第48話 ヒロインVS悪役令嬢
「……ジゼル様、そちらのご令嬢は?」
娘の不在に気づき、顔面蒼白になっている老紳士の元に急ぎ届けねばと思うが、自分に引っ付いたままのアンに、友人たちが羨ましいような訝しむような視線を向けていることに気づいた。まずはこちらの説明が先か。
「コーカス前伯爵の娘さんやで。たまたま控室が隣で、友達になったんや。ほら、アン。おねえちゃんたちにちゃんと挨拶しぃや」
「アン・コーカスです。よろしくお願いします」
ひっぺがして令嬢たちの前に出すと、言葉は拙いが、きれいな所作のカーテシーで挨拶をした。
ここにいる面々は、コーカス伯爵家の内情を知っているのか、アンが年齢よりやけに幼いことに特に言及することはなく、それぞれ名乗って挨拶をした。
……同時に、ぽっと出のじゃじゃ馬がジゼルにじゃれついているのも、致し方ないことだと容認した。
大人の対応である。
「みんな、ジゼルのお友達なの?」
「せやで。アンも仲良うしたってな」
「うん! きれいなおねえちゃんがいっぱいできて、アン嬉しい!」
屈託なく『きれいなおねえちゃん』と言われて気をよくした令嬢たちが、キャッキャと声を上げながら代わる代わる話し相手になっていると、愛娘を探して血相を変えて走り回っていたコーカス氏が、ようやくやってきた。
「た、たびたび申し訳ありません、ジゼル嬢……! ほら、アン。お話の途中で逃げたらダメだろう?」
「だって、パパたちのお話、面白くないもん。それに、あんなガマカエルさんみたいな男の人と、アンは結婚なんかしないんだからね!」
どこぞの令息を忖度も遠慮もなしにぶった切ったアンに、ジゼルたちは必死に失笑を堪えた。
ガマガエルにたとえられた名も知らぬ令息は不憫だし、容姿で人柄を判断すべきではないという常識もわきまえているが、まあ普通に考えて、そんな男と結婚したいと思う女性はかなりの少数派だと思う。
おとぎ話のように、お姫様のキスで素敵な王子様になるわけでもあるまいし。
特にお子様のアンは恋愛や結婚に対し、並みのデビュタントより過剰な夢想を抱いている可能性もあり、失礼ながらガマガエルさんでは土台無理な縁談である。
(まあ、顔面偏差値のせいで婚活ピンチって話やったら、ブサ猫のウチも他人事やないんやけどな……)
ならいっそ外見に恵まれない者同士で……という展開は遠慮したいし、むしろあちら側からお断りされるかもしれない。ただ、モテない者の悲しみだけは共有できそうだな、とか思っているうちに、親娘の間で話が済んだらしい。
「――アンが嫌だなって思うことは、パパは絶対にしないよ。約束する。でも、なんでも嫌だ嫌だってみんなの前で言っちゃうと、アンは悪い子なんだって思われちゃうんだ。そんなの嫌だろう? だから、嫌なことがあった時は、こっそりパパだけに教えてくれるかな? ちゃんと守ってあげるから」
「うん……」
アンはまだふくれっ面をしているが、ごねないところを見ると一応は納得したようだ。
「どうも、お騒がせしました……」
ジゼルたちにペコペコ頭を下げながら、コーカス氏は不満げなアンを連れて迅速に去って行った。ガマガエルさんを待たせているのかもしれない。
「なんというか……嵐のような子でしたね……」
コーカス親娘の後ろ姿をポカンと見送っていると、不意に令嬢の一人が表情を硬くし、すかさず傍にいたロゼッタに耳打ちをする。
短い伝言を受け取ったロゼッタが、すっとジゼルの横に歩み出るのと同時に、後ろからざわめきを背負って二つの足音が響く。
怪訝に思って振り返ると、権力者の風格で人の海を割りながら、ミリアルドとアーメンガートがこちらに向かって歩いてくる姿を捉えた。
もしかしたらコーカス氏は、あの二人を自分たちより先に見つけ、そそくさと逃げたのかもしれない。
アンの突拍子も悪意もない言動は不敬に繋がりかねないし、ミリアルドの前科を踏まえると敵前逃亡は正解と言える。
(それに、ガマガエルさんとの結婚を嫌がっとるアンが、イケメンの殿下とお近づきになったら、絶対『王子様と結婚する!』って言うやろうしなぁ)
控室の出来事も大概だったが、取り返しのつかないカオスにならなくてよかった――と内心安堵しながら、未来の王太子夫妻をジゼルはこうべを垂れて迎え入れた。
「久しいな、ジゼル・ハイマン」
「……お久しぶりです。ミリアルド殿下、アーメンガート嬢。このたびは、ご婚約おめでとうございます」
ただでさえレーリアによって悪目立ちしているのに、これ以上注目を浴びたくない。
形式的な挨拶で穏便にこの場をやり過ごそうとしたが、ミリアルドはそれを鼻で笑って一蹴した。
「ふん。白々しい台詞だが、せいぜいその殊勝な態度を忘れるな――いや、僕の話は今はいい。貴様に用があるのは僕ではなく、アーメンガートだ。ほら、話があるんだろう? 大丈夫、何があっても傍にいて守ってあげるから」
ジゼルには暴君かというくらい冷淡だが、婚約者には相変わらず砂糖を吐きそうなくらいデロデロに甘い。温度差が激しすぎてドン引きだ。
イケメンからの溺愛はライトノベルのテッパンで、乙女の夢ではあるが、こうして第三者の視線から見ると、背筋がゾゾッとするようなやばさが伝わってくる。
