第47話 ブサ猫令嬢、大人気?

初めての舞踏会は、おとぎ話のようなロマンスの欠片もない、波乱万丈の展開だった。

 無敵のお子様令嬢アンの相手に疲弊し、レーリアの乱入事件に度肝を抜かれ、人前で不格好なダンスを晒した。


 それだけでも個人的にいっぱいいっぱいだったが、そんなものはまだ序の口だった。

 ダンスが終わってすぐ、公爵家と付き合いのある人間にダース単位で引き合わされることになっのだが……最初は『ニコニコ笑って、両親の会話に合わせて相槌を打っているだけでいい』と言われてたのに、レーリアのせいで初っ端から目立ってしまったせいか、一気に何人もの紳士淑女に囲まれることになり、あれこれ予定外の質問も飛んできた。


 特に長らく床に臥せていた彼女がピンピンしている姿は、多くの人に衝撃をもたらしたらしく、会う人会う人から献上品について問いかけられることになった。


「レーリア様がご健康になられたという献上品とは、なんなんですの?」

「希少な薬草ですか? 滋養の高いお肉ですか?」

「え、えっと……湯の花ですわ。ベイルードには温泉っちゅー、健康にええ温かい地下水が湧いておりまして、その成分が結晶化したモンで……――」


 忘れた頃にまたもや温泉について一から説明しなくてはならなくなり、正直面倒臭かったが、これ以上温泉が『得体の知れない臭くて熱い地下水』という汚名を被ったまま放置されるのは忍びない。

 元温泉大好き民族として、ここでしっかりアピールしなくては。

 だんだん貴族令嬢ではなく商人の気分になりつつ、ついでに温泉施設がもたらす経済効果も紹介しておいた。


「で、その温泉の湧いたポルカ村なんですけど、村のあちこちに気軽に浸かれる足湯を作りましたら、村人らの足腰の悩みが解消されて、農作業も捗るようになりまして……それと、温泉水はお肌をキレイにしてくれますから、村の娘さんたちもめっちゃモテるようになったとか。その噂を聞いた人らが、ようさん立ち寄ってくれるようになりまして。小さい村やけど、とても活気があるんですわ」


 健康や領地経営に役立つだけでなく、美容にもいいと言う話題を振ると、特に女性陣は面白いように食いついた。

 結婚を控えた若い令嬢だけではなく、そろそろ隠居を考えるような老夫人もだ。女たるもの、いくつになっても外見を美しく保つことに余念がない。


「ああ、そうそう。温泉は美味しいモンも作れるんです。ホカホカの温泉水に浸して作った温泉卵は絶品ですよ。村の食堂では、あっという間に売り切れてまうんです。半熟卵の一種ですけど、ポーチドエッグよりトロトロで……――」


 すっかり村の名物になった温泉卵を熱く語るジゼルに、今度はグルメな貴族たちが食いついた。公爵令嬢が絶賛する食べ物なら、さぞ美味だろうと唾を飲み込んでいる。

 ……実際にはご自宅でご用意できるお湯に、然るべき時間浸けるだけで簡単にできるのだが、手の内を明かさないのができる商人である。


(あれ? 会話の内容が令嬢感ゼロっちゅーか、なんや温泉大使みたいになってるけど……皆さん楽しそうやし、まあええか!)


 ちょっと疑問が頭をかすめたが、自己アピールと場を盛り上げるということに関しては、まあまあ及第点だろう。内容はさておき。


 そうやって温泉の魅力をとうとうと語り、独特の臭いや水質による肌触りの特徴などを教えると、みんな不思議そうな顔をしつつも、実際の効能を目の当たりにした彼らは疑うことなく信じ、「自分たちの領地でも探してみる」と息巻いていた。


 これから何年もしないうちに、新たな温泉地が増えることだろう。

 得体の知れないものだから放置されているだけで、この国のあちこちに源泉はあるとジゼルは思っている。彼らが率先して探してくれれば、温泉は有用な資源として今後重宝されるに違いない。


 だが、投げかけられる質問は何も献上品ばかりではない。

 敏感なファッションセンサーをお持ちの夫人たちからは、正妃様からお褒めの言葉をもらったヒョウ柄のストールも注目されていた。


「レーリア様がおっしゃる通り、ジゼル嬢のお召しのストールは、見たことのない柄ですわね」

「こんな珍しいもの、どこで手に入れたのかしら?」

「領地にいた時に、ガンドール帝国の行商人から仕入れたんですわ。このあたりでは見たことない柄でしたし、似合うっておだてられたモンで、つい買うてしまいまして……」


「ふふ、女であればそういう経験は数知れずありますわ。ですが、確かにお似合いですもの。買われて正解ですわ」

「最近の刺繍の柄は、使い古されていてマンネリ化が進んでいますし、今後はこういう奇抜で目立つものが流行りそう。レビナス・クロースだったわね? わたくしも仕立ててもらおうかしら」

