第33話 え...... まさか、これが......

 球体を中心に光が広がり、あたりの空間は白黒のフィルターがかかったような色彩にかわる。


リワインド巻き戻し、24倍」


 七瀬は球体に向かってそう命じた。

 すると、風の向きや木の葉の揺れが逆向きになり、凄まじいスビードで動き出した。


 七瀬の固有スキル“百年の記憶”は、周囲一帯の過去を見ることができる能力だ。

 過去を見れる限界はその名の通り百年が限度で、DVDのようにプレイバック通常再生ファスト・フォワード早送りリワインド巻き戻しで見ることができ、日付を指定して再生することもできる。


 そして今、周囲の光景は24倍の巻き戻しで進んでいる。

 24倍ということは、1日が1時間で過ぎるスピードということだ。


 正木がこの村に来たのは、だいたい10か月前......

 24倍だと300時間くらいかかる......

 速度を上げるか......


「さらに60倍」


 七瀬の言葉で周囲の景色のスピードはさらに速くなる。

 24×60倍は、1日が1分で過ぎるスピードだ。


 これで10か月前までに300分......

 まだ長いけど、これ以上早くしたら、何か動きがあっても識別できない......


 七瀬は腰を据えて、巻き戻しを見守ることとした。




 その後、ただただ景色は流れていくだけで、目立った動きはなかった。

 が、9か月前あたりで動きがあった。

 人の影が現れたのだ。


ポーズ一時停止


 七瀬が巻き戻しを停止した時点で、ちょうど家に入ろうとしている人の姿があった。

 20代後半の中肉中背の男、容姿は井沢から聞いた情報と一致する。


 間違いない、正木だ......

 場所は正しかった......

 あとは、ここで何があったか......


「ここから24倍速ファスト・フォワード早送り


 七瀬の言葉で、再び景色が動き出す。

 そして、あるところで、正木とは違う人物の姿が、家の中に吸い込まれていった。


 ここだ!!


プレイバック通常再生


 景色の動きは通常の速さに落ちる。


 正木以外の何者かが家に入っていったが、24倍速ではその姿ははっきりしなかった。

 その人物の姿は今家の中にある。

 七瀬が中の様子を確認しようと家の扉に近づき、ドアノブに手をかけようとしたところで、ばんっと中から扉が勢いよく開かれる。


『あー、くそー、手間かけさせやがって!!』


 中から扉を蹴り開けて、その人物は現れた。

 細身の長身にアフロヘア、青い柄シャツに黒いコート。


 真島妖一......

 やはりコイツか......


 おおよそ七瀬が読んでいたとおりだった。

 真島は正木を背に担いでおり、正木からはぽたぽたと血が落ちていた。


『さーて、こんな廃村に来る奴はそうそういねーだろーが、念のためどっかその辺に埋めとくか......』


 真島は周りを見回して、隣の家の壁に立てかけてあった鍬を見つける。


 真島は正木の体を適当なところに下ろし、鍬を手にする。

 そして、家屋から少し離れた林で、穴を掘り始める。


『よし、こんなもんでいいだろう』


 人一人入るくらいの穴ができあがり、置いてきた正木の遺体を再び担いで持ってきて穴に放りこむ。


『じゃあ、コイツはもらってくぜ~♪』


 真島は正木の腰に装備されていた剣を奪った。


 え......

 まさか、これが......


 鞘に納められるているから刃の姿はわからないが、その剣は一見すると何の変哲もない安物の剣に見えた。


 真島は正木の遺体に土をかけ、そこだけが変に盛り上がらないよう、人一人分余った土を周囲に広く撒いて馴染ませた。


『おっと、こんなもん残しといたら、ここで穴掘ったのがバレバレだ』


 真島は鍬をご丁寧に、元の場所に戻した。


『じゃあな、伝説になれなかった勇者さん♪』


 真島はそんな捨て台詞を残して、正木から奪った剣とともにどこへともなく消えていった。


 七瀬はことの顛末を見届け、情報を整理する。


 正木は真島に殺された......

 そして、真島は正木が所持していた剣を奪っていった......

 あの剣がもしかして“伝説の勇者の剣”なのか......

 情報が足りない......

 何かもう少し情報が......


 七瀬は井沢からもらった正木に関する情報を思い出す。


『正木拓哉、27歳男性。クラスは剣術士で最終確認レベルは2。魔法は使えない。戦績はむろんさっぱりだ。元の世界では薬品メーカーの研究開発部にいたらしい。研究職らしく、ひどく几帳面な男だったらしい』


 元研究職の几帳面な男......

 もしかして......


ストップ停止


 七瀬は“百年の記憶”の再生を停止する。

 あたりの色彩が白黒から通常に戻る。


 七瀬は周囲を見回した。


 何か、土を掘り返せるものは......


 そして、真島が元の場所に戻した鍬の存在を思い出す。

 その場所を確認すると、おそらく真島が使ったであろう鍬がそのままそこに残っていた。


 七瀬はその鍬で正木の遺体が埋まっている場所を掘り返した。

 そして地中から白骨化した遺体がでてくる。


 七瀬は上半身を掘り出したところで、遺体の懐を探る、


 あった!


 七瀬が見つけ出したそれは、手帳だった。



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