第30話 いろいろあったけど、これからは仲間だ!!よろしくたのむ!!

 山田が仲間になった夜のことである。

 弦人は宿屋の主人から長梯子を借りて、宿屋の屋根の上にのぼっていた。

 この小さな集落の中でこの宿屋が一番大きく、この屋根の上がこのあたりで一番高い場所だった。

 そこで弦人は、竜児から受け取った望遠鏡で四方八方を見回していた。

 小一時間念入りに見回したあと、望遠鏡から目を外しため息をついた。


 やっぱり、そう簡単には見つからないか......


 弦人は望遠鏡をしまい、屋根から降りた。

 宿屋の中に戻り、食堂に向かう。

 食堂では山田がウイスキーをストレートでちびちびと飲んでいた。


「どうだった?」


 弦人が食堂に入ってきたことに気づき、山田はそう言った。


「そう簡単に見つからねーヨ......」


 弦人は山田の前の席に座った。


「まあ、そうだよな......」


 山田はため息をついて、ウイスキーを一口飲んだ。


「いい身分ダナ?宿代も払いかねてるのに晩酌トハ」


 弦人はジト目で山田を見た。


「酒なんてもう何か月ぶりさ。今日はちょっと飲みたくてな」


 山田は渋い顔をして、グラスの中に目を落とす。


「白状すると、悔しかったんだよ......」


 そう言って、もう一度ウイスキーに口をつける。


「あー、お前が追い出された決闘のことカ?終わったことをぐちぐちト......」


「そのことじゃねー。綾野のことさ......」


「綾野?」


「綾野は俺が守ってやりたかった。でも、あそこにいた間、俺は何もできなかった。なのに、お前は綾野のために、こともあろうにあの団長に決闘を挑んだ。正直、お前には完敗だよ......」


 山田は酒が回り始めているのか、たどたどしくも饒舌になってきていた。


「お前と綾野はどういう関係だったんダ?」


「別に大したもんじゃねーさ。ただ、俺と綾野はこの世界にきてすぐ出会って、パーティーを組んでたんだ」


「え、そーなのカ?」


 弦人は驚いた。

 恵はそんなことは少しも言っておらず、完全に初耳だった。


「パーティを組んでしばらくして綾野は回復魔法を習得した。その噂を聞きつけて日野が現れ、必死で綾野をスカウトしてきた。そのとき俺たちは二人だけのパーティだった。綾野を連れていかれたら、駆け出しの俺は一人で路頭に迷うところだった。だから綾野は俺も一緒に入団することを条件に日野の誘いをうけた」


「そうだったのカ......」


「綾野のおまけで入った俺はギルドの中で生き残るために、必死でレベル上げに勤しんだ」


 弦人は数か月前の神託のことを思い出した。

 あのとき、山田のレベルは同期たちが驚くほど群を抜いていた。


 なるほど、あのレベルの高さはそういうことだったのか......


「だが皮肉なことに一方の綾野の回復魔法は全く上達しなかった。いつの間にか、俺はギルドに馴染み、逆に綾野は期待外れのお荷物として扱われるこになっていた。俺が言えた義理じゃねーが、あの日野って女は悪魔だ」


「まあ、完全にシンデレラの義姉みたいなカンジだったヨナー......」


「そんな生ぬるいもんじゃねーよ!!」


 山田はウイスキーを煽ったあと、グラスを持った手をテーブルに叩きつけた。


「綾野はな、この世界に飛ばされる少し前、姉貴を交通事故で亡くしてるんだ。綾野はその姉貴をめちゃくちゃ慕ってた。綾野が受験に落ちたのも、少なからず影響があっただろう。そんなところにこの異世界転移だ。綾野は表面上気丈に振る舞ってたが、精神的にかなり不安定だった。それをあの日野は利用しやがった。日野は綾野を妹のように可愛がった。もちろん、綾野の心を掌握して、隊の中で思うように扱いやすくするためだ。優しくされた綾野は日野に姉の面影を重ねて日野を姉のように慕うようになった。だが、それは長く続かなかった。綾野の回復魔法が上達しないことがわかり、日野はあっさり手のひらを返しやがった。心の傷をさらに深くえぐったようなもんだ。あのときの綾野は見てられなかった」


 山田は声を震わせながら右手で顔を覆った。


「情けねー話さ。俺だって恩人の綾野を助けたかった。だが、あのギルドの中で俺は自分の身の方が可愛くて、綾野に何もしてやれなかった。そんなときにお前が現れた。あとは知っての通りさ......」


 山田の話はそこで終わったが、弦人は何も言わなかった。

 なんで綾野を助けてやらなかったんだ!?という思いもある。

 だが、山田も山田で生き残るだけで必死だったのだろう。


 そして、弦人は山田にかつての自分を重ねていた。

 助けたかった人を助けられなかった自分を。


「山田、お前、後悔しているのカ......」


「ああ、もちろんだ!!」


山田の力強い返答を聞き、弦人は立ち上がった。


「だったら、やり直せヨ」


「なに?」


「お前の助けたかった相手はまだお前の近くにいるじゃねーカ」


 そう、弦人が助けたかった人はもう弦人のそばにいないのだ......

 もう二度と会えないのだ......

 助けることはできないのだ......


「力を貸してくれ、山田!!今度こそ綾野を助けるため二!!」


 弦人は右手を山田に差し出した。

 その手を見て、山田の脳裏に数週間前弦人に敗北した日の光景と、弦人の言葉が蘇る。


『ベリーイージーとかぬるま湯とかは取り消すヨ。お前もお前で、この世界でハードに生きてきたんだろウ。色々あったけど、これからは同じギルドの仲間ダ。よろしくたの厶!!』


 その手は、数週間前のあの日は握り返されることはなかった。


 だが、弦人はあの日と同じ言葉をもう一度口にした。


「いろいろあったけど、これからは仲間ダ!!よろしくたの厶!!」


 山田はゆっくりと席を立った。


「ああ!!」


 そう言って山田は弦人の手を強く握り返した。



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