「あら。では、わたくしも」


 ブサ猫のジゼルが着ると、大阪のオバチャン臭しかしなないが、気品あふれる夫人たちが着れば、セレブ感倍増間違いなし、宣伝効果も期待大である。


 そうやって公爵令嬢らしからぬ顔見せをしながら、合間合間に飲み物や軽食をいただいた。

 父が楽しみにするのもよく分かる美味しさだったし、前世で言うところの“映え”のレベルも一級品で、ゆっくり鑑賞しながら味わえなかったのが残念だった。


 ……残念といえば、どこの令息からもダンスに誘われなかったばかりか、お世辞でも「どうです、うちの息子?」というお言葉ももらわなかった。


 非モテ系悪役令嬢確定である。

 そもそも、年頃の令息のジゼルを見る目は総じて「こいつだけは、ねーわ」と無言で訴えていた一方で、ミリアルドにエスコートされるアーメンガートを遠巻きにしながら、だらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 美的センスが正常でなによりである。

 意味不明な溺愛を示してくる、父や兄にも少しは見習ってほしい。


(せやけど、これって行き遅れ確定フラグやん? やっぱ真面目にダイエットせなアカンやろか……)


 これまでもダイエット計画は何度も実行されたが、ことごとく失敗に終わっている。

 体重より身長の伸び率が高い分、ずんぐりむっくりだった幼少期と比べれば、いくらかほっそりとはして見えるが、周りの令嬢から比較すればまだまだおデブである。


 ジゼルが食欲を制御できないというのもあるが、食事やおやつの量を減らそうとすると侍女が「ジゼル様がご病気です!」と叫んで医者を呼ぼうとするし、料理人は「自分の腕が落ちたのでは?」と自害しそうなくらい落ち込むしで、主として出されるままを完食せざるを得ないのだ。


 それなら運動量を増やせという話なのだが、デスクワークが多いので時間がなかなかとれないし、一度庭のランニング中に何もないところでつまずいて以来、過保護な父から運動禁止令が出されてしまった。運動音痴な我が身が憎かった。


 朝晩人目を盗んでストレッチやラジオ体操をしているが、それも焼け石に水以下の効果しかない。

 最後の手段として、セルライト撲滅のエステマッサージを侍女たちにお願いするしかないか……と考えていると、ロゼッタや友人たちがこぞってジゼルの元へやってきた。


 本人たちに自覚はないだろうが、『悪役令嬢とその取り巻き』というタイトルがつきそうな絵面である。

 もちろん、ロゼッタが悪役令嬢枠である。


「ジゼル様、挨拶回りは済みまして?」

「あー、うん。さっき終わったところや。それより、お兄ちゃんは?」

「ハンス様は昔のご学友とお話があるそうです。ちょうど皆さんと合流できましたし、殿方同士の話は退屈ですから、私は抜けてきましたの」


 肩にかかる縦ロールをふわりと払いながら応えるロゼッタは、間違いなく悪役令嬢の貫禄に満ちていた。

 しかし、愛する婚約者を放ったらかしにするとは、なんたることだろう。

 ジゼルが兄の所業にムッとする間もなく、他の令嬢たちが生温かい視線でクスクスと笑いながら、彼女の足りない言葉をフォローしてくる。


「ご安心ください、ジゼル様。ロゼッタ嬢はハンス様の仲を冷やかされるのが恥ずかしくて、私たちをダシに逃げてきただけですから」

「おまけにハンス様が、普段以上にのろけ話をしながらベタベタするので、余計にいたたまれなくなったようで」

「ちょっと、皆さん!?」


「せやったん? そら、お兄ちゃんが悪いことしたなぁ……」

「ジ、ジゼル様に謝っていただくことなど、恐れ多い……! いえ、そもそもハンス様が悪いのではなく、私の不徳の致すところで……!」


 顔を赤くしたり青くしたりしながら、オロオロと言い訳を並べるロゼッタは大いに萌える。

 いつもはロゼッタの扱いがうまい兄だが、場の空気にのぼせて調子に乗ったのだろうが、この顔を見てると、そうなってしまう気持ちも理解できる。


 ロゼッタは美人だし、淑女としても完璧だ。ツンツン尖っていた昔もあれはあれでよかったが、デレの割合の方が高い近頃は「とにかく可愛い」の一言だ。

 もしジゼルが男で、彼女のような婚約者をゲットできたら、そりゃあもう周りに自慢しまくる。断言できる。


 それからしばらくの間、これまで手紙のやり取りが主だった友人たちとおしゃべりに興じていると――


「ジゼル!」

「のわっ!」


 無邪気なかけ声と共に急に背後から抱きつかれ、つんのめりそうになったところをロゼッタがすかさず支えた。

 頼もしい親衛隊副隊長のファインプレーに、平隊員たちは心の中で拍手喝采した。


「大丈夫ですか、ジゼル様」

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