あらゆる種族、あらゆる情報を確実に記録することができるはずなのだ。

 だとするならば、やはりあの少年にこそ、原因があると見るべきだ。


「しゃあないか…」


 周囲を見渡しても、満足に動けそうなのは自分と他数名だ。動ける者が少年に接触し、事態を収拾するしかないだろう。そう考え席を離れようとしたところで、ギルドの外が騒がしくなってきたことに気がついた。


「失礼する!私は王都の守りを担う、衛郭騎士団団長、アリシア・リットルオ・バルトロワだ。本ギルドにて異常な魔力振動を検知したため調査させていただく!ご容赦を」


 ゴルドンが、次の動作に移るよりも先に、騒ぎの原因が飛び込んできた。王都のお貴族様直々のお出ましである。ご丁寧に配下も連れており、有無を言わせぬ雰囲気をまとっていた。


「貴君、お名前をお聞かせ願いたい」


 アリシアと名乗った女はまっすぐ受付まで進み出ると、迷うことなく件の少年へと声を掛けた。その表情には、少年が事の発端であるという確信が宿っているように見える。


「えーと…ホウショウ、カケル…ですけど?」


「ーーやはり」


 その答えに、未だ混乱の渦中にあると思われる少年、ホウショウ・カケルをよそに、アリシアは声を漏らす。


「では、カケル殿。貴方様には、我々と共に王城へ来ていただく。申し訳ないが、拒否権は無いものと、心得ていただきたい」


「はぁ…。お城に行けば、俺の今のこの状況についても、説明してもらえるんですかね?」


「約束いたします」


 不安げな少年の問いに、アリシアは短く肯定の意思を示した。


「…わかりました。同行します」


 その様子を見て、ホウショウ・カケルも意を決したように頷いた。



              ☆



 そこからの動きは早かった。アリシアは、幾人かの配下にこの場の収拾を任せると、少年を連れてとっとと退散してしまったのだ。ついでに、静かにのびていた、

魔術師見習いの少女も運ばれていったようだ。少年の関係者、という立場だろうか。…無事に済めば良いが。

 ギルド内の混乱も、アリシアの部下の活躍によって収束しつつある。具体的に言えば、目撃者全員に本件の他言無用の誓約書を書かせ、ギルド側が被った被害の補償を約束したのだ。最後にこの場で起きた事への箝口令で締めくくりつつ、だ。

 全てが終わる頃には、日も傾き始めていた。一同が疲れ果てたのは、言うまでもないだろう。



              ☆



「謎の少年、魔水晶の爆発、そして王国守備隊の登場、ですか…。まさか、近所でそんなことが起こっていたとは」


「だろ?まあ正直、一時に色んなことが起こるもんだから、脳みそはまだついて行けてねぇがな」


 そう言うゴルドンの表情には、疲れが浮かんでいた。


「それにしても、本当に何があったんでしょうね。話を聞く限り、ベルトルクの王家は、間違いなく関わっていそうですし、名前、ホウショウ…カケルでしたか?こちらの大陸では聞かない名前です」


「ああ、それに加えて随分と念入りな口止めってのもな。ちなみに、口外したら、問答無用で国外追放だそうだ」


「ちょっと待ってください。この場合私もですか?私も追放されちゃいますよね?」


「安心しろ。そん時はきちっと最後まで護衛してやんよ」


「何の解決にもなってない…」


 聞き捨てならない情報に肩を怒らせるも、このスキンヘッドはどこ吹く風、という様子で肩をすくめるだけだった。最悪の事態になったら、死ぬまでこいつに私の面倒見させよう。


「そういや、おとぎ話であったな。別の世界から来たって奴が、勇者になって魔王を倒す話。突然現れて、魔水晶割るとこなんて、そのまんまじゃねぇか」


 当のゴルドンは、既に別の話題に移ろうとしている。


「それ、おとぎ話ではなく、ベルトルクの建国譚ですよ。魔王を倒した勇者は、別の世界から持ってきた知識を用いて緑の大陸をまとめ上げ、この国を作り上げたんじゃないですか」


「そうだったか?それが本当なら、俺は勇者様のギルド登録を目撃したってわけだ。はっ!こいつは良いね。末代まで語り継げそうな話じゃねぇか」


「誰が信じるんですか、そんな話…」


 あまりにも頭の悪い言葉に、私は呆れるしかなかった。勇者の召喚。所詮は数百年前の与太話である。


「けれど、勘弁して欲しいですね、勇者なんて」


「ああ?」


 ふと、嫌な考えが過ぎり零してしまった言葉を、ゴルドンはめざとく聞きつける。


「いえ、仮に勇者様が呼ばれたのだとしたら、その目的は、間違いなく戦争でしょう。戦争は、困りますから」


「あー、まあ、そうだな。今んとこ、この国の脅威と呼べるのはイムカくらいだ。最近は大した衝突もないが、小競り合い程度のものはちょいちょい起きてる。いい加減ケリを着けたいのなら、ダメ元で伝説の勇者様を呼んだりは…ふっ、どうだろうな」


 ゴルドンは、自分で言いつつも半信半疑になっていったようで、最後に苦笑いしてしまっている。彼の言うように、10数年前までは、あちこちで大規模な衝突が起こっていた。私としては、あんな陰鬱な時代は、二度とごめんだ。


「さて、長居しちまったな。そろそろ帰るわ」


 沈んだ空気を切り替えるように、ゴルドンが立ち上がった。確かに、窓の外ではすっかり日が落ち、中央通りの方向からは、陽気な客引きたちの声が聞こえ始めている。


「悪いな、面白い話をしに来たつもりだったんだが、なんか随分と湿気た空気にしちまった」


「いえ、お気になさらず。こちらとしては場所を取っていた在庫が1つ無くなっただけでも僥倖でしたよ。話もなかなか興味深かったですしね」


「場所取ってた在庫ってお前…。ランクが上がるたびに、こうやって鎧を新調するのが、俺の数少ない娯楽なんだよ。お前にゃ分からないかもしれないが、自分自身の足跡ってのを残すのは、傭兵やってる身としては大事なことなんだぜ?」


私の軽口に、ゴルドンは口を尖らせながら珍しく殊勝な答えを返してきた。いかついなりをしているが、その職業柄色々思うところもあるのだろう。


「はいはい。では、早く次のランクに上がって、また私の店に鎧を買いに来てください。私としても、大金が転がり込む機会を失う訳にはいきませんからね」


「はっ!それもそうか。じゃなデニス!また来るぜ」


 彼は豪快に笑って出入口のドアを開いた。どうやら私なりの声援は、無事に届いたらしい。であれば、最後に言う言葉は決まっている。


「毎度ありがとうございました。またギルドにお立ち寄りの際は、王都表通りギルド横、デニス雑貨商を、どうぞ御贔屓に」


ゴルドンは片手を上げて答えながら、夜の王都へと消えていった。

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