第40話  ヒョウ柄、実装! 


 時は少し流れ、社交シーズン到来を前にして、ハイマン一家は王都のタウンハウスへとやってきた。


 ひと冬預かっていたロゼッタを侯爵家に一度お返しし、感動の家族の再会に涙する……というよりも、「ジゼル様とお別れなんて!」と抱きついて泣いてぐずる彼女を宥めることに手を焼いた。

 普通別れを惜しむなら義妹より婚約者だと思うのだが、ロゼッタ的にはあのピュアで甘酸っぱい健全イベントで、キャパオーバーだったのかもしれない。とジゼルは考えていたが、それは半分外れていた。


 あのカップルには“間接ハグ”という謎の儀式が存在した。


 将来の義父から「健全なお付き合いを」と太い釘を刺されている上、恥ずかしがり屋なロゼッタとできるだけ恋人らしいことをしたいと考えたハンスが、「それならジゼルを介せばいいんじゃない?」と言い出したのがきっかけだった。


 直接触れ合うのではなく、片方がジゼルに抱きついたり手を握ったりして、そのあともう片方が同じようにすればいい。

 ロゼッタからすれば同性という気安さもあるし、ハンスとしてもアーノルドとの約束を守ったという面目も立つ。それに、双方ジゼルの至極のむっちりボディを堪能できるという、なんとも嬉しいオマケつき。


 ……さながら恋人同士で使い回しにされる、ストローのような扱いを受けたとは露知らないジゼルは、「最近やけに二人にくっつかれるなぁ」とは思いながらも、美少女とイケメンに交互に抱きつかれ「なんか知らんけど役得やわぁ」と呑気に構えていた。


 さて、そんなこんなで無事王都の拠点に腰を落ち着けることができたジゼルだが、今年は例年通りのんびりしていられない。


 もうすぐ十四歳の誕生日。

 つまりは、社交界デビューの日が近づいているのだ。


 デビュー会場は前々から定められていた公爵邸。

 ビショップ家と相談し、兄とロゼッタとの婚約発表も同時に行う予定にもしているので、家族はその準備で毎日のようにバタバタしている。

 会場のレイアウト、招待状の送付、食事や酒の手配、人員配置……その他諸々、やることは山積みだ。


 ジゼルも当日に向けてやることはたくさんある。

 礼儀作法の復習、招待客の予習、ダンスの特訓――毎日目の回るような忙しさの中、その日はデビュタントドレスの試着に駆り出されていた。


「とてもよくお似合いですわ、ジゼル様!」


 あとはサイズ調整だけとなった状態のドレスをまとったジゼルを、公爵家御用達の仕立て屋“レビナス・クロース”のお針子たちは手を叩いて褒めそやす。

 リップサービスも大変だなと思いながら、鏡に映る自分を観察した。


 デコルテ部分が小さくひし形に露出している以外、ほぼ全身上質な布とレースで覆われているそのドレスは、ひとえに贅肉隠しのために仕立てたものだ。

 コルセットでボディラインをなだらかにしつつも、ハイウエストの切り替えと緩やかなAラインでポッコリお腹が目立たないようにし、むっちりとした二の腕は肘下まであるラッパ状の袖でごまかしている。


 それでも横幅は人並み以上にあるし、膨張色の白でぽっちゃり具合がさらに際立っているのは難点だが、さすが御用達だけあって、刺繍も縫製も着心地も素晴らしい出来上がりである。


(うーん……せやけど、パンチが足らんわ。紅ショウガを入れ忘れた、お好み焼きみたいなモンや)


 そのたとえは我ながらどうかと思うが、ヒョウ柄もトラ柄も手に入れてしまった今、いまひとつインパクトに欠けるとしか言いようがない。


 かといって、デビュタントがまとうのは基本白一色で、いくら自邸とはいえあんなド派手な柄を着て人前に出ては、自分だけでなく家族も恥をかいてしまう。

 さりとて、今さら手直しをしてもらうのも悪いし、どうしたものかと頭を捻りながら室内を何気なく見回すと、椅子の背にストールが掛かっているのが見えた。


 春といえどもまだ朝晩は肌寒い日が多く、体温調整のために一枚羽織るものがあると重宝するが、それをいちいち人を呼んで出し入れさせるのは面倒なので、ジゼルは自分の手の届くところに置いている。


「あ、せや! ストールや!」


 凍死者が出るほど冬が厳しい分、夏場でも夜は涼しいと感じるエントール王国では、冷え対策としてストールやボレロなどを着用する淑女は多い。

 露出の多いドレスを着つつも羽織り物で覆い、ターゲットの男性に近づいた時に自慢の珠の肌をチラ見せするのが、この国のモテ女の仕草らしいが……ブサ猫令嬢のジゼルには関係のない話だ。


