第26話 可能性なんて、1%もあれば十分だ!!

「マジカ......」


 弦人は空を見上げた。


 これは、さすがにキツイな......


 恵のクラスはおそらく魔道士である。

 直接物理攻撃やアクションスキルの攻撃力はあまり期待できない。

 恵の回復魔法はかねてからの問題の通り、使い勝手が悪く戦闘中はほとんど役に立たない。

 つまり、攻撃魔法のみが期待だったのだ。

 その期待が外れたとなると、恵はほぼ戦力外となり、弦人一人で団長と渡り合わなければならないことになる。


「相馬さん......団長に勝てる可能性、どのくらいあると思います?」


 恵は涙目で弦人の方を見つめている。


 弦人は空を見上げて考えこんだ。

 そして、もはや馴染みさえ覚え始めているその数字を口にした。


「0......ダナ......」


「ですよね......」


 弦人は、これはもう180℃方針を変えるしかないのではないかと思い始めていた。

 早い話、逃げの一手ということである。

 こちらから決闘を挑んでおいて見苦しいことこの上ないが、このまま決闘を反故にして逃げるということもできなくはないのだ。


 まあ、このまま逃げても特に困ることはないか......

 団長とギルドも俺らがとんずらしても特に気にすることは......

 いや、そのまま逃したらギルドの威信に関わるから、追手はかかるか......

 それに、そもそも......


 弦人は恵の方を見た。

 恵は地面を見つめ、落ち込んでいる。


 そもそもこの決闘は、恵に不当な扱いを続けてきて挙句の果てにあっさり切り捨てようとしたギルド灰色の鷹に一矢報いるために挑んだ戦いなのだ。

 だから、勝ち目がないからといって投げ出してしまったら、恵の心により深い傷を残すことになる。

 ゆえに、もし敗北で終わる可能性が高くても逃げることは許されないのだ。


「元気出せヨ!!」


 弦人はそう言って、恵の肩を叩いた。


「この前ダンジョンに入る前にも言ったダロ?俺たちは元の世界で、受験ていうでかい勝負で大負けしてんダ。今更失敗の一つや二つ、なんてことないダロ?」


「でも、負けたら、相馬さんがどんな目に合わされるか......」


 弦人たちが負けたときには“伝説の勇者の剣”の情報を提供することになっている。

 だが、それがはったりであることは昨日のうちに弦人は恵に伝えていた。

 二人が団長に敗北し、はったりがバレれば、みせしめに弦人は制裁を受けることになるだろう。


「そんときこそ、綾野の出番じゃねーカ」


 弦人はそう言って、魔法図鑑に視線を向けた。


「いろいろあったかもしれねーけど、その回復魔法の最初のページに載ってる魔法は、紛れもなくお前がこの世界掴んだお前の力ダ。俺が半殺しにされたら、その力で俺を治してくれヨ」


 弦人はそう言って優しく微笑んだ。


 恵はまた下を向き、沈黙した。

 が、その頬は少し赤らみ、どこか嬉しそうだった。


 弦人は恵にそう言いつつも、初期魔法で回復できる程度で済めばいいけどな、と内心は戦々恐々としていた。


 せめて、もう一段階くらい上の回復魔法でもあれば、少しは気が楽ななんだけどなー......


 そんなことを考えながら、弦人は魔法図鑑にもう一度目をやる。


 ん......


 弦人は魔法図鑑の開かれたページにある違和感を覚えた。

 そして、そのページを睨んだ。


「綾野......このページが回復魔法の1ページ目なのカ?」


「え?そうですけど......」


「攻撃魔法は、この前のページまでで終わりなのカ?」


「はい、そうです......」


「じゃあ、なんで、後ろにこんなにページが残ってるんダ?」


 弦人の言う通り、回復魔法の1ページ目は真ん中を少し過ぎたところで、後ろに半分近くページが残っていた。


「回復魔法はそんなに種類が多いのカ?」


「いえ、毒消しとかも含めて全体の1/4くらいです」


「1/4?」


 弦人はざっくりと目算した。

 前半の攻撃魔法は全体の1/2、そして回復魔法は1/4。


「計算が合わないダロ?残りの1/4はなんなんダ?」


「あー、それは私もよくわかってないんですけど、おまけみないなカンジなんですよ」


「おまけ?」


「なんというか、使っても大して効果がなさそうな魔法ばっかりで。ギルドの他の魔道士の方もあまり話題にしていないので、たぶん役に立たないと思います」


 その話を聞いて弦人はあることが頭に浮かんだ。


 それって、もしかして......


「綾野、そのおまけの魔法の表示も全くでてないのカ?」


「それが、その役に立ちそうにない魔法、結構たくさん表示がでてるんです、私」


 恵はそう言って苦笑いした。


「その魔法の表示はギルドの他のヤツは見たのカ?特に、団長や日野ハ?」


「いえ、誰にも見せてないし、話してもないです。みなさんが期待してたのは回復魔法でしたから、そんなの見せても気に障るだけだと思って」


「綾野、今すぐそれ全部見せてクレ」


「え?でも、言ったとおり役には立たないと思いますよ」


 恵はそう言いながら、魔法図鑑の回復魔法の章をとばして、後ろ1/4のところから1ページずつめくり始めた。


「これと、これと、これと......」


 恵はそう言って、表示がでているページに手をあて、空中に光の文字を表示させる。


 弦人はその文字を一言一句舐めるように読んでいった。


 これも、これも、これも......


「綾野、お前、ゲーム経験ハ?」


「小学校の頃、パズルゲームはよくやってました。ぷるぷるとかテトラスとか」


「RPGハ?」


「あー、実はそういうの苦手で。だから、この世界に来たあとも、けっこういろんなことがピンとこなくて苦労したんですよね......」


 そういうことか......


 恵はこの後ろ1/4の魔法の意味をわかっていなかった。

 そして、その後ろ1/4を恵が習得できることを、ギルドの誰も知らない。


 弦人はくくくっと、悪そうな笑みを浮かべた。


「相馬さん......」


 恵は、絶望的な状況で弦人がいよいよおかしくなったのかと不安になった。


「綾野......団長に勝てる可能性がでてきたゾ」


 弦人は自信たっぷりに満面の笑みでそう言った。


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、1%ナ」


 その数字を聞いて恵はずっこけた。


「たった1%で、なんでそんなに自信満々なんですか!?」


 恵は全力で弦人につっこんだ。


「俺はな、0に限りなく近い確率をすでにクリアしてきてるんだヨ」


 弦人はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「可能性なんて、1%もあれば十分ダ!!」



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