人格を疑わざるを得ない……というか、軟禁してる時点でかなり病んでるが、それも含めて四年経ってもまるで成長がなくて、この国の未来が心配になる。
攻略対象である側近たちが、うまくこの恋愛馬鹿を御してくれればいいが。
心配といえばアーメンガートも同じで、まるで人見知りの幼子が親に庇護を求めるように、ミリアルドにピッタリとくっついている。
か弱さと親密さをアピールしているのかもしれないが、こういう時自立した女を演じればもっといいのに――という思考を読んだわけではないだろうが、そっとミリアルドの腕を離れ、一、二歩だけおずおずとジゼルの前に進み出る。
「あの、ジゼル嬢……わたくし、一言お詫びを申し上げたくて……」
「なんです、改まって?」
「今日の舞踏会、わたくしが占いで出た吉日にこだわり、どうしてもこの日がいいと、陛下にわがままを通して開催してもらったんです。だから、ジゼル嬢のお誕生日だったとか、デビューの夜会が予定されていたとか、全然知らなくて……申し訳ありませんでした。ああ、知らなかったからと言って、簡単に許されるとは思っていませんが……」
涙ながらに頭を下げ、懺悔を口にするアーメンガートの健気さと美しさに、周囲からは感嘆のため息が漏れるが、ジゼルたちからすれば「確信犯のくせに何を言ってるんだ」という気持ちでいっぱいだ。
多分レーリアがジゼルの誕生日を言及してきたことで、公爵邸での夜会が潰れたことがどこかで話題に上り、彼女の耳に入ったのだろう。
そのまま放置しておけば悪印象を与えかねないから、早いうちに火消ししておこうという腹積もりだろう。
公の場で謝罪するというのは、誠実さのアピールに繋がるし、若く世間知らずな自分が全面的に悪いと名乗り出れば、今回の件は誰も強く責められないという計算もあっての行動だと思われる。
それは確かに正しく賢い判断ではあるが、ダシに使われたジゼルはあまりいい気分ではない。周りで見ている他の令嬢も同じだろう。
しかし、怒りより呆れの方が大きなジゼルたちとは異なり……この場の誰よりもアーメンガートの印象が最悪なロゼッタからは、今にも罵詈雑言のマシンガンが発射されそうだった。多分脳内ではすでに大惨事のはずだ。
ただ、過去の二の徹を踏むまいと誓っているのか、賢明にも口をつぐんでいた。
多分この中で一番成長したのは彼女だろう。
ことを荒立てても損しかないし、ロゼッタの頑張りを無にしないためにも、今回は素直に利用されてやることにした。
……といっても、負けてやるつもりもなかったが。
「顔を上げてください、アーメンガート嬢。そちらさんから謝ってもらうことは、なんもありません。むしろ、今日呼んでもうろうて感謝してるんですよ」
「感謝、ですか……?」
アーメンガートが潤んだ目をわずかに上げる。
庇護欲をそそる上目遣いだが、いかにもあざと可愛い狙いの計算が透けて見えて、ちっとも萌えない……まあ、自分がやったらただの痛い女なので、クレームをつけるのも筋違いだが。
「ええ。この舞踏会でデビューしたことは、ウチにとって今後のステータスになりますし、ここに出席せぇへんかったら、出会われへんかった人もおります。人生は思い通りにならへんけど、案外無意味なことは起きひんモンやって、勉強させてもらいましたわ。ありがとうございました」
そう言って、アーメンガートよりも深く頭を下げてみせる後ろで、「さすがジゼル様、なんと慈悲深いのでしょう!」と親衛隊たちが心の中で叫びつつ、熱い視線を送っていた。
周囲の様子も、アーメンガートの勇気ある行動を讃えつつも、謝罪に感謝を返して丸く収めたジゼルの対応に感心する雰囲気に代わっていく。
「そう、でしたか……ジゼル嬢はとても前向きで、聡明でいらっしゃるのね。わたくしも見習わなくてはなりませんわね」
不利というほどではないにしろ、己にとって分の悪い空気を感じ取ったのか、アーメンガートは周囲に迎合するようにジゼルを立てつつ、撤退することを決めて婚約者の腕の中へと戻る。
「ジゼル嬢も皆様も、お騒がせして申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
隙のない淑女の微笑みを浮かべ、何事もなかったかのような堂々とした足取りで、ミリアルドと共に人ごみの中へ消えていくアーメンガート。
こうして、思わぬ形で発生したヒロインVS悪役令嬢の対決は、悪役令嬢に軍配が上がった結果になった。
無論この結果はジゼルだけで勝ち得たものではなく、様々な偶然やレーリアの介入があってこそだと誰もが分かっていたし、そもそも大人たちからすれば、所詮はデビュタント同士のじゃれ合い程度にしか認識されていなかった。
なので、このことがきっかけで社交界での派閥の崩れも、どちらの評判も大きく上下することはなかったという。
ただ、中立派の一部にジゼルのファンが増えていたり、親衛隊が首根っこを掴んだ下級貴族たちがおとなしくなったりと、多少アーメンガートに不利な状況にはなっていたが……王太子の庇護下にある分には些細な問題であった。
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