第二部

幕間

紫檀の心境

 予言の騒動が一段落したかと思えば、新年の予言がまた不穏なものだった。

 けれど、それを気にする暇もなくなる送り狐の冬。月の無い夜に、今日も紫檀達は障りを宿す者と対峙していた。


「今夜は新月だから、いつも以上に気を引き締めんのよ」


 言葉にせずともわかっているだろうが、月白と裏葉にとっては初めての深い闇の夜。送り狐の見習いとして同行させているのもあり、念を押しておく。

 頷く姿を確認すれば、華火までもが真剣な顔をして首を縦に振る。そんな彼女の真面目さと緊張が伝わり、思わずぽん! と頭を撫でた。


「さすがはあたし達の統率者ね。そこまで肩肘張らなくてもいいけど、誰かさん達にも見習ってほしいわぁ」


 驚き顔の華火に微笑み、後方にいる青鈍と木槿むくげへ声を掛けた。やる気のない返事が聞こえたが、彼らにも送り狐の血が流れている。今は封印された微々たる力だとしても、障りへ影響を与える事ができるのは二匹も自覚している。

 だからこそ、嫌々ながらも行動を共にしているのだろう。


「結界は張ったけど、動かないね。やり過ごそうとしているのかな? それとも……」


 山吹が場を整えたが、静まり返ったままだ。けれど、それぞれが得物を構える。

 断罪役の黎明も同行しているが、結界の外で色加美の見廻役の犬神と待機させている。それを視界の端に捉えながら、紫檀は軽く息を吐いた。


 華火が予言の白狐って知られそうな時は黎明に犬神を任せるってなってるけど、お役目をこうして見張られているのはやっぱり嫌よねぇ。


 今いる場所は神社の境内。

 少し前、ここに御祭神が増えたとの話を聞いてはいた。しかしその時に良くないものを運び込んだようで、神事を支えるお役目の狐から助けを乞われた。

 要は、御祭神として運び込まれた石の中にが紛れているという事だ。


「俺達に怖気付いてんじゃねぇか?」

「散々嫌な気配をばら撒いているのにか?」


 柘榴がぽろりと言葉をこぼすが、白藍は前だけを睨み付ける。


「待ってる、とか?」


 玄の発言に、誰もが話すのをやめた。

 ならばと、紫檀が前へ出た。


「どんな理由で待ってんのか、あたしが聞いてやろうじゃないの」


 自身の発言で、各々が散らばる。

 山吹の後ろには、華火・月白・裏葉と、いつも通りの配置だ。

 それを確認し、薙刀を脇に挟みつつ、紫檀は巻物に藤色の狐を描く。


「何が望みだ?」


 中にいるのはきっと生者。障りを宿す魂の存在ならば、神域を嫌うはずだ。

 しかしまだ、決めつけてはいけない。時の流れと共に進化している者もいる。

 それが分かり次第、向き合い方を決める。だから紫檀は目を凝らす。

 すると、華火が契約を発動した。


「百花斉放」


 ずいぶんと上達したわねぇ。


 感情に流されず、金に輝く事もない。華火の心の成長を確かに感じる。同時に温かな力で満たされ、紫檀は薙刀を構えた。


「軽く炙ってやんな!」


 自身の声に反応した藤色の巨大な狐の口から、同色の炎が放たれる。

 すると、御祭神の艶やかな丸石が大きく揺れた。


『誠に残念である。この地に住まう者は妖ですら無礼者であったか』


 やっぱり生きてるわね。


 会話ができるのは生者の証拠。ならば障りを祓い、元に戻す事が色加美の送り狐のお役目だ。


「わっかんないわよ。でもね、障りを宿してんのだけはわかるわよ」

『障りではない! 我は神なのだ!』


 あら、懐かしい。


『わしはここの守り神。送り狐とて手出しする事は許さん!』


 紫檀の頭に白蛇と出会った当初の言葉が浮かび、思わず口角を上げる。


 人間から直接崇められてきた妖はやっぱり強いのよね。

 だから、きちんと向き合ってやろうじゃない。


 どうしてこうなってしまったのかは、ぶつかり合いながら知るしかない。だから紫檀は声を張り上げた。


「立派な妖が相手だ。送るのは障りだけ。わかったな、みんな!!」


 これを合図に、戦いが始まった。


 ***


 青鈍と木槿が本気で葬ろうとしたのが功を奏したのか、そこまで時間をかけずに力を削る事ができた。

 そしてこの妖は、北の地に多く住まう岩の中に潜む者だとわかった。この者達は自身が隠れ住むと決めた岩の移動を嫌う。


 障りを払い話を聞けば、初めはほんの些細ないたずらを人間に仕掛けたそうだ。するとそれが人間を助ける事に繋がり、神聖な岩として祠を作られ大切にされたようだった。

