第32話 わかった......依頼を受けよう......
井沢の囁きを聞いて、七瀬は思わず飛び退った。
「おや、その反応はその可能性を全く考えてなかったのか〜い?ツンツンしてるくせに中身はアマアマで、本当にかわいいね〜、宮平ちゃんは〜」
井沢はそう言っていやらしい目で舐め回すように七瀬を見た。
七瀬は背筋がさらに寒くなった。
なぜ、知られた!?
どこで、知られた!?
固有スキルは使いようによっては無敵の切り札となりうる。
だが、スキルの内容にもよるが、その中身を他人に知られてしまうと、戦略的価値や効果が半減してしまうこともある。
故に固有スキル保持者はスキルの中身を隠していることが多く、用心深い七瀬に至ってはスキルが発現したこと自体を秘密にしていた。
にもかかわらず井沢は七瀬の固有スキルの内容を知っている。
「ふふふ。なぜアタシが宮平ちゃんの固有スキルを知っているのか......その理由がわからないとさすがに不気味で怖いよね〜。全部は教えてあげられないけど、少しだけ教えてあげるよ。アタシの固有スキルも宮平ちゃんと同じ“情報系”だからだよ〜」
「“情報系”?」
「ああ、アタシが勝手にそう呼んでるんだけどね〜。アタシたちの能力は戦闘には使えない。情報を集め、真実を見極めるためにあるのさ〜。宮平ちゃんの能力の中身もアタシの能力でわかったのさ~」
七瀬は井沢の喋る内容から確信した。
本当に私の固有スキルの内容を知っている......
「だから、わかる。アタシと宮平ちゃんが組めば、無敵だよ~。情報を制すものは世界を制すってね~」
井沢は大仰に両手を広げ、微笑んだ。
だが、その微笑みは七瀬には悪魔の微笑みに見えた。
今、私はこいつの手のひらの上だ......
うかうか話に乗ればいいように利用されるだけだ......
「まあ、いきなり組もうって言われても簡単には乗れないと思うから、まず今回の依頼を受けてほしい。アタシの依頼を受けたり、アタシの情報を買ったりして、信用できると思えるようになったら、アタシと組んでくれないか?」
「それ以前に、今回の依頼を断ればどうなる?」
「う~ん、そのときは仕方ない。宮平ちゃんの固有スキルの情報を商品として売るだけさ~」
こいつ!!
七瀬は怒り、剣の柄に手をかける。
完全に脅迫じゃないか!?
「お~っと、今ここで口を封じようとしても無駄だぜ~。アタシみたいな人間は身の安全を確保するために、死亡した時点で保持してる情報が不特定多数に公開されるように仕組んであるもんさ。それにアタシは宮平ちゃんより強い」
井沢の体から青白い光が大量にあふれ出す。
魔力の光だ。
七瀬が今現在トレーニングで生み出している魔力の数倍以上の量と圧だ。
くそ......
七瀬は剣の柄から手を離した。
「わかった......依頼を受けよう......」
その後、七瀬は正木拓哉の足取りを追った。
正木が所属していたギルドや目撃情報のあった近辺で聞き込みをして回った。
井沢が持っていた以上の情報はほとんどなかったが、最後の目撃情報があった村を訪れたところで進展があった。
どうやら正木は次の潜伏場所を探していたようで、その村よりさらに山奥の廃村の存在を知り、場所と行き方を詳しく聞いて回っていたそうだ。
七瀬はその廃村に向かうことにした。
そして話は現在に戻る。
手入れのされなくなった荒れた山道をたどり、七瀬はその廃村にたどり着いた。
元は鉱山採掘のための村だったそうだが、鉱脈を掘りつくして放棄されたとのことだった。
木製の家屋が十数軒あるが、人の手が入らなくなり、いずれも朽ちはてつつある。
七瀬はその一軒一軒を調べていく。
そして、その中で一軒だけ、他と違う家を見つけた。
他の家は数年以上誰も入った形跡がないのだが、その家だけは人がいた形跡が新しいのだ。
七瀬はそういったことの専門ではないのではっきりとはわからなかったが、なんとなく1年以内に人が生活していたと感じた。
七瀬はその家に正木が住んでいたとあたりをつけ、より入念に家の中を観察した。
そして、床に黒ずんだシミを見つけた。
時間が経っていてわかりにくいが、それは血痕だった。
その血痕は部屋の中央に一際大きなものがあり、それが点々と外に続いていた。
七瀬は血痕を追ったが、外に出たところで血痕はなくなった。
無理もない。
木の床に染み込んだ血痕はかろうじて跡が残っているが、地面に落ちたものは風雨に晒されてとうに消え去ってしまったのだ。
なるほど、ここで何かあったのは間違いないな......
七瀬は宙に右手のひらをかざし、目を閉じて意識を集中する。
手のひらの前に紫色に光る魔法陣が出現し、背後には巨大な白い球体が現れる。
球体の中央には閉じられた瞼のようなものがあった。
『固有スキルを発動します』
どこからともなくそんな声が響き、球体の中央の瞼が開き、赤い瞳が現れる。
『固有スキル、“百年の記憶”を発動します』
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