 ドレスの直しをさせず、ヒョウ柄を盛り込むには、ストールを注文するのが一番手っ取り早く、リスクが少ない。

 思い立ったが吉日と、侍女に指示して毛皮を持ってこさせる。


「まあ、なんて派手な生き物なのでしょう!」

「珍しい柄してるでしょ? これはヒョウっていう東の国の肉食動物です。ガンドール帝国の商人さんから仕入れたんですよ」

「異国には不思議な生き物もいるものですねぇ……」


 侍女が毛皮についていたヒョウや虎の頭を見て卒倒しかけたので、布のカバーを被せている。おかげでお針子たちは、独特の柄に驚きながらも興味津々といった様子で眺めたり、毛並みに触れたりしていたが――一番年下らしい少女が、なにやらウズウズした表情をしながら、被せていたカバーに近づき、ペロリとめくってしまった。


「あ……」

「きゃああっ!」


 ジゼルが制止をかける間もなく、至近距離で猛獣の顔面とご対面してしまった少女は、悲鳴を上げながらひっくり返った。

 気絶はしなかったが、小鹿のようにプルプル震えている。


 隠されたものを見たくなるのが人の性。

 カリギュラ効果は異世界も共通らしい。


「も、申し訳ありません! 田舎から出てきたばかりで、好奇心旺盛で……!」

「ほら、アンタもちゃんと謝りなさい!」

「す、すみませんでしたぁ! 気になってつい……!」

「ああ、気にせんでええですよ。こっちがちゃんと説明せぇへんかったんが悪いんやし、驚かせてすんませんでした」


 公爵令嬢の前で無礼を働いたと顔面蒼白になるお針子たちを宥め、傍に控えていた侍女にいつもの飴玉の瓶を持ってこさせて、半泣きの少女に一つ渡す。


 ジゼルは前世でテレビやら動物園やらで大抵の猛獣を見慣れてるから、こういうものだと認識しているが、この国ではそうではない。

 猪や狼など危険な獣は野山に普通にいるが、狩るのも捌くのも屈強な男たちの仕事で、女子供が目の当たりにすることはまずない。田舎者であっても、悲鳴を上げるのも腰が抜けるのも当然だ。


 公爵令嬢の神対応に、お針子たちがそろってキュンとなっているが、別のことを考えていたジゼルは気づいていない。

 毛皮に傷はつけたくないが、これ以上被害が拡大しては困るので、サンプルとして提出する前に頭は切り取ってもらうことにした。今回は柄さえ刺繍できれば問題ない。


「それで、急ぎで悪いんですけど、仕事を頼みたいんです」


 いろいろと場の空気が落ち着いた頃合いを見計らって、本題を切り出す。


「さっきの柄を使うて一枚、このドレスに合わせるストールを作ってほしいんですわ。特急料金に特別手当もお付けします。お願いできますか?」


 お針子たちはお互いに顔を見合わせ、小声で相談を始める。

 この時期はどこの仕立て屋も、社交シーズンに合わせて注文された仕事で、目の回る忙しさだろうし、生地や糸の在庫にも限りがある。

 ましてや初見の柄を刺繍しろというのだから、いくら金を積まれても無理と言われる可能性も高い。


 しかし、公爵家の仕事を蹴ったとなれば店の評判に瑕疵が付く。

 体裁を気にして安請け合いをしたものの、納品できなかったとなれば、もっとまずいことになる。


 そのあたりの兼ね合いをどうつけるのか、協議しているのだろう。

 彼女たちの様子から察するに、概ね受ける方に傾いてはいるようだが――ここであともうひと押し、とっておきの“報酬”を提示する。


「もしこの場でお受けしてくれたら、この柄を当面の間、お宅のお店でしか扱われへんように取り計らいます。こんなナリでも公爵令嬢が着るモンやし、もしかしたら流行るかもしれませんよ?」


 この国のファッションリーダーとまでは行かないものの、多くの貴族に影響力のある公爵家の令嬢が着ているものなら、誰かが真似することもあるだろう。その時に「あの店でしか買えない」となれば、当然利益を独占することができる。


 ……ジゼルは予想もしていなかったが、母も兄嫁ロゼッタもその他親衛隊の令嬢たちも、こぞってヒョウ柄を求めるだろう。売り上げ増は約束されたも同然であった。

 のちのちの利益のために、今できる無理をするかどうか――


「かしこまりました。レビナス・クロースの名に懸けて、お引き受けさせていただきます」


 リーダー格のお針子が「ここでやらねば女が廃る」とばかりに、凛々しい表情で承ってくれた。


「無理言うてすんませんねぇ。ああ、せや。お仕事の合間に摘まめるお菓子も持たせますから、サンプルと一緒に持って帰ってください」


 お菓子と聞いて、女子たちは嬉しそうにキャッキャと声を上げる。

 王都の基本給は他の地域より高いとはいえ、お針子の給金からすればお菓子はやはり贅沢品の部類だ。


 バターと砂糖がたっぷりの焼き菓子と、少し柔らかめに改良したシリアルバーを詰めた箱と、毛皮を包んだ袋を抱え、レビナス・クロースの一団は意気揚々と店に帰還し、すぐさま仕事に取りかかってくれた。


 しかし……その翌日。

 予想もしない報せが、ハイマン公爵家に届けられることになった。

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