第37話 ブサ猫令嬢VS異国の商人

「そこまで騒ぐなら、憲兵を呼んでもよかったのでは?」

「そうしたいのはやまやまでしたが……『大事おおごとにすれば世界中にお前たちの悪評をばら撒く』と言われれば、私どもの一存ではとても踏み切れません……」


 テッドがもっともらしいことを言うが、職員は薄毛の頭髪を力なくフルフルと振った。


 彼らの判断は正しい。

 もし憲兵を呼んだ結果、牢にぶち込まれることになっても、大した罪ではないので一晩で出してもらえるだろう。商人らしく金を握らせ、なかったことにするかもしれない。

 どちらにしても、行商人たちはすぐに解放されて、宣言通りブサネコ・カンパニーに対するネガティブキャンペーンを行うだろう。


 ジゼルの人徳もあって領民は信じないだろうが、他の領地ではそうもいかない。民だけでなく領主である貴族たちの耳に入れば、今後の社交界での評判にも傷がつく。会社だけでなく公爵家にもダメージが大きい。

 その想像がついたのか、テッドも素直に「失礼しました」と述べる。


「うわ、えげつないなぁ……商売は信用が命やってことは、商人さんなだけによう分かってるんやろうな。つまらん噂話も、尾ひれがついて広まったら収拾つかへんし、相手さんは定住せぇへん身やから、文句言うて行くところもないわ」


 手口は杜撰だが頭はよく回るらしい。面倒な輩に捕まったものだ。


「けどまあ、なんとかなるやろ。あとはウチに任しとき」


 厄介事の気配に眉間にしわが行きそうになるが、ここはあえてあっけらかんと笑う。

 社員の話だけでは解決の糸口も見えないが、弱気になる方が詐欺師の思うつぼだ。それに、事業主たるもの、どんな時も泰然としていなければ、部下に示しがつかない。


 テッドはそんなジゼルの腹の内を察しているのか、「また根拠のないことを」と言いたげな目をしていたが、職員は地獄に仏を見たかのような安堵の表情を浮かべていた。


「さすがジゼル様です! 我々ではもう手詰まりで、どうしようもなくて……ジゼル様が最後の砦です! どうかよろしくお願いします!」


 ……自分で自分の首を絞めた感じが否めないが、どちらにしろ行商人たちと相対することは免れないのだし、潔く腹をくくるしかない。

 そうこうしているうちに、交渉場である事務局についた。


「こ、こちらです……」


 馬で追随していた護衛たちと合流し、不安げな社員たちと挨拶を交わしながら職員に案内されたのは、パーテーションで区切られた応接スペース。


 そこにふんぞり返るように座っていたのは、褐色の肌に日よけの布を頭に巻いた、カレーのパッケージにいそうな男だった。とどのつまり、元日本人のジゼルからすれば、古典的なインド系っぽい人である。


 だが、そこでとっさにカレーが食いたいとは思わなかったばかりか、何故か芋けんぴが無性に恋しくなった。

何故なら、そこに座る男の顔が、あるキャラクターにそっくりだったからだ。


(ちょ、“ちょろけん”や! インド風やのにちょろけんって……!)


 全国的に“くいだおれ太郎”や“ビリケン”ほど馴染みのない名称だが、大阪をイメージさせるキャラの一つだ。

 七福神の一柱である福禄寿の巨大な張り子を被り、正月の時期に民家の前や寺社に現れては、滑稽な芸をしながら招福や厄払いを謳って、人々からお金をもらう物乞いの芸人たちである。


 特に長い歴史があるわけではなく、江戸時代後半から現れ、明治期にはすでに衰退していたとされる。

 しかし、そのインパクトの強さからか近年復刻され、土産物のパッケージを飾るようになった。それが芋けんぴなのだが……いや、そんな大阪事情はどうでもいい。

 今は詐欺師を穏便に撃退することが急務である。


 いろいろな意味でペースを乱されないようにしなくては、と念じながら深呼吸して、丹田に力を籠めると、とびっきり愛想のいい笑みを張り付けて対峙した。


「どうもどうも、お待たせしました。ウチが当社の総責任者、社長のジゼル・ハイマンです。オニーサンはなんてお名前です?」

「……ムサカ」


 社長だと名乗り出てきたのが年端もいかない少女で、ムサカと名乗った行商人の顔には困惑混じりの嘲笑が浮かんだが、ここで舐められは意味がない。


「ムサカさんですか。この辺にはない響きのお名前ですなぁ。#故郷__おくに__#はどちらです?」

「ガンドール帝国だ」


 名前だけは聞いたことがある。東に広がる砂漠の向こうにある大国で、香辛料や茶葉の輸出で莫大な富を築いている、やはりインドに似た国だ。唯一異なる点といえば、独立を保っていることか。


 南方にあるアフリカような大陸とも、貿易等の取引はあるが植民地化されていないし、奴隷売買も多くの国で禁じられている。

 異世界だから歴史が異なるのか、あるいは意外と転生者が暗躍していているのかもしれない……なんてことはさておき。


「ははあ、お金持ちの国ですやん。羨ましいですわぁ。遠路はるばるエントール王国までお越しいただき、まことにありがとうございます。どうです、この街。ええところですやろ?」

