第2話 バイトと家政婦と勇者誕生①


・前書き

 ご覧いただき、ありがとうございます。一部描写しきれなかった部分があるので、先に補足しておきます。

【スキル】

 この世界特有の特殊能力。「索敵」、「魔力回復」、「運動能力強化」という風に、限定的な能力のことを指す。全人口の5人に1人の割合で保持者がおり、原則として1人につき1つしか現れない。ただし、一部の人以外の種族には、獣人なら「獣化」や「使役」、サキュバスなら「吸精」など、極めて多くの割合で発現する、固有スキルのようなものも存在する。

 また、【疑似スキル】という、後天的にスキルとして登録される事例も存在する。主に剣技や魔術など、ある程度の体系として成立したものを、その使用手順を明確に魔水晶に記録することで、登録される。こちらは、手順を踏めば誰でもいくつでも継承できるが、それに必要な基礎能力値(運動能力や魔力量、スキル需要容量)に限界があるため、余程恵まれた肉体を持っていても3つ程度が限度とされている。



             ☆



「てんちょー、在庫の確認終わりました」


 穏やかな休日の昼下がり。路地裏の雑貨屋は本日も元気に営業していた。


「お疲れ様です。どうでしたか?」


 帳簿の整理を中断してカウンターから出てきた私は、売り場で作業をしていた少女に尋ねる。


「紙がほとんど無いです。とりあえず裏のを出しといたんですけど、それで在庫はお仕舞い。あとは、ペンとインクが心許ないくらい、ですかね」


 慣れた様子で答える少女は、ユリア・ギルフレッドと言う。短く切り揃えた黒髪に、深く青い瞳。はっきりした目鼻立ちは快活な性格の彼女をよく示している。

 彼女は、王都の王立高等学校中等部に通う十七歳だ。二年ほど前から、本人たっての希望でアルバイトをしてもらっている。


「定期試験が近いからみんな勉強用に買い漁ってるんですよ。時期的に、まだまだ売れると思いますよ?」


 ちなみに、彼女は王国有数の豪商の四女だ。だからこそ、本来は上流層しか通えない王立高校に通うことができている。ここでのアルバイトも、『商人として必要な知識や経験は実地で学ぶべし』、という家の方針…と、ユリア自身の個人的な目的のために始めたことだ。だからこそ、彼女の言葉は商人として信用ができる。


「ふむ、では早めに仕入れておきましょう」


 そう答え彼女を見ると、両手を前で揃えてウズウズしている。何を期待しているのかは、察せられたので、


「わかってます。お疲れでしょうから、休憩に入ってください」


「やった!てんちょーわかってるぅー!」


 そう聞くや否や、素早く身を翻し奥へと引っ込んでいった。


「…元気ですねぇ」


 そんな彼女の様子に、思わず微笑んでしまう。彼女の明るい性格は、この店の雰囲気向上に、よく貢献してくれている。ありがたい限りだ。


「こんにちわ」


と、お客である。


「やあ、カーマインさん。いらっしゃい」


 会釈をしながら入って来たのは、外行きの給仕服に身を包んだ中年の女性、エリーゼ・カーマインだった。彼女の持つ素朴ながらも品のある雰囲気は、上流貴族の家政婦、という職業から来るものだろう。


「いつものインク、あるかしら?執務室の残りがもう心許なくて」


「ええ入荷していますよ。今お持ちしますね」


 『いつもの』という言葉からわかる通り、彼女は昔からの馴染み客だ。随分と前になるが、カーマインがうちの店に冷やかしで入った折、たまたま仕入れていたインクが彼女の目に留まったのだ。これを扱っていたのが私の店だけだったことも幸いし、以来、贔屓にしてくれている。


「それと、後輩の娘の息子さんがそろそろ成人なんです。何か良い贈り物の心当たり、ないかしら?」


「成人のお祝いですか…」


 この国での成人は、十八歳と定められている。多くの子供は、この年齢になると親元を離れ、職を得たり家庭を持ったりする。


「少々値は張りますが、万年筆などはいかがですか?極東の島国、『ワ』では、成人祝いには必ずそれを送るそうです。その息子さんも、成人されたのであれば実用的な方が喜ばれるでしょう」


