第25話 へ、策? ないけど......

 弦人と恵が飛び出した日の夜、二人はとある森で野宿した。

 小さな簡易のテントを張り、恵みはテントの中で、弦人は外で寝た。

 そして、翌朝。

 日が昇る少し前、東の空が少し明るくなり始めたころ、弦人は目が覚めた。

 そして、いつもの日課の筋トレや素振りをするために起き上がったのとほぼ同時に、テントから恵が顔をだした。


『あ......』


 二人は顔を見合わせて、同じ声が漏れた。


「オハヨウ......」


「おはようございます......」


「早いナ......」


「ええ、習慣で......」


「俺もダ......」


 二人はある意味似た者同士だった。

 人より早く起きて、人より多く研鑽を積もうとする。

 弦人は剣を、恵は魔法を。

 弦人がギルドに入ってから、ほぼ毎日、早朝に顔を合わせていた。


 恵は思った。


 もしかすると、最初からこうなる運命だったのかもしれない......


 恵は今でも昨日のことが信じられなかった。

 あの最強の団長に戦いを挑むことになるなど。

 今でも考えるだけで恐ろしい。

 だが、弦人と顔を合わせて言葉をかわしていると、これが運命なのだという気がしてきて、後悔はなかった。


「よし、始めるカ」


 弦人は立ち上がった。


「相馬さん、それでどういう策があるんですか?」


 恵は弦人に期待の目を向けた。

 これほど無謀な戦いであるにも関わらず、昨日の弦人の態度は自信に満ちていた。

 完璧ではないにしろ一縷の望みがあるような策があるに違いないと、恵は思っていた。


「へ、策?」


 弦人はきょとんとしている。


「え......」


 弦人の様子に恵は急に不安になった。


「まさか、何も無いとか言いませんよね?」


「無いケド」


 弦人の返答に恵は頭を抱えて、激しく後悔した。


 付いて来るんじゃなかった......


「どうするんですか!?相手はあの四宮団長なんですよ!!」


「これから考えル!!」


 食って掛かる恵に、弦人は腕組みをして自信たっぷりにそう答えた。


 恵はそこで初めて理解した。

 昨日、弦人は自信に満ちた目で恵をいざなった。

 だが、その自信には根拠など全くなかったのだ。


「考えるって、何をどう考えるですか!?」


 恵は涙目になりながら叫んだ。


「全くとっかりがないわけじゃないんダ......」


 弦人は自分が寝ていた横の焚火の跡をみた。

 炎はもうほとんど消えているが、妙に煙が多く、その煙が天高くまで昇っていっている。


 次に東の方を見る。

 太陽が山影から顔を出してきていた。


 そろそろか......


 弦人は四方を見回す。

 すると、遠くの方から馬でこちらに向かってくる人影を認めた。


 来た!!


 人影は竜児だった。


「時間がないから、用件だけ済ませるぞ!!」


 竜児は馬から降りるやいなや、後ろの荷物から一冊の本と望遠鏡を取り出し、弦人に渡した。


 昨日、弦人は遠征隊を飛び出すときに密かに竜児に頼み込み、この二つを早朝に持ってきてもらうことになっていたのだ。

 そして、場所の目印として煙の出やすい草木を焚火に混ぜ、狼煙にしていたのだった。


「サンキュ!!」


 弦人は大喜びで本と望遠鏡を受け取った。


「遠征隊が出発するまでに戻らねーとまずいから、俺はもう行く!!どんな策があるのか知らんが、とにかく死ぬなよ!!」


 竜児はそう言って、大急ぎで馬にまたがり、去っていった。


「どうするんですか、それ?」


 恵は怪訝な顔で渡された2つを見た。

 一つは何の変哲もない望遠鏡、そしてもう一つは魔法図鑑だった。


「望遠鏡はあとでどう使うか説明するヨ。まず何より確認しておきたいのがこれなんダ」


 弦人はそう言って、魔法図鑑を掲げた。


「綾野。お前は昨日レベルが3つも上がったが、回復魔法以外は確認してなかったダロ?とにかく使えるものは一つでもかき集めねート。もしかしたら強力な攻撃魔法ガ......」


 弦人は期待に満ちた目でそう語るが、その言葉に恵は落胆した。


「ダメですよ」


「ダメって、何ガ?」


「私、今まで攻撃魔法は一つも習得できていないんです。契約してないってことじゃなくて、魔法図鑑に表示自体が出たことがないんです」


「う......でも、今まで出なかったってだけで、昨日のレベルアップでもしかしたら攻撃魔法も増えてるかもしれないダロ?」


「もし、仮に増えてたとしても、一番最初に覚える攻撃魔法なんですから、初歩の魔法です。とても団長に通用するようなものじゃありません」


「マジカ......」


 弦人はあてが外れて、肩を落とした。


 そして、その様子を見て恵はさらに落胆した。


 私、やっぱり役立たずなんだ......


 恵はまた涙目になり始めていた。


 その様子に気づき、弦人は慌てた。


「おいおい、とにかく見てみようゼ!!攻撃魔法を諦めるのはちゃんと確認してからダ」


 弦人はそう言ってその場にどかりと座り、恵も座るように促した。


「わかりました。とりあえず、見るだけ見てます」


 恵はしぶしぶその場に座り、弦人が置いた魔法図鑑に向き合った。

 恵はそれから黙々と魔法図鑑のページをめくった。

 10ページ、20ページ、30ページ......100ページ


「あのー......表示される魔法があったら、教えてくれヨ......」


あまりに恵がするするとページをめくるので、弦人は不安になり、ついそんなことを言ってしまった。


「表示されてないからめくってるんです!!」


 恵は涙目で少しむっとしながらそう言った。

 その様子をみて弦人はしまったという顔をして黙り込んだ。


 数十分かけて、めくったページは魔法図鑑の半分を超えた。

 そして、半分を超えてあるページで恵の手が止まった。


「ここから回復魔法です......」


「え、それって、ツマリ.......」


 恐る恐る問う弦人に、恵は泣きながら言った。


「攻撃魔法は、ひとつも表示されませんでした!!」



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