第94話 知りたい事

 昼餉を終え、片付けを始めた皆をその場に留め、華火は立ち上がった。


「今日から私は、皆の事をもっと知ろうと思う。だからじっくり観察している時があるかもしれないが、許してほしい」


 眩しい太陽の光が溢れる大広間の中で宣言する。

 皆はぽかんとしていたが、紫檀だけは顔を覆ってしまった。


『前にも似たような事があったような……』


 白蛇の呟きが静けさに吸い込まれれば、柘榴が立ち上がった。


「あれだろ? 華火は鍛錬の事言ってんだろ? じゃあまずは俺からでいいぞ!」

「ありがとう、柘榴! それならば、急いで片付けよう!」

「誰か、止めて……」


 柘榴と並んで皿を運べば、後方から紫檀の呟きが聞こえた気がした。


 ***


「よく見ろよ!」

「あぁ!」


 庭の真ん中に陣取り、鍛錬を開始する。

 柘榴の太刀筋を見極め、避ける。彼のように一撃が重い場合、受け止める事をしてはいけないと華火は教わっていた。

 だから最初に仕掛けるのではなく、今からが初手となる。


「天候!」

「そうだ! でもこれはどうだ!?」


 華火がどんなに距離を取ったとしても、やはり送り狐達は遥かに動きが早い。

 だから、この瞬間に印だけを組む。

 これでもう、印を解いても術が発動できる準備は整った。いつでもこの状態にしておく事が大切だと、言われ続けてきた。こうすれば、次の隙を突いて仕掛けられる。

 それを踏まえて、柘榴は地面を抉るように大太刀を振るう。


 柘榴はこうして、私の成長に合わせた鍛錬をしてくれる。


 鉄扇で飛んできた砂つぶてを払い落としながら、柘榴が調整してくれたであろう顔の横を通る切先の下へ潜り込む。


 体を動かす事を心から楽しんでいるからか、こちらも自然と夢中で柘榴との時間に没頭してしまう。

 だが、柘榴と恋仲になったら……?


 鉄扇を持つ手を地面につけ、柘榴の足へ回し蹴りを見舞う。いつもならこれで姿勢を崩すのだが、今日は違った。


「こうなったら終わりだぞ、華火!」


 ぴたりと眼前で止まった柘榴の切先から風圧を感じれば、びっしょりと汗が噴き出す。

 実践は鍛錬とは違う。だからこそ、いつもは捨て去らねばならない。

 それに気付き、ぺたりと尻もちをついた。


「そうか、今か」

「惜しかったな、華火。間近で術を食らわせれば勝機はあったぞ!」


 からっと笑う柘榴が頭をぽんぽんと撫で、手を引いてくれる。


「動けるようになったよなぁ、華火も」

「でも、まだまだだ」

「そう思えるのは成長する奴だけだ」


 いつでも前向きな言葉を掛けてくれる柘榴といられれば、幸せだろう。

 きっと、どんな時も笑っていられる。

 でもそれは、また違った幸せだろうな。


 こうして考えてみれば、幸せにも種類があるのかと気付く。


「そういえば、柘榴はもう父様や母様のことを言わなくなったな」

「そりゃそうだろ。もう華火の事を知ってるからな。雅様と咲耶様の娘なのは変わんねぇけどよ、今は仲間の華火として見てるからな」


 大太刀の汚れを払うように一振りしながら、柘榴は当たり前のように話し続ける。


 仲間。

 それが一番しっくりくるな。


 華火も準備段階であった術を完全に解くように意識し、柘榴との関係を見つめ直した。


「ありがとう、柘榴。今のでわかった」

「ん? もういいのか? まだまだ付き合えるぞ?」

「そうだな……」


 確かにまだ始めたばかり。それならば、今日は柘榴にとことん付き合ってもらうのも悪くない。

 そう華火が決めようとすれば、いつの間にか白藍が近くにいた。


「終わったようだから言わせてもらうが、柘榴の頭が足りなくて残念な事になったな」

「あぁん!? 残念なのはお前の言動だろうが!!」

「よく考えろ、木偶の坊。華火が観察と言ったのはそうのような意味ではない」

「はっ! ちげーよな、華火!」


 いつもの風景を眺めれば、こちらの二匹が共にいる方が似合うなどと思い描いてしまった。

 毎度ここまでじゃれつける相手がいるというのは、幸せに違いない。

 これを伝えたら激怒されるどころではなくなるが、華火の口元は緩んでしまう。


「……白藍の言っている事も正しいが、柘榴を知れたからいいんだ」

「ほらな!」

「理解しないまま胸を張るな。華火も嘲笑してるだろう?」

「嘲笑ではないぞ! あんまりにも柘榴と白藍がおに……」


 しまった!!