「万年筆ねぇ。良い考えかもしれないわ…あら?」


 思案顔で頬に手を添えたカーマインは、どこからか流れてきたヴァイオラ弦楽器の音色に、顔を上げる。


「ユリアちゃん来てたのね」


「ええ。さっき休憩に入りました。しばらくは上で弾いていると思いますよ」


「そう。じゃあ少しだけ聴いていっても良いかしら?ご迷惑じゃなければだけれど…」


「ええ、構いませんよ。せっかくですからカウンターにどうぞ」


「ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ」


 私はカーマインに椅子を勧めつつ、来客用のお茶を用意し始めた。上から聴こえていた調弦の音は止み、クラシカルな曲が流れ始めている。


「上手くなったわねぇ」


「ええ。毎日弾いていますからね」


「ユリアちゃんが来て、どれくらいになるんだったかしら?」


「かれこれ2年ほどでしょうか。彼女も随分この店に馴染みましたね」


「確か…ユリアちゃんからだったのよね?お店に来るなり、『ここで働きたい』って言い出したのだったかしら」


「そうですね。あの時は正直驚きました。特にバイトを募集していたわけでもなかったので」


 今でも鮮明に思い出すことができる。店にやって来たまだ十代半ばくらいの少女が、カウンターに座っていた私の元へ真っ直ぐやって来て『私をここで働かせてください』、と頭を下げたのだ。



             ☆



 先程も触れたが、ユリアは商人の娘だ。しかし、彼女自身には別の目標がある。それがヴァイオラ奏者、つまり音楽家だ。

 幼い頃に両親に連れられて行ったコンサートで一目惚れし、以来ずっと志してきたのだそうだ。彼女は王立高校への受験を機に両親にそのことを伝え、交渉の末に、音楽科の授業を受講する許可をもらったらしい。

 そんな彼女が私の店で働くことを選んだのは、この店、というよりは建物自体の成り立ちと、その他偶然が重なった末の結果だった。

 元々この建物は、とある音楽家が終の住みかとして建てた家だった。音楽家の死後に先代が買い取り、店舗へと改装し現在に至っている。そのため、この建物は演奏向きにしつらえられた防音室があるのだ。入学を控え、高校に近いアパートを探していたユリアは、目を付けた物件の隣にそういった事情を持つ雑貨屋があると知り、文字通り即決した、らしい。そして、決めたその日の内に私の店を訪れ、先ほども触れたように、練習用に防音室を使う代わりにうちの店で働きたい、と申し出てきたのだ。

 私としても、若干持て余していた部屋であったし、何よりも『場所を貸して、対価を得る』という考え方が衝撃的だった。という訳で、タダで店員を雇うことができる、という欲に目がくらんだ私は、彼女を雇うことに決めたのだ。

 …いや、流石に場所代を引いた給料は、きちんと支払っているのだが。



「それからすぐよね?あの子がギルフレッド家の娘だったことが分かったのって」


「ええ。いやぁ、最初は焦りました。これから娘が世話になるから、ということでお父上が挨拶にいらっしゃるとは聞いていましたが、それがまさかギルフレッド卿だったとは」


「あの時はたまたま私もいたからよく覚えているわ。貴方、ギルフレッド様と言葉を交わすごとに顔色がコロコロ変わっていくんだもの。おかしくて」


 あの時の事を思い出したようで、カーマインは口元に手を当てて笑いを堪えている。

 しかし、当時の私からすれば笑い事ではなかったのだ。突然現れた初老の男性が、この国有数の商人の名を口にしたのだ。これを聞いて平静を保っていられる零細商人もそうはいまい。


「ユリアが事前にきちんと話していてくれれば、もう少しまともなやり取りもできたでしょうに…」


 当時の彼女は、まだ自身の名字を私に伝えていなかった。お父上の名前を聞いた私が、その隣の彼女に視線を送った時、『やっばい、忘れてた』という表情で視線を逸らしたことを、今でもよく憶えている。