 しかしたくさんの手が触れ、いつしか艶のある丸い石へ姿を変えれば、それに目を付けた人間がなんの断りもなくいきなり移動させたというもの。それも、幾度となく。


 それに腹を立てたのは、その地にいた人間を愛していたからだろう。だからこそ、元の場所に戻りたい一心で人間を恨んだようだ。


「もうその祠には戻れないけど、他の石へ移って近くまで運んでもらう?」

『出来るのか?』

「上同士の話がうまくまとまれば、ね」


 蘇芳様に報告したけど、どうなるかしら。


 やはり障りを宿した妖は恐れられる。

 そして、罰も種族による。

 なのでここからは、蘇芳達相談役に任せる他ない。

 そこまで考えていれば、華火が袖を引いてきた。


「私達にも何か出来る事があるんじゃないか?」


 訴えかけてくる金の瞳に惹き込まれそうになるが、懐かしい声が止めに入る。


『私達に出来る事をするしかないじゃない!』


「……紫檀?」

「……そうねぇ。出来る事を、しましょうか」


 やっぱり心根が似ている、華火は。

 だから惹かれる部分もあるんだろうな。

 それにあの金の雨で気分が高揚しただけで、冷静になった今、俺の本心がわからない。


 華火に心配をかけてしまい、余計な考えに思考を乱される。

 遠い昔に別れた者なのに、今でも鮮明に思い出す彼女の最期。もう二度とあんな思いはしたくない。

 そして、華火にはそんな道を辿らせたくないと強く願う。


 それなら、俺はこれからどうするんだ?


 統率者としての華火の成長を見守りたい。けれどそこへ私情を挟むのなら、妨げにしかならない。

 ならばいっそ、昔の面影を追い続けるこんな感情ごと捨て去り、華火とはきっちり線を引くべきだと答えが出る。

 それなのに、紫檀の胸に宿るのはいつまでも続く痛みだった。


 ***


 新月の夜が終わり、紫檀達がした事と言えば、岩探し。これは栃に頼んだので早かった。紫檀が岩の妖が望んだものを書き記し、すぐに手配してくれたのだ。


「栃殿、世話をかけた」

「いえいえ。これが自分の本分ですし、なんも問題ないですよ」


 朝になれば社に蘇芳と栃が訪れた。お互い微笑みながらの対話だが、栃のふっくらした尾は緊張の為にぴん! と張ったままだ。


「蘇芳様、よろしくお願いします」

「任された」


 華火のしっかりとした声に、蘇芳が柔らかな表情を見せる。


『迷惑をかけた。そしてまた、迷惑をかける。しかしながら、今回救っていただいた命。大切に生を全うすると誓っておく』


 立派な岩から優しく響く声を聞き、華火が嬉しそうに微笑む。


「このような時に伝える言葉ではないかもしれませんが、新たな縁を紡げた事、とても嬉しく思います。どうかお元気で」


 華火らしいっちゃ、華火らしいわね。


 皆が見守る中、このような言葉を伝えられる彼女の純粋さを紫檀は眩しく思う。けれど今回は運が良かった。そうでなかった時、華火は乗り越えられるのだろうかと、不安がよぎる。


『ほほっ。また無茶をしたようで。その考えを貫き通す姿勢に、どれ程の者達が救われているか。ですから、何があろうともそんな顔をする必要はない。それもまた、必要な道』


 考えに耽っていたようで、いつの間にか白蛇が近くにいた。そして自身の考えも視線から筒抜けだったようで、思わず紫檀は頭をかいた。


 今回、障りを宿した妖への処罰は、動かない事。そして、北の地の管轄の送り狐と犬神が定期的に様子を見る事となった。

 詳しい内容としては、今後岩が移動されそうになるのならば、好みなど構わず移り住めというもので手打ちになった。


 蘇芳の話から察するに、妖狐としては犠牲なく障りを祓えた実績がまた出来た事に感謝すらしているのが窺える。

 昨年の予言の犠牲になった障りを宿した印付きの件を含め、認識を変えていく流れを作りたいのだろう。


「あーあ、指南所にいた時も思ってたけど、甘いよねぇ?」

「この甘さがいつか命取りになるだろーな」


 一応空気を読んだのか、蘇芳達がいなくなった途端、木槿と青鈍が本音を話し出す。いち早く社の中へ向かい出す彼らに、月白と裏葉も続く。それを見て、紫檀は癖になったため息をつく。


 あいつらの目的は果たせてるし、これからが大変ねぇ……。


 予言の白狐探しに利用してきた者との決着はついた。ならば、もうここに用はない。今いるのは縛られているから。

 だから本当の意味で、これからが皆で絆を深める時になる。それを予想すれば、またも紫檀の口から勝手に息がもれていた。

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