 絶対に伝えてはいけない事と思った矢先にこれとは。華火は焦りから二匹を交互に見てしまう。

 そして、声を発した。


「お、鬼のように、喧嘩ばかりするから、困ったものだなと……」


 我ながら酷い言い訳をしたと後悔すれば、柘榴との白藍が目配せした。


「なんか、悪かったな」

「華火にそこまで思われていたとは知らなかった」

「ち、違うんだ! 仲が良すぎて羨ましいなと……!」


 へたりと耳と尾を垂らした柘榴と白藍へ、華火は慌てて取り繕う。

 それが良くなかったのか、彼らの顔が険しくなった。


「仲が……」

「良すぎる……?」


 ぺっと唾でも吐くような動作をする柘榴と、舌打ちする白藍が睨み合う。


「そんな関係じゃねぇよ!!」

「言葉にしなくともわかりきっている」


 あぁっ!!

 私のせいでまた喧嘩が……!


 今度は本気のものになってしまったとわかる程、二匹の空気が変わってしまった。

 だから華火は急いで白藍の手を取った。


「つ、次は白藍の事を知りたい!」

「……鍛錬を選んだ馬鹿はこのままここで励め」

「言われなくてもなぁ、今からやってやるよ!!」

「柘榴、ありがとう!」


 白藍に手を引かれながら柘榴へ手を振る。

 微笑んで応えてくれた柘榴だったが、すぐに気持ちを切り替えたようで、鍛錬を始めていた。


 ***


 向かった先は白藍の部屋。

 しかし、彼はふすまを開け放ったまま、華火と向き合い座る。


「どうして閉めないんだ?」

「今ここには、自分と華火しかいないだろう? だから、こうする方が安心じゃないのか?」

「安心?」

「華火には無用な心配か」

「心配? でも真空と話している時は閉めていたじゃないか」

「そ、それには事情があるのだ……」


 急におどおどし始めた白藍がいきなり立ち上がれば、箪笥を漁り始めた。

 そして抱えて来たものは、狐のぬいぐるみ。

 それを座卓の上に下ろせば、瞳の色で誰のものかわかった。


「これは……!」

「もうここにいるのは自分達だけではないからな」

「でもよく、青鈍達が毛を分けてくれたな」

「いや、言い出したのは木槿むくげだ。ずるいなどと騒ぎ立てるから、渋々従っていたぞ」

「そんな事があったのか」


 見た目から誤解されやすいかもしれないが、白藍は面倒見がいい。

 それに、彼の心を表すようなこの技術。

 きっと恋仲になれば、大切にしてくれるのは間違いない。


 白藍の作る作品はどれも可愛らしい。そこに彼の温かな愛を感じる。


「しかも、真空のものあるじゃないか」

「これも、頼まれた。そのお陰で黎明のも作り始めた」

「黎明もか!」

「黎明の場合は真空の隣に置いてくれと指示まであった。これら全てが完成したら、神棚へ飾る。もう少し待っていてくれ」


 これを隠すために、真空と話し合いをしていた時、ふすまを閉めたのだろう。

 まさか彼女がこんな嬉しい贈り物をしてくれた事に、嬉しすぎて笑みがこぼれる。

 それに、作りかけのものが混ざっていると思えば、ちゃっかりしている黎明にも笑えてくる。


「ありがとうな、白藍」

「礼を言われる程の事でもないが、華火が笑えたのならいい」

「笑える?」

「最近、何処となく様子がおかしく見えていたからな。今日も妙な事を言い出したが、迷いがなくなったように思えた。で、華火は本当は、何を知りたい?」


 ここまで気付いて見守る事をしてくれていた白藍には、感謝しかない。

 このような仲間に恵まれた事を、幸せに思う。


「白藍の言う通りだ。でも、もうわかった。白藍もやはり大切な仲間だ」

「仲間として不安に思う事があれば、いつでも話せ。不安がなくなるまで付き合ってやる」


 兄のような白藍の発言に、華火は微笑み頷いた。

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