4.翠と輝
「――念の為、トドメ刺しとこうか」
ヴェルフが、右足を大きく振り上げる。踵が落とされる先に待っているのは、うつ伏せのまま微かに動こうともがいている格下。
このまま攻撃を行うとうっかり殺してしまうかもしれない。しかし、もしそうなっても、それは弱い者が悪いのだ。
七大魔王である以上、他を圧倒する絶対的な強さを持たねばならない。つまりここでうつ伏せになっている者は、いうなれば魔王失格である。
肩書きだけの魔王など、なんの意味も持たない。それがたとえ赫の魔王因子を受け継ぐ者だとしても、だ。
「じゃあね、ニエル君」
ヴェルフが踵を一直線に振り下ろす。
直撃すれば、命の灯を消すであろう無慈悲な一撃。
しかしその一撃は、突如として飛び出してきた強固な鎖によって阻まれた。
「っ!?」
弾かれた右足にダメージはない。攻撃する
「……!」
ヴェルフは、攻撃の邪魔をした存在に視線を向ける。
女の腕ほどの太さのある鎖。くすんだ金色をしたその鎖の持ち主は、ずしゃっという足音を一定のリズムで鳴らしながら近づいてきた。
「何の用かな? アスラデウス先輩」
左右に垂らした前髪と、黄色の逆立つ髪。頭部に生えた山羊のような捻じ曲がった角が、第五階層の頂点に立つ者――
輝の魔王の両手首、両足首に巻きつけられている鎖が、さきほどのヴェルフの攻撃を阻害した正体である。まるで意志を持っているかのように自在に操られる鎖の先端には、針のような鋭利な剣先が備えられている事もヴェルフは知っている。
「それは……お前の仕業か?」
アスラデウスは黄金色の瞳をヴェルフの足元に向けて言う。
足元には緋色の
「まぁね。思ったより弱かったからビックリしたよ、ハハハッ」
「なるほど……」
アスラデウスは考えるようにゆっくりと瞼を閉じた。
そしてすぐに瞼を開いた瞬間、金色の瞳に憤怒の色を秘めてヴェルフを睨む。
「お前は――――我が相手をする」
「はぁ!? なんで!?」
「問答無用!」
アスラデウスは両腕を振り回し、それに連動するように二本の鎖がヴェルフに向かって襲いかかる。
全方位から狙ってくる攻撃をかわし、ヴェルフは地面を強く蹴って前方に飛び出す。懐に飛び込めば鎖はそれほど驚異ではないからだ。
(ちっ。こんなの予定にないのに……!)
ヴェルフは心の中で舌を打つ。
七大魔王の中で最弱であるはずのニエルを倒して、
予定通りニエルを倒した今、こんな所でアスラデウスの相手をしている暇などないのだ。いち早く蒼の魔王と合流し、無駄な戦いを全て先輩に押し付ける計画なのに。
しかし相手は輝の魔王、生半な相手ではない。むしろ七大魔王の中では強敵と言っていい。それほどの相手が今、ヴェルフに向けて敵意をむき出しにしている。この状況を打破するには、もはや戦闘は避けられない。
「そっちがやる気なら、ボクもやるしかないね……!」
襲ってくる鎖を最低限の動きでかわしながら、ヴェルフは翠の魔王因子を発動する。
目下と両足に翠色の紋脈が浮かび上がり、発光した。
翠の魔王因子が司る能力は『収縮』
アスラデウスとの間にある距離を収縮し、ヴェルフは一瞬で懐に飛び込む。収縮されたエネルギーはヴェルフの周囲に蓄積され、任意のタイミングで衝撃波となって放出される。
一瞬の移動と共に行われた見えざる攻撃。それがアスラデウスの分厚い胸板に直撃した。
「……!」
ぐらつくアスラデウス。しかし屈強な体躯には、大したダメージはないようだった。
それどころかこの状況を予見していたかのように、微塵も視線を外す事なくヴェルフを見据えている。直後、足元からジャリリリという金属音が聞こえた。
(しまった……!)
ヴェルフは足首の違和感に気がつく。しかしもう手遅れだった。
視線を落とすと、足首には鎖が何重にも巻き付いていた。その鎖はアスラデウスの足首から伸びている。
(ほんと……厄介だね、輝の魔王因子。確か、あらゆるモノを屈折させる――だったかな。うーん、ボクの収縮とはあまり相性がよくないな……)
しかし疑問だ。なぜアスラデウスが第一階層に来たのか。
輝の魔王は第五階層の主。ここ第一階層までは距離がある。それなのにわざわざやって来るとは、まさかアスラデウスも自身と同じくニエルが目的だったのか。
だとしたら先に獲物を横取りされた事に苛立って? いや、でもアスラデウスはそんな性格ではない。融通の利かない堅苦しい先輩という印象の方が強い。
とりあえず、理由を聞いておいて損はない。ヴェルフは挑発を交えつつ探りを入れる。
「ねぇ、アスラデウス先輩。そんなにニエル君を横取りされて悔しかったの?」
「……言っている意味がわからんな。我はお前とは違う」
表情をひとつも変えずアスラデウスは答える。
と同時にヴェルフは心の中でなるほど、と思う。アスラデウスがわざわざここに来た理由がなんとなくわかったからだ。
(……ニエル君が理由って訳ね)
ヴェルフは足元に巻き付く頑丈な鎖にチラリと目をやる。
これを解くには手こずるだろう。しかし繋がっているのは向こうも同じ。お互い逃げる事の出来ない
短期で決着をつけるもりならば、足を拘束するような真似はしないはず。つまり、向こうは長期戦を覚悟しているのだろう。それとも時間稼ぎが目的なのか。
理由は定かではないが、今は目の前の邪魔者をどうにかする事に集中するべきだ。
ヴェルフはニィッと笑う。
仮にここで負けたとしても、最後に聖戦に出られればそれでいいのだ。
だからここで終わる訳にはいかない。
天界の奴らに一泡吹かせるのは、他の誰でもなく自分だ。腹の底で
「ごめん、アスラデウス先輩。なんだかボク、楽しくなってきたよ」
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