東大卒エリート社員の苦悩~大手ハウスメーカー紆余曲折日記~

真山虎次郎

第1話 東大卒エリート社員の苦悩

大手ハウスメーカーに新卒入社してから5年目に突入。


工事部から設計部に異動して半年も経たないというのに…

難物件やダメ上司などいろいろな障壁にブチ当たり、悪戦苦闘の日々を過ごしていました。


そんな中、中田設計部長に高層ビル最上階にあるダイニングバーに呼び出されヤナ予感しかありません…。 



◆ ダイニングバーで告げられたコトとは?


高層ビル最上階にあるダイニングバーに倉本課長と私は足を踏み入れました。奥の一段上がった席に座っていた中田設計部長は私たちに気づくと…


<中田設計部長>

「お~っ!倉本課長にトラジロウ君!忙しいところスマンね!まあ座って!」


と、笑顔で席に誘導されました。


<中田設計部長>

「今日2人を招いたのはね!実は、いい知らせがあるんだよ!」



…いい知らせってなんだ?またどこかに異動???



と思いながら、


<私>

「良い知らせって異動ですか?私はまだ設計部に来て半年ですよ?」


と、ちょっとケゲンそうな感じで言うと、


<中田設計部長>

「実は、トラジロウ君に企画総合研究部に行ってもらおうと思ってね。企画総合研究部の広瀬部長も君の事は何となく知ってるみたいで好印象みたいだし…

あそこの部署はエリート集団だから将来有望だよなあ!現場監督も設計部も企画総合研究部も全部経験したらすごいよね!」


◆ エリート集団の企画総合研究部


企画総合研究部とは解説しますと、別名「住宅総合研究所」と呼ばれています。いわゆるシンクタンク的な部署で、所員はほぼ全員がキャリア籍というエリート集団です。


私のようなノンキャリア籍の社員が配属されるというのは、これまで一度も聞いたことがありません。



ブッチャケ…

ぜんぜん行きたくありません…。



なので、すかさず私は


<私>

「中田部長!私は設計部に来てまだ半年です。設計を経験した内に入りません。しかも、企画総合研究部は高学歴のエリート社員しかいないし…

そもそも研究部門なんて、叩き上げノンキャリアの私には無理です。勉強嫌いの私にはズッと研究室に閉じこもって建材の成分の分析なんて、まったく向いていません。勉強が得意な学術的能力のある人にしたほうがいいと思います。」



驚いた表情で私を見つめる中田部長を横目に私は続けました。



<私>

「中田部長は私のことを将来有望だとおっしゃいましたが…私は入社ルートが企画総合研究部の人たちと違うため、異動したところで給料も上がりません。有望とか出世とか、全然関係無いし、興味もありません。」


私のストレートなモノ言いと中田設計部長の間に挟まれた倉本課長は終始アタフタしていました。


そして中田設計部長は不機嫌そうに、


<中田設計部長>

「何を言ってるんだ!そもそもノンキャリアってなんだよ!自分を卑下するな!がんばればいいじゃないか!企画総合研究部に工事設計技術部門出身者が行くなんて、普通は喜ぶだろ!」


いい加減、頭に来た私は、


<私>

「中田部長!今、工事設計技術部門出身者といいましたよね!それを我が社ではノンキャリアと言うんです。

ウチの会社のオカシイ所は、入社時の『籍』がずっとツイテくるということです。私の給料とキャリア籍の社員とでは同期入社でも相当な格差があります。

企画総合研究部は現段階で、おそらく私のようなノンキャリア…いやっ…工事設計技術籍の社員は一人もいません。なので、私がたった一人そこに入ったらどうなると思いますか?

同僚たちと一緒に飲みに行ったりもできません!そもそも人種が違うんですら…。」



この異動で、私の『籍』がノンキャリア籍からキャリア籍に転籍になるということは絶対にありません。



当時、私が在席していた大手ハウスメーカーでは、このような理不尽で不可解なことが多々ありました。


◆ 『キャリアとノンキャリア』について大激論


その後も中田部長と私の激論は3時間以上続きました。


間に挟まれ終始無言だった倉本課長が、


<倉本課長>

「中田部長…もう遅いですし…そろそろ終わりにしませんか?」


<中田設計部長>

「倉本課長は先に帰ってくれ!遅くまで悪かったね。いや、ホント帰っていいよ!俺はトラジロウとまだ話をするから。」


とはいうものの中田設計部長は帰れるわけもなく、そのまま3人の夜は続きました。



<中田設計部長>

「おいッ!トラジロウ!オマエ…結構ハッキリ主張するんだな~。温厚な奴かと思ってたけど…。

いやっ、ケナシてるわけじゃないよ!工事と設計は何かと衝突したりして仲が悪かったりするんだけど…オマエは設計部でも評判が良かったもんな。

若手や新人たちも設計部のミスなのに工事部のオマエに助けられたってよく言ってたぞ。」


<私>

「誤解のないようにハッキリ言っておきますけど…お金がすべてだとは思ってません!