「まあでも、彼女が来てくれて本当に良かった。二年一緒に働いた今は、間違いなくそう思いますよ」


「そうね。私もそう思うわ」


私の率直な思いに、カーマインも笑顔で頷いた。



                ☆



 その後も、ユリアの演奏を肴に話していた我々の話題は、いつの間にか仕事の愚痴へと移っていた。カーマインはどうやら先日、国賓を招待する部屋の準備をこの国の宰相様直々に任されたらしいのだが…。


「お客様がみえて、すぐに国王陛下との謁見に出ていってしまったんです。そうして、しばらくしたら突然、『必要がなくなったので片付けてくれ』なんて言ってくるんですよ?」


 彼女の口調は熱い。


「はじめは、『この国の行く末を左右するかもしれない、大切なお客様だ』と仰有られたんですよ。私も含め、腕の良い使用人総出で三日もかけて部屋を準備したのに、それを一言二言で済ますなんて。私達の仕事を何だと思っているのかしら!」


 カーマインらが携わったのは、王宮でも最も格式の高い貴賓室の準備だそうだ。それこそ、あらゆる技術や心遣いを総動員して完璧に仕上げたのだろう。それだけに、宰相からの心無い指示は痛く彼女の不興を買ったらしい。


「一応、お客さんとやらは来られたんですね」


「ええ。なんだか妙な格好をした男の子でした。見たことのない、真っ黒な服を着ていて」


 ほう。真っ黒な服、ですか。なんだかどこかで聞いたことのある話だ、と黙って思案していると、カーマインも落ち着いてきたらしく、居心地悪そうに口を開いた。


「ごめんなさいね、大きな声を出したりなんかして」


「ああ、いえ。気にしないでください。一介の商人ではなかなか聞くことができないお話ですし、とても興味深いですよ」


などと、とりなしてみる。


「そう言えば、いつの間にかユリアも練習を終えてしまったようですね」


 先ほどまで漏れ聞こえていたヴァイオラの音色が、気づかないうちに止まっていた。


「やっと気づいたんですか?てんちょー達、話し込み過ぎです」


そして当のユリアも戻ってきていたようで、ひょいと裏の事務所から顔を出した。


「では改めまして。エリーおばさま、いらっしゃいませ!」


「はい、お邪魔してます。ユリアちゃん、ますます演奏の腕が上がったわね。素晴らしかったわ」


「えへへ~。そう真っ直ぐ褒められちゃうと照れますね」


 ユリアはくすぐったそうにはにかんでいる。この2人もずいぶんと仲良くなったものだ。彼女たちの親しげなやり取りは、少しだけ気まずくなった雰囲気を持ち直してくれたようだった。



                 ☆



「そうだエリーおばさん。さっきの宰相さんのお話、私、実は詳しいこと知ってるんですよ」


 新たにユリアを加え、再び世間話に花を咲かせている最中に思い出したようにユリアが口を開いた。と言うか、そんなところから聞いていたんですか、あなたは。


「詳しいというと、一体どんな?」


 例の少年との繋がりが引っかかっていた私は、思わずカーマインよりも先に尋ねてしまった。


「あ、てんちょーも興味あります?確かに、無関係とは言えないかも…」


「私も気になるけれど…。大丈夫かしら?王国に関わるお話なんじゃ?」


 好奇心を抑えきれなかった私とは反対に、カーマインは心配そうな表情を浮かべている、確かに事は王国で秘密裏に行われた話だ。迂闊に関わるべきではないかもしれない。


「だいじょーぶですよ。どうせじきに国民にも知らされる話ですから」


我々の心配を、ユリアはあっけらかんとした表情で否定した。


「じゃあ、まず例の男の子の正体なんですけど…」


どうやら止まる気は無いらしい彼女の様子に、私は心の中で観念した。


「王女様が異世界から召喚した、勇者らしいんです!」

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