第17話 深い結び付き
結界が消えた屋敷森に雨が降る。
少しばかり視界が悪くなった中、柘榴は面をつけた男狐を睨みつけた。
「わかっているな?」
「おうよ!」
白藍に確認され、柘榴は走り出す。
「俺達が相手にすんのは術者のみだ!」
幻術だとわかった今、目の前にいる黒く巨大な障りの動きだけを気にしながら、面をつけた男狐を倒すまで。そうしなければ、終わりは見えてこない。
しかし突然、障りから猛獣が獲物を狩るように動く巨大な両手が出現し、柘榴と白藍を襲う。
「くそっ!」
「ちっ!」
一度大きく後退し、距離を取る。
けれどその腕は伸び続け、柘榴と白藍を捕らえようと執拗に追いかけてくる。
「近付けねぇぞ!」
「自分が行く」
うねり狂う手をすんでの所でかわしながら、白藍が障りの懐へ飛び込む。そのまま中へ取り込もうとしている両手が彼を抱き込もうとするが、それより早く、白藍が横一文字に斬り込む。
その間に、柘榴は後ろへ回り込む。
しかし、分裂した障りに行手を阻まれた。
「おぉ。恐ろしい」
「大変だな、送り狐も」
左奥にいる男狐は、薄い緑色の炎をまとう龍笛で手を打ち、感心したような声を出す。それに対して右奥にいる男狐は、銀に輝く刀を地面に突き立てている。
「こいつ、去年の冬に送った奴と似てるよな」
「……柘榴、森を出るぞ」
小さくはなったが、厄介な手は増える。それらをいなしながら、柘榴は思った事を口にした。
それに答える白藍は障りから距離を取るように飛び退く。そして、自分の近くへ着地したと同時に駆け出した。
「でもよ、結界もないのにあれ連れて出るのか?」
「馬鹿が。あれはまやかしだ」
遅れて走り出した柘榴が白藍へ並ぶ。そして気になる事を告げれば、この言葉を吐き捨てられた。
結界を張らない場合、建物は壊れなくとも影響は出る。それが老朽化を早める場合もあり、敏感な人間には障りの影響が出て、病に伏せる事もある。
だからたとえ幻影だとしても影響はないのか、柘榴は心配になった。
「俺達が森から出れば民家があるだろ?」
「これは自分達の記憶から作られるまやかしだ。仕掛けはここだ」
横を走る白藍が目線を一瞬だけ下へ落とす。
「まさか、森自体か?」
「柘榴、白藍」
どうしてそう思うのか尋ねようとした時、前方に華火の両親がいた。
「あっ! 雅様に咲耶様! あのですね――」
「やり方を変えたか」
誰かが連絡したのかと思い、柘榴は慌てて華火の身に危険が迫っている事を伝えようとする。
しかし、呟く白藍が斬りかかった。
「やめろ!」
「いい加減学べ、木偶の坊」
すると、白藍の刃が届く前に華火の両親は消えた。
「やはり、気付かれない程度の霊力を馴染ませただけでは、浸れないか」
「この下準備に、どれだけの時間をかけたと思いますか?」
後方からの声に、柘榴も白藍も振り向く。
すると、薄緑色に輝く龍笛の
「ですから、もう少しだけ引き止めさせていただきましょう」
「なんだと!?」
柘榴が飛びかかろうとすれば、身体の中がぐらついた。
「がっ!」
「何を、奏でている!?」
柘榴は思わず胸を押さえるが、何も音は聴こえない。だが、白藍は何かに気付いているようだった。
しかしそれを問おうにも、自分の身体から何かを引きずり出されるような感覚に、指先が痺れ始める。
「本来ならばこういう使い方は――、ん?」
龍笛を吹いていない方の男狐の袖から、管狐が姿を現す。そして、何やら言伝を聞いているのだけがわかった。
「なるほど。ならばもう用はない」
男狐がそう言えば、管狐は袖の中へと姿を消す。管狐は他の竹筒の中も行き来できる為、仲間からの連絡だろうと、柘榴は見当をつけた。
すると、龍笛を吹いていた男狐の手が止まった。
「はずれでしたか」
「そのようだ」
ようやく身体は自由になったが、息が上がり、冷や汗が止まらない。
そんな柘榴と白藍へ、銀の目の男狐がちらりと視線を寄越した。
「すまんな。間違いだったようだ」
「何、言ってんだ!?」
納得のいく理由もなく、男狐達は背を向けようとした。
それに柘榴は怒鳴るが、またも先程の感覚が身体を支配する。
「もう争う理由はない。二度と会う事もないだろう」
銀に光る刀から炎は消え失せたが、龍笛は輝きを放ちつつ、吹かれている。
そして男狐達は、こちらに背を向け歩き出した。
くそ……。
あの笛、何が……。
意識が遠のきそうになった瞬間、柘榴の中を、何かが掠った。
なん、だ?
