第39話 ブサ猫令嬢、神様になる!?

「ほんならそうやね……ヒョウを二枚、虎を二枚、いただきましょか。おいくらです?」


 特に状態のよさそうなものを吟味しつつ、ジゼルはひょいひょいと指さした。

 もちろん頭がついているものだ。

 柄はもちろんのこと、いつか顔部分をデカデカと刺繍してもらうつもりだし、本物の猛獣で被り物を作っても面白そうだ。


 お針子たちが失神しないかが心配だが、見慣れれば大丈夫だろう。多分。


「ま、待て。誰も見向きもしなかったのニ、ほ、本当ニ、買ってくれるのカ? オレたちに、同情してるのカ?」

「そら、ムサカさんたちの事情に同情せんことはないですけど、それだけでいらんモンを買うほど、ウチはお人好しやないですわ。出すんはウチ個人のお財布からですし、使い道があるから買わせてもらいます。ほんで、ナンボ?」


 商品を見せろ言いつつも、どうせ冷やかしだろうと踏んでいたのか、ムサカはちょろけん顔を驚愕で盛大に引きつらせていたが、ジゼルはいたって真面目である。

 インクとペンを持ってこさせ、聞き出した価格を数枚分に分割して小切手に書き込む。


 この場に全額用意させることはできるが、大金を持ち歩くのは物騒だし、小切手で一括換金するにしても同様の不安がある。

 それに、異国人が貴族の小切手を使い大金を引き出そうとすれば、変な疑いをかけられるかもしれない。必要な時に小出しにするのが一番安全だ。


「これを銀行に持っていけば換金できます」

「お、おお……ありがトウ……」


 あまりにトントン拍子にまとまったので、商売が成立した実感が湧かないのか、ムサカはポカンとした顔のままだったが、小切手を受け取ると大事そうに懐に仕舞った。

 それを見届けてから、購入した毛皮を自分の馬車に運ばせる。


「それと、修理代は会社の経費で払いますんで、あとから別に渡しますわ」

「いや、その必要はナイ。この通り大しタことじゃナイし、オレたちも、故郷に帰ることを考えれば、そっちに払う金はナイ」


 彼の言う通り、幾筋かかすり傷がついていたり、塗装が剥がれていたりするくらいで、走行に問題はなさそうだが、まったく補償しないというのもこちらの面子に関わる。

 しかし、だからといって、お金を押し付けるのもまた品がないことでもあり――と悩んでいると、おつかいに出した護衛が戻ってきた。


 ナイスタイミングだ。


「ご苦労さんです。うーん、ええ匂いやぁ……」


 受け取った紙袋の中には、丸いきつね色のブツがぎっしりつまっており、甘くてほっこりとした匂いが漂ってくる。小腹が減ってかなわない。

 つい一つ失敬したくなる気持ちを押さえて、紙袋ごとムサカに差し出す。


「ほんなら、餞別代りにこれどうぞ。お腹減ってるでしょ、皆さんで食べてください」

「これハ……?」

「“回転焼”っていうおやつで、小麦粉と卵の生地に、甘藷の餡を挟んでるんです。庶民も食べとる安いモンですから、遠慮せんと受け取ってください」


 今川焼とか大判焼とか太鼓饅頭とか、その他ご当地名称に事欠かない、日本人にはお馴染みの分厚くて真ん丸な和スイーツである。

 近畿圏ではおおむね回転焼と呼ばれるものの、実際にはあの有名な店名を冠した名称の方が一般的だったりするが……そんな雑学はさておき、もちろんこれを考案したのはジゼルである。


 現物が食べたかったというよりも、目を奪われるような職人技が恋しくなったのがきっかけだ。あれは本気で時間を忘れて見ていられる。

 ポケットマネーで特注の鉄板を作らせ、うろ覚えの職人技を伝授し、見事再現に成功した。


 ただこのあたりでは小豆が手に入らなかったので、元から甘い甘藷やカボチャを餡にしている。

 砂糖が控えめでもお菓子のように甘いし、おまけに原価も安上がりで済む。


 そんな経緯で出来上がった回転焼は、停留所近くに露店を出して売られることになった。

 待ち時間に食べてもらえるし、会社のロゴを焼き印にしているので宣伝も兼ねている――自分そっくりのブサ猫が他人にかじられているというのは、微妙なところだが。


 大阪名物の、焼き立てフワフワのチーズケーキに捺されている、あのコック帽のおじさんと同じ運命だ。

 ともすれば包丁で切られないだけマシか。


 ……という大阪ネタはどうでもいいが、回転焼はあっという間に人気が出た。


 安くて甘いおやつという点もあるが、やはりあの製造工程のパフォーマンスがいい客寄せになった。

 おかげで毎日盛況で、夕方までには売り切れ御免となるほどで、今回これだけまとめ買いできたのはラッキーだった。


 やはり言葉は分からないようだが、いい匂いにつられて駆け寄ってきた腹ペコ少年たちが、キラキラと目を輝かせながら紙袋の中を覗き込み、興奮気味にムサカに早口で訴えている。

 きっと「食べたい!」と言っているに違いない。


 それに後押しされてか、ムサカは礼を言いながら紙袋を受け取ると、少年たちになにやら言ってから、回転焼を一つ掴んでかじった。味見か毒見かのつもりなのだろう。


 万人受けをするシンプルな味とはいえ、スパイスの国の人の舌に合うか少し心配だったが……咀嚼を始めてすぐパッと顔色が明るくなり、嚥下するなり母国語らしい言葉でペラペラとまくし立てると、残りもペロリと平らげてしまった。