「オイ――」


「旅暮らしもええけど、気に入ったなら定住してくださいね。ここは見ての通り、商売もしやすいところですから」

「コラ――」

「それにしても、オニーサン。エキゾチックな男前やねぇ。髭が似合う男って惚れ惚れするわぁ。いやぁ、眼福眼福」

「だカラ――」


「っちゅーお近づきのしるしに飴ちゃんどーぞ。はいはい、遠慮せんと持っていき。若いモンが遠慮したらアカンよ、ほれほれ」


 大阪のオバチャンお得意の、空気を読まないマシンガントークと飴ちゃん攻撃で先制し、片言で何か言おうとする相手の出鼻をバンバン折りまくるジゼル。


 しかし、相手も黙ってやられっぱなしではない。

 握らされた飴玉をテーブルに叩きつけ、ムサカは恫喝するように声を張り上げる。


「話を聞けヨ、メスブタがァ!」

「え、どこや! ブタさんどこにおるん!? 食肉工場から逃げてきたんか!?」

「馬鹿メ! お前のことだヨ!」

「は? ウチはブタさんやありません、人間さんですよ。ほれ、この通り二足歩行ですしねぇ。ちょっとオニーサン、目ぇ大丈夫? 近所のお医者さん紹介しますで?」

「ふざけるノも大概にしロ! ぶっ殺すゾ!」


 苛立ちを隠さず、頭の悪いチンピラのように喚きテーブルをバンバン叩くムサカに、ジゼルは思い切り馬鹿にしたように鼻を鳴らし、傍らに立つ従者に目配せをする。


「テッド。このお人がウチになんて言うたか、聞いたか?」

「ええ。私だけでなくここにいる護衛も職員も全員、十分に不敬罪に値する発言を耳にいたしました」

「ふ、ふけい……?」


 聞き慣れない言葉なのか意味は分からないようだが、周りの人間の顔色がよくなったことから、自分に不利に動くことは想像できたらしい。

 挙動不審になった行商人の男に、テッドが穏やかな口調で畳みかけた。


「簡単に言いますと、高貴な身分の方を侮辱することですね。こちらにいらっしゃるジゼル様は、王国貴族の最上位に位置する公爵家のご令嬢です」


 目の前にいるぽっちゃり女子が上級貴族と知って、先ほどまでの勢いが嘘のように表情をこわばらせ、縮こまってしまった。


 まあ、ジゼルを一目見て貴族令嬢だと直感できる人は、まずいないだろう。

 並みの平民では袖を通すこともできない、上質なコートと立て襟のワンピースを着てはいるが、特徴的なブサ猫顔とむっちりボディは、一般人が思い描く貴族令嬢とは大きくかけ離れている。


 だが、不敬罪は「知らなかった」「気づかなかった」が免罪符にならないし、異国人であっても相応の身分や後ろ盾がなければ処罰対象になる。


「ちなみに、不敬罪は司法を介する必要がなく、その場で首を落とすことすら我が国の法では認められております」

「ひっ……」


 温厚そうに微笑みながらも、刃物のような鋭い視線で射貫かれ、ムサカは椅子の上で腰を抜かしそうになっている。

 うまい具合に流れがこちらに傾いてきたが……ちょっと可哀想になってきた。


「テッド、脅かしすぎや。法律的には問題なくても、ホンマにそんなことしたら、ハイマン家の信用ガタ落ちやろ。……ああ、えらいすんませんなぁ、ムサカさん。その話は真に受けんでも大丈夫ですよ。せやけど、ウチにも貴族の面子っちゅーモンがありまして、タダで済ますわけにもいかんのですわ」


 テッドを窘める一方でムスカを落ち着かせつつ、テーブルに身を乗り出しながら恵比須顔を作った。


「ムサカさん、ちょっとした取引をしましょか」

「取引、だト?」


「簡単な話ですわ。お宅さんが買い取れって言うてはる商品を、そのまま引っ込めてくれればええだけです。もちろん、腕のええ職人さんも紹介した上で、馬車の修理代はきちんと払わせてもらいますよ。ついでに、長々とお引止めした手間賃代わりに、こちらからは修理代は請求しません。どうです、悪い話やないと思いますけど?」


 物理的に首と胴体が繋がって無罪放免になった上で、常識的な賠償を行われるなら、あちらに損がないどころか得しかないはずだ。

 ムサカもそれは分かっているだろうが……ふんだくれるはずの金が水の泡になるのが惜しいのか、なおも食い下がってくる。


「だが、そっちのせいデ、うちの商品はダメになったンダ。これジャ、今日食うのもままならナイシ、国に帰れナイ。どうしてくれるンダ?」


 ……詐欺師であれ商人であれ、プロなら引き際を心得ているはず。

 足掻いたところで心証が悪くなるだけの下の下の策で、おとなしく引き下がるのが上策だ。下手に粘れば、今度こそ処罰されてもおかしくない。


 それが分からないほどの素人なのか、あるいは――本気で当座のお金に困っているのか。


 ジゼルの目には後者に映る。これが演技なら大したものだが、彼の言う通り今日の宿や食事にもありつけないようなら、何かしてあげたいと思う。


「なんや、事情がありそうな感じですなぁ。力になれることがあるかもしれんし、話くらい聞かせてもらいますよ」


 テッドがぼそりと「相変わらず、お嬢様はお人好しですねぇ」とぼやくのが聞こえたが、きれいにスルーして返事を待つ。

 しかし、ムサカはゆっくりと首を横に振る。


「……アンタには関係のない話ダ」

「関係あるかないかは、ウチの決めることですわ。もし仮に領地で問題があったとしたら、お父ちゃんに報告せなアカンので。まあ、そちらさんの事情もあるやろうから、無理にとは言いませんけど」

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