その正体を探ろうとすれば、華火の声がする。
これまで彼女が抑え込んでいたものを、全て曝け出すように聴こえ続ける。
足を引っ張るという言葉の意味は、ここから……。
柘榴の中にやるせない怒りが膨れ上がる瞬間、力強くも温かな何かが結び付く。
「これは……」
「まさか……」
柘榴に続き白藍も、呟く事ができる。
それぐらい、自分の中から引きずり出されそうになっていたものが、しっかりと繋ぎ止められたのがわかった。
そこへ、落雷にでも撃たれたような衝撃を受け、思わず胸を押さえた。
「華火が、そばにいる」
「あぁ。自分達の統率者は、確かに華火となった」
契約をしたとしても、選ぶのは送り狐。
もし自身と合わない波長の者だった場合、胸の勾玉を取り出せば契約破棄となる。
そして華火との契約に、違和感はなかった。
けれど、柘榴達は華火を大社へ帰す日が来るかもしれないその時に、契約を破棄する予定でいた。
しかし華火と過ごす内に、彼女のひたむきな強さに、皆が同族として心惹かれていた。あの真っ直ぐさは見ているだけで初心を思い出せ、お役目にも精を出せた。
だからこそ、このように心繋がった事に、魂が喜ぶのがわかる。
「俺達は」
「自分のすべき事をするまで」
柘榴が呟けば、続きを白藍が紡ぐ。
そしてお互い、得物を握り直した。
今までにない力が出せそうだ。
そう思い走れば、足の軽さに驚く。
「まだ、こっちの用は済んじゃいねぇ!!」
霊力を込めた太刀を振るえば、自分が思った以上に燃え盛る真紅の炎が放たれる。
「何故動ける?」
歩いていた男狐達が左右に跳び、かわす。そして銀の目の白狐が呟けは、白藍の炎が地面を水平に走るのが見えた。
「私の力が及ばないようですね」
龍笛を吹くのをやめた男狐がそう呟く。
そのまま男狐達はこちら側に一回転して着地し、またも炎を避ける。
けれど、しゃがみ込む男狐達が顔を上げた眼前に、柘榴と白藍は刃を突きつけた。
「華火を狙う理由は予言か?」
白藍が問えば、銀の目の男狐が笑う。
「自分達は見ての通り、戦い慣れていない。だからな、もう終いにさせてもらう」
龍笛を吹いていた男狐も、帯刀はしていた。それなのに、銀の目の男狐がそう言い切れば、白狐達は銀の炎に包まれ、姿を消した。
「待て!」
柘榴は急いで太刀を振るうが、空を切る。
「まだ近くにいるはず――」
「戻るぞ」
姿を隠す術でも使われたのかと思い、探し出そうとした柘榴の肩を白藍に掴まれる。
「でもよ!」
「こちらが不利だ。姿を隠されたまま、また障りと戦わされる前に退くぞ」
「……わかったよ」
まだ森の中という事もあり、惑わされぬ内に柘榴と白藍は駆け抜ける。
「もう用は無いと言っていたが、皆の無事の確認を急ぐぞ」
白藍の言葉に、柘榴は悔しさを堪えて頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます