第6話 いやー、すまん......

 弦人は入団手続きのため、静と竜児に連れられギルドの拠点に向うことになった。

 荒らされた家の中を最低限片付け、フレア宛てに置き手紙をして出発した。

 冒険者ギルド“灰色の鷹”の拠点は、ザスキア王国とフレンツェ共和国の国境付近にあり、馬で2日ほどの道のりだった。


 三人は馬を駆け、2日後、国境に近づいていた。

 ザスキアとフレンツェの間には低く細長い山脈があり、山脈の峰に沿って国境線が設定されている。

 その峰の一つに古い城塞がひっそりと佇んでいた。

 この城塞は、ザスキアとフレンツェが国境線を争って小競り合いをしていたときにザスキア側が建てたもので、もう何十年も前に放棄されたが、“灰色の鷹”がザスキア王国から買い取り、改修して拠点に使っているとのことだった。


 三人は外壁の正門前に着いた。

 正門は重く古めかしい鉄格子で閉ざされていた。

 先頭に立っていた静が息を吸い込み、門に向かって声を放った。


「2番隊、霧島、本多!!新入団員1名を連れて戻った!!」


 静の声が響いたあと、中の方で何人かがガヤガヤとやり取りをし、鉄格子の門がゆっくりと引き上げられた。

 三人は中に入り馬を降りた。

 正門から少し離れたところに馬小屋があり、馬を繋いだ。


「さて、早速団長に挨拶、っといきたいところだが、先にその傷をなんとかしないとな」


 静はそう言って弦人の左肩の傷を見た。

 静の応急処置で止血はされているが、傷口は塞がっていないままだ。


「ほんとお前は加減てものを知らないよなー」


 静は目を細めて竜児の方を見た。

 竜児はバツが悪そうに、顔を明後日のほうに背けた。


「なんとかするっていうト?」


「来る途中ちらっと話しただろ?別の隊にヒーラーがいるんだよ。ウチのギルドには一人しかいないんだけどな」


 静の話によると、この世界では、誰もが無制限に魔法を習得できるわけではないらしい。

 個別に適正が分かれており、それぞれ習得できる魔法の系統が異なるのだという。

 複数の系統を同時に習得できる者もいれば、一つも習得できない者もいるらしい。

 特に回復魔法を習得できる者は数が少なく、ヒーラーとして重宝されるのだという。


 静は手近にいた団員に声をかけた。


「綾野が今どこにいるかわかるか?」


「あー、アイツなら、さっきバケツに水をくんで中に入っていってたんで、たぶん、3番隊の部屋の掃除でもしてるんじゃないですか?」


「そうか......ありがとう......」


 静は団員の話を聞いて少し表情を曇らせた。


「行こう」


 静はそう言って、弦人と竜児を連れ、城塞の中に入った。

 静は早足で廊下を進み、階段を登り、目的の部屋へ向った。

 弦人は少し戸惑いながらも歩調を合わせてついていった。


 城塞の2階の一角に目的の部屋はあった。

 扉には“3番隊”と刻まれていた。

 扉は開いており、静はノックもせずに中に入った。

 静は部屋の中を見回し、目的の人物を見つけた。


 その人物は10代後半の少女だった。

 元の世界だったら、おそらく高校1-2年くらいだろうか。

 黒い艷やかな髪を両サイドでくくり、前髪の隙間からクリっとした大きな瞳がのぞいている。

 が、その目はどこか疲れを帯びていた。

 服装は緑を基調とした法衣を着ているのだが、心なしか薄汚れていた。


 少女は床に膝をつき、床に置いたバケツの中で雑巾を絞っていた。


「あ、霧島さん」


 少女は静が入ってきたことに気づき、にっこりと微笑んだ。


「綾野、またアンタ一人で掃除させられてるのか?他の奴らはどうした?」


 静は苛立ちながらそう言った。


「他の皆さんなら、裏庭で修練してます」


「またアイツらは......」


 静は苛立ち紛れに右親指を噛んだ。


「そんなことより霧島さん、そちらの方は相馬弦人さんじゃないですか?」


 少女は、弦人の方に視線を向けた。


 弦人は見知らぬ相手が不意に自分の名を口にしたので少し驚いた。


「覚えてますか?私も今年の神託のときにいたんですよ」


「え?じゃあ、お前も6期なのカ?」


 少女の言葉で弦人は身構えた。


「ええ、私は綾野恵あやの めぐみといいます。安心してください。私は真島さんのルーレットには参加してませんから」


 恵はそう言って微笑んだ。


 弦人はそれを聞いて警戒を緩めた。


 それにしても、こんなヤツいたかな......

 6期の奴らって、宮平も含めて性格悪そうなヤツしかいなかったもんなー......


「そ、そうですよねー......覚えてないですよねー......私、影薄いですから......」


 恵は弦人の表情から、自分が全く覚えられていないことを察し、少ししょんぼりした。


「いやー、すまン......」


 弦人は軽いノリで謝った。


「綾野、すまないが、相馬の傷を治してやってくれないか?礼と言ってはなんだが、私たちも掃除を手伝うから」


「え、それはまずいですよ!!ここは3番隊の部屋なんですから!!2番隊の方々を手伝わせるわけには......」


「いや、こちらとしても見過ごせない.......」


「でも......」


 静と恵がそんな押し問答をしばらくしたあと、結局恵が折れて、弦人の治療の代わりに三人で掃除を手伝うこととなった。


「では、そちらに座って下さい」


 恵は部屋の中央のテーブルに備え付けられていた椅子を引き、弦人を座らせた。

 そして、弦人の右肩の傷口を確認し、呪文の詠唱を始める。

 次第に恵の両手が光りだし、その手を傷口にかざした。

 すると、至極ゆっくりとだが、傷口が塞がっていった。

 10分後には、傷口は跡もわからないくらいになっていた。


「動かしてみてください」


 弦人は言われるまま、肩を前後左右上下に動かす。


「すげー、完全に元通りダ!!ありがとう、綾野!!」


「いえ、お安い御用です」


 恵はそう言って少し頬を赤らめた。


 と、そこで......


「おーい、綾野!!遠藤さんがケガした。すまねーけど......」


 そんなセリフとともに、騎士風の甲冑を着た体格の大きい男が入ってきた。


 弦人とその男は目があって互いの姿を確認する。

 そして......


「あああぁぁぁーっっッ!!」

「あああぁぁぁーっっっ!!」


 二人は互いを指差して、全く同じように驚きの声を上げた。


 その男は、4ヶ月前、神託で弦人に絡んできたあの男であった。



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