第21話 まさか、マジで一人でやるのか?あの人.......

 四宮は抜き身の短剣を片手にゆっくりとフェンリルに歩み寄っていった。


 入れ替わりに、前衛だった団員たちが後方へ退いていく。


「まさか、マジで一人でやるのカ?あの人.......」


「ああ、前回もそうだったよ」


 弦人は驚愕し、静はそれを当たり前のように肯定する。


 フェンリルは歩み寄ってくる四宮を睨み、間合いに入るやいなや、右前足を横薙ぎに払った。

 が、四宮は短剣を素早く左手に持ち替え、右前足の掌球に深く突き刺した。

 フェンリルは疼痛に声を上げながらも、四宮を押しつぶそうと右前足に力を込める。

 しかし、四宮はその細い左腕一本で巨大なフェンリルの前足の力に抗していた。

 そして、涼しい顔で、ぶつぶつと口元を動かしている。

 魔法の呪文詠唱である。

 足の力で押し切れず、しびれを切らしたフェンリルが口を開く。

 咬み切るつもりでフェンリルの口が四宮に襲いかかる。

 フェンリルの口が四宮の上半身を覆ったところで、詠唱が終わり、四宮の魔法が放たれる。


「フレイム・ゲヘナ」


 黒い爆炎がフェンリルの口腔内に炸裂する。

 フェンリルは口と喉を焼かれ、天に向かって鳴き叫ぶ。


 その隙に四宮は右前足の掌球に刺さっていた短剣を引き抜く。

 そして、短剣を右手に持ち替え、刀身を後ろに引いた構えをとる。

 数秒後、短剣の刀身が輝き始める。


 口腔内の炎がおさまり、フェンリルは殺気に満ちた目で四宮を睨む。

 が、フェンリルが攻撃に移るよりも早く四宮のスキルアクションが発動する。

 四宮の放ったスキルアクションは突きの4連撃であった。

 黒紫の4本の光がフェンリルの四肢に命中する。

 フェンリルはまた鳴き叫び、足を折ってその場にへたり込む。


 四宮はスキルアクションを放った直後から、再び呪文詠唱を始めていた。

 そして、詠唱を続けながら、弱ったフェンリルの背中に飛び乗る。


「インフェルヌス・メテオリス」


 左手に黒い炎が宿り、四宮はその手を頭上に掲げる。

 炎は天に解き放たれ、上空に上った後、4つに分かれ、反転して地上に落ちてくる。

 4つの黒い炎はフェンリルの四肢に命中し、足の一本一本を黒く焼き尽くす。


 フェンリルはもう足を動かせなくなり、完全に行動不能になってしまった。


「全隊、遠距離攻撃を体幹下部に当てろ。間違っても俺にあてるなよ」


 四宮はそう指示を出しながら悠々とフェンリルの背を歩いていく。


 団員たちの溜めや詠唱が終わり、スキルアクションと攻撃魔法が次々に飛来し、フェンリルの体幹下部、主に腹部に命中していく。


 四宮はフェンリルの首の付け根にきたところで、短剣を両手で逆手に持ち、切っ先をフェンリルの首に向けて構える。

 刀身が黒紫に光り、光はフェンリルの首を射抜いた。

 フェンリルがもう何度目かの悲鳴をを上げる。


 弦人は唖然としていた。


 強すぎる......

 静も、竜児も手が出なかったというフェンリルを......

 自分よりレベルが上の団員たちが束になっても敵わなかったフェンリルを......

 こんなに易々と追い詰めてしまうなんて......


「全隊攻撃停止」


 四宮左手を上げて、攻撃停止を指示した。


「頃合いだな」


 そう言って、四方を見回し、散らばっている団員たちをみる。


「綾野、出番だ」


 四宮は恵の姿を認め、そう言った。


 自分の名を呼ばれ恵みはびくりと体を震わせた。


「フェンリルはもう虫の息だ。あとはお前でも倒せるだろう」


 四宮はフェンリルの背から飛び降り、恵のほうに歩みよってきた。

 恵は震えながら後ずさる。


「どうした?早くしろ」


 四宮はいつもの笑顔のままだった。

 が、それが余計に恵の恐怖を掻き立てる。


「できません......あんなの酷すぎる........」


 恵は変わり果てたフェンリルの姿を見ながら、震える声でそう言った。

 あまりに一方的で凄惨な戦いに、恵の理性が拒絶反応を示しているのだ。


「ふむ、何を気にしているのか理解に苦しむな。この世界のモンスターが我々の定義する生物と同じものなのかはわかっていない。時間が経てば同じ姿のものがまた現れるんだ。コンピュータの中のモンスターと同じようなものかもしれないぞ」


「でも........」


 恵は泣き出しそうになっていた。


 その様子をみて弦人が飛び出そうとする。

 が、


「動くな」


 いつの間にか真横に立っていた日野が槍の切っ先を弦人の首元に突きつける。


「私たちは今日このためにここに来ている。もしこれを邪魔するのならば、お前を反逆罪で即刻排除する」


 くっ!!


 弦人は無言で静の方を見る。


 静は首を横に振る。


 おそらく、ここは堪えろということなのだろう。


 弦人は恵と四宮のほうに視線を戻す。


「もし仮に、本当にあれがお前が思っているような生物だとするならば、むしろ一刻も早く楽にしてやらなければならないのではないか?言っておくが、お前がやらない限り、誰もあれにとどめを刺さないぞ」


 恵はそう言われてフェンリルのほうを見た。

 フェンリルはひゅーっ、ひゅーっと苦しそうな息をしている。


「わかりました........」


 恵は声を絞り出して了承した。


 四宮は持っていた短剣の鍔を指でもち、柄を恵のほうに差し出す。

 これを使えということだろう。

 恵は短剣を受け取り、恐る恐るフェンリルに近づいていく。


「お前の力なら首が最適だ。できるなら頸動脈を狙え」


 恵は言われるままにフェンリルの首元に歩み寄った。

 そして両手で短剣を順手に持つ。


「ごめんね......」


 恵は小さくそうつぶやき、短剣をフェンリルの首に突き刺した。

 フェンリルはもう悲鳴も上げなかった。


「まだだな。そのまま奥に押し込みながら下に切り裂いていけ。頸動脈が無理でも頸静脈にあたるだろう」


 恵は泣きながら、言われたとおり短剣を押し込み、下におろしていく。

 そして、弾力のある鈍い手ごたえのあと、大量の血が滝のように流れだした。


 数十秒後、フェンリルは目を閉じ、その体は光の粒子に変わり、天に昇っていった。



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