ただ…大手企業で終身雇用年功序列な我が社では、給料体系を筆頭に理不尽なことが多いと言いたいんです。

まったく同じ仕事をしても入社ルートの『籍』のおかげで一生格差があったり…優秀社員が損してダメ社員が得したり、私の異動だって単純に動かしやすいからですよね?」



という感じで私の独壇場になってしまい、中田部長も倉本課長も呆気に取られていました。



その当時から私は、

「言うべきことはそれなりに主張し真実に背を向けない」

と決めていましたから…


さらに私は続けました。


<私>

「私が現場監督当時、設計部の新人や若手社員を気遣ったり協力したりしたことに理由なんてありません!私がそうしたいと思ったからそうしたまでです。

でも…結果、今はそんな彼らに助けられています。」


<中田設計部長>

「オマエのスタンスは良く解かった。確かにそうだな…。

みんな意外とサラリーマン気質だから、俺が何か言ってもオマエみたいにイイ意味で食らいついてきてくれないんだよ。

それはそうとして、実は…

設計部から誰か企画総合研究部に来月異動させなきゃいけないんだ。」


<私>

「なんだ~、そんなの早く言ってくださいよ!高橋さんでいいじゃないですか?そもそもキャリア籍で東大卒ですしね!」


◆ 設計部では大苦戦のキャリア籍社員


高橋さんは私より2年先輩で人柄も良く、東大卒のキャリア籍の社員です。


前にも解説しましたが、当時の工事部(施工管理部)にキャリア籍の社員は一人もいませんでした。しかし、東京の設計部には全部で30人位の設計グループの中に、中田設計部長を含め5〜6人のキャリア籍の社員が在籍していました。他の20数名は私と同じノンキャリア籍です。


奇妙なことに、高橋さんを含む高学歴のキャリア籍の人たちは設計部で大苦戦を強いられていました。


建築の設計はグレーな部分が多く、いわゆる『1+1=2』にならないことが多々あります。そのため、あまり深く追求せず、とりあえず仮決めしておいてドンドン前に進めていかなければなりません。


私のような叩き上げのノンキャリアであれば、「こんなの無理だろ!とりあえずテキトウに数字をブチ込んで進めてけッ!」と、ドンドンすっ飛ばして進めていくところを…

東大卒の高橋さんは、まだ何も決まっていない段階から資料や図面等を仕上げてしまうような完璧主義者でした。

しかし建築の設計は、役所から承認がおりなかったり、お客様から変更を告げられて全部一からやり直しになったりすることが多々あります。



高橋さんの仕事のやり方ではいくら時間があっても足りません。



おそらく東大卒の高橋さんは、子供の頃からテストでは100点しか取ったことがないと思われます。なので、当然、仕事でも本能的に100点を取りにいきます。


ですが、悲しいかな、そもそも建築設計は明確な答えがない上、変更も日常茶飯事なため100点を取るという概念自体、存在しないのです。


要は、イイカゲンではなく…いい意味で『良い加減』なところがないと、建築の設計はできません。


決してテキトウという事ではありません。こだわるところはトコトンこだわって、グレーな部分や細かく計算してムダなところはアタリを付けて適度に進めていかなくてはならないということです。


◆ 高橋さんを適材適所な企画総合研究部へ


ということで、高橋さんは温厚で一所懸命なイイ人だったので、私は設計部で大苦戦している彼を常にかわいそうだと思っていました。


<中田設計部長>

「え~、高橋がいいんじゃないかって!?でもアイツ、この前ちょっと話したんだけど…今は設計部で苦戦してるけど絶対に成果を出すってヤル気マンマンだったぞ!」


<私>

「中田部長…察してあげてくださいよ…そんなの社交辞令に決まってるじゃないですか!

設計部長に面と向かって

「設計は向いてないから異動したいです」

って言えるわけないですよね?!」


<中田設計部長>

「えッ!そうなの!?やっぱり俺って本音でしゃべってもらえないタイプなのかな~…」


<私>

「まあ、そうでしょうね。ちょっと冷たそうな強面だし、頭もすごくイイですし…好き嫌いというよりも、すべてを見透かされてそうで…。

正直に言いますと、私も最初は苦手意識がありましたよ。今日、たくさんお話をさせていただいたので今は全然大丈夫ですけど。

高橋さん、自分に設計は向いてない、企画総合研究部に行きたいって言ってました。

あっ!ヤバイ…余計なこと言っちゃった…。高橋さんには絶対に内緒にしておいてくださいね!」


<中田設計部長>

「トラジロウ…ありがとう…。そうかぁ、でも全然わかんなかったな~。部下に本音で話してもらえないって俺もダメだなあ…。」



その日は終電がなくなってしまい、中田部長からタクシー代をもらって帰りました。


◆ 高橋さんからランチの誘い


数日後に、突然、高橋さんから声を掛けられました。


<高橋さん>

「トラジロウ!ちょっと早いけど昼飯行かないか!」


ということで、近くのトンカツ屋で昼飯を食べました。


<高橋さん>

「俺、今度、企画総合研究部に異動になったんだ。もしかして…オマエ、何か中田部長に言った!?」


<私>

「えっ!?いやっ、何も言ってないっス…。


<高橋さん>

「いや、いいよ。良かったよ。俺、設計部はホントに向いてないし苦痛だったから…。企画総合研究部には仲のいい同期もいっぱいいるし、とにかくうれしいよ。明日の朝礼で発表だって言ってたけど、オマエにはその前に話しておきたくてね!」



その時の高橋さんは今まで見たこともないような最高の笑顔でうれしそうに話してくれました。



実際、高橋さんはメチャクチャ頭が良くて(東大だし)学者や研究者っていうタイプの人でした。


このまま設計部に埋もれて苦戦しているよりも、実力を存分に発揮できる研究開発部署で活躍すべき人材です。



そして高橋さんと話をしたのは、この時が最後でした。



あれから長い年月が経ちましたが…


今でもあの時うれしそうに話していた高橋さんのことをフッと思い出します。



【完】

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