 それを見た少年たちは、我先にと紙袋に飛びついて手に取り、真ん丸なおやつにかぶりついた。ブサ猫ロゴもガブリとかじられた。


「おおう」とつぶやくジゼルの前で、みんな一口食べるなりキャッキャとはしゃいでガツガツ食べ始めた。

 よほど空腹だったのだろう。

 勢い余って喉に詰めそうになった者もおり、慌てた仲間から背中を叩かれていたが、すぐにケロリと笑って回転焼を食べ始める。ムサカは呆れたように彼を窘めたが、回転焼を食べる手は止まっていない。


 そうこうしているうちに紙袋はカラッポになり、あんなに詰まっていた回転焼たちは、異国の行商人たちの腹にすべて収まってしまった。

 少年たちが口々に礼をらしき言葉を発し、神でも拝むような仕草を始めた。嬉しいけど照れ臭すぎる。


「……お嬢様、今日から教祖様って呼んでいいですか?」

「やめて。シャレにならん」


 たかが回転焼くらいで新興宗教が勃興しては、たまったものではない。

 ジゼルが困ってるのを察したのか、ムサカは小間使いたちに片づけを命じて下がらせる。


「……それにしても皆さん、ええ食べっぷりでしたなぁ……」


 感心半分呆れ半分でそうジゼルが言えば、ムサカは恥じ入ったように布の巻かれた頭を掻いた。


「すまナイ。だが、あまりにも美味くテ……まともな飯モ久ぶりデ……本当に感謝していル。それと……迷惑をかけテ、ひどいことを言っテ、申し訳なかっタ。自分でモ、なんて馬鹿なことをしたのかト……」

「ムサカさんだけが悪いんやないですよ。自分らを騙した国の人間に、悪意も敵意も持たへんわけがないし、ウチもわざとあおったから、その辺はお相子っちゅーことで」


 自己嫌悪に陥っているのか、一言ごとに頭も肩も落としていくムサカに、ジゼルはあっけらかんと笑ってみせる。

 水に流せることは、さっさと流すに限る。


「それに、お腹減ってると誰でもカリカリするし、思い詰めてロクなことせぇへんモンです。その証拠に、お腹いっぱいになったら、いろんなことが冷静に考えらえるし、つまらんことでも笑えるでしょ?」

「……そうだナ。オレもこの子たちモ、こんなニ笑ったのハ久しぶりダ」


 ちょこまかと働く少年たちを見やるムサカは、先ほどまでの剣呑で攻撃的な空気はどこへやら、とても穏やかな顔をしていた。


 孤独と飢えは体だけでなく心をも蝕み、人を闇に落としてしまう。

グリード地区の人たちや孤児院の子供たちが、同じ王都の住民たちから蔑まれても明るくいられるのは、母のように困った時に手を差し伸べてくれる慈善家がいて、食うものに困らないからだ。

 食いつめて思い詰めたムサカたちを見ていると、本当にそう思う。


 その後、何度も礼と詫びを繰り返し「この恩に報いるため、祖国に帰ったら廟を立てる」とまで言い出したので、必死で止めた。

 異国の、しかもまだ生きている人間を、神格化して祀らないでほしい。

 土着の神様が怒り心頭で呪われたらどうするのだ。


 ……とまあ、かくかくしかじかで、会社の信用を落とすことなく、異国の行商人たちも罪を犯すことがなく、事件は丸く収まった。


 ムサカから高級茶葉を騙し取った悪徳商会はといえば――結論から言えば倒産した。


 初めは富裕層相手に荒稼ぎをし、更なる欲をかいて領主へと魔の手を伸ばしたものの、すでにハイマン公爵家から知らせを受けていた当主の采配により、カモにならずに済んだ。

 ジゼルの予想通り王都に売って出ようとしたが、そこでも公爵家の威光が邪魔をして、商売はあがったりだった。


 また時を同じくして、ベイルードの商工組合から通達を受けた同業者たちは、こぞってその商会との取引をやめた。多少の賄賂や口利きくらいなら目をつぶっただろうが、悪辣な犯罪に手を染めた人間と関わりたくないのは、いたって普通の感覚だ。


 もちろん、従業員たちも次々と辞めていった。

 略奪に関わった者もそうでない者も関係なく。

 これ以上悪事に加担したくないという良心からでもあり、給金が払われなくなったからでもあった。


 こうして何もかもを失った店主は、奪った品を領主に“献上”という形で手放し、家族で田舎に引きこもることにしたようだ。


 犯罪の証拠を、しかも大量に置き去りにされて頭を抱えたあちらの領主は、恩義のある公爵と協議して、双方の領地で信頼のおける紹介を通じて捌き、利益の一部を異国人のための基金にするという取り決めをした。

 ……そこにジゼルが一枚噛んでいるのは、言わずもがなだ。


「結局、悪徳商人は法で裁くことはでけへんかったし、故郷に帰ったムサカさんに利益を分配することもでけへんし、ほんならあとは、他の困っている異国人を救うことに使うしかあらへんやろ」


 ジゼルがそう父に進言したおかげで、ムサカ同様に窮地に立たされた異国人が何人も救われた。

 また、これを恒久的な仕組みにするため、異国人らのための商工組合も結成されることになるが――それはずっと